096 モフモフ
「ルキウス様、お待たせして申し訳ありません」と、可愛らしく詫びるフェリシア。
「あっ、うん、よくここがわかったね」さっきまでの鬼の形相が嘘のように、ニコニコ顔のフェリシア。長年一緒にいるルキウスでさえ思わず呆れてしまう。ルキウスでさえそうなのだ、ルカとミアにいたっては、ポカーン、と口を開け、えっ同じ人? みたいな顔をしている。
「申し訳ありません。ほんとはもっと早く来たかったんですが、途中でルキウス様を見失ってしまって――」
フェリシアがヒリュウの鱗亭のすぐそばまで帰ってきたときに、ルキウスが店から市場に向かって走り出したところを見つけた。こんな時間に飛び出すなんて何かあったに違いない、と考えたフェリシアは、すぐに後を追い始めた。だが、途中でルキウスがリュウオンシを発動させたため、ついていけなくなったのだ。しかし、その道の先はシルウェストリス市場に続いているので、恐らくは、と目星をつけて市場を探していると、
「――コロちゃんがやって来て、ついて来いって言うのでついて行ったら、ルキウス様がいましまたぁー」と、バンザイをするフェリシア。このハイテンションはどこからくるのか。ルカとミアは、ますます口をあんぐりと開け、フェリシアを見ている。
そんなフェリシアにルキウスは苦笑をしながらも「あぁ、それは悪かったね。でも、来てくれて嬉しいよ」と返す。
「いやぁーん。嬉しいなんてぇ。フェリスもお会いできて嬉しいですぅ」と、ますますぶりっ子になるフェリシア。だが、すぐに
「さあて。こら、君たち、いくらお腹が空いてても、人のものを盗るのはいけないことなんだよ」と、フェリシアが、膝をついてルカとミアの視線に合わせ、噛んで含めるように優しく叱る。
「……ごめんなさい……」ルカとミアが、泣きそうな顔で謝る。
そんな子供たちの頭を撫でてフェリシアが「あなたたちお名前はなんて言うの?」と訊くと、「俺は、ルカ。こっちは妹のミア」とルカが答えた。
「ルカくんとミアちゃんか、いい名前ね。いくつなの?」
「俺は七歳、ミアは四歳」
「ミアはね、もうすぐ五歳になるの」と、嬉しそうに伝えるミア。
「わぁ、ミアちゃんもうすぐ五歳なんだぁ。おめでとう」と、フェリシアがミアを抱き寄せ、ヨシヨシ、と頭を撫でる。「ウフフ」と、嬉しそうに笑いながらミアもフェリシアに抱きつく。
フェリシアは、ミアを優しく抱いたまま、ルカに訊いた。「どうして、盗んだりしたの? お父さんとお母さんは?」
ルカの顔が突然くもる。フェリシアに抱きついていたミアも、回していた腕を外した。そして、「父ちゃんは死んだ。母ちゃんは……いなくなった……」「ちがうもん! お母さんは、帰ってくるもん! お仕事だもん!」と、ミアがフェリシアを跳ね除け、目に涙を一杯にためながら、必死な顔で叫ぶ。
「ミア、母ちゃんはもう帰ってこねぇ! 母ちゃんは、俺たちを捨てたんだ! 知らない男とどっか行ったんだ! もう、帰ってこねえんだ!」ルカがミアを睨んで怒鳴った。これまで言えなかった。どう言ったらいいかわからなかった。黙ってるのも辛かった。でも、ミアを悲しませたくなかった。ミアは、母親がいつか帰ってくると信じている。だから、毎日母親のいいつけを守って、家の片付けをし、わがままも言わないように我慢をし、お腹が空いても我慢をしていた。そんな、ミアを見てるのが、ルカは辛かった。それがいま、爆発した。
「帰ってくるもん! 帰ってくるもん! お兄ちゃんのうそつき、どろぼう! お兄ちゃんなんか嫌い! 嫌い嫌い!」ルカの胸を両手で叩きながら泣き叫ぶミア。
「ミアちゃん、ミアちゃん。大丈夫よ。大丈夫。お姉ちゃんが側にいるからね。大丈夫よぉ」フェリシアが泣いて暴れるミアを抱き上げてあやす。ミアは、フェリシアの腕のなかでもがきながら、「帰ってくるの! 帰ってくるの!」と叫び続ける。
「ルカ、お母さんはいついなくなったんだい?」ルキウスが尋ねた。
「……えっとぉ、サキの月の初め」半べそをかきながらルカが答えた。
(サキの月……二か月以上も前じゃないか……)信じられなかった。二か月もこんな小さな子供たちが、二人だけで生活をしてきたなんて。
ルキウスとフェリシアは、目を見合わせた。二人とも思いは同じだ、(このままにはしておけない)
フェリシアの腕の中で泣き続けていたミアが突然泣き止んだ。
えっ? と思ってルキウスがそちらを見ると、コロがフェリシアの肩に載ってミアの顔を短い前足で「ピーピ、ピーピ」と言いながら撫でているのだ。そして、驚いたミアが泣き止むと、コロはくるっと背中をミアに向け、モコ毛でミアの顔をモフモフとし始めた。「きゃー、くすぐったいぃ」と、ケラケラと笑いだすミア。コロは、「ピピッピー、ピー」と、なんだか訳のわからないことを言いながら、甘えるようにミアに体を擦り寄せる。
ミアは、フェリシアの顔を見て「抱っこしていい?」と訊いた。「もちろんよ」フェリシアが笑顔を返すと、ミアはフェリシアに抱き上げられたままそっとコロを優しく包んだ。コロはそれに身をあずけるように、じっとしている。ミアがコロのモコ毛に頬を寄せ「ふわふわして気持ちいい」と言うと、「ピピピー」とコロが体を大きく揺らし、ミアの頬をモコ毛でモフモフしまくった。「きゃー」と声をあげながらミアもコロのモコ毛に顔を埋め、モフモフを堪能する。こうして、大泣きしていたミアを、コロが見事にあやしたのであった。




