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095 忘れ物よ



 「お待ちなさい! いい大人が恥ずかしくないの!」



 ルカを渡せと迫る男たちを怒鳴りつけたのは、フェリシアであった。



 「……フェリス」半分驚き、半分喜びの表情を浮かべるルキウス。



 「な、今度はなんだ。おい、ねえちゃん、あっ」パン屋の主人が顎を上げて固まった。



 パン屋の主人が話し始めると同時に、フェリシアが電光石火の()り足で一気にパン屋の主人に詰め寄り、槍先を喉に突きつけた。頷き一つもすれば喉を貫くほどの距離に。



 「……や、やめて……」うわずった声でフェリシアに懇願をするパン屋の主人。



 「止めて? 笑わせるな。お前はその子らに止めてと言われて、殴るのを止めるのか? お前が止めぬのに、なぜわたしが止めねばならぬ」フェリシアは、パン屋の主人を刺し殺すような(まなこ)で睨みつけ、そっ、と喉に槍先を当てた。



 「……」パン屋の主人は声を出すこともできず、棒立ちになる。



 「フェリシア、もういいよ。槍をしまって」ルキウスがそうフェリシアに声をかけるが、「いえ、話は聞いていました。偉そうなことを言っていましたが、こいつらはただ、自分より弱い者をいたぶってウサを晴らそうとしているだけなのです。わたしは、自分の一方的な理屈を押しつけて傍若無人な振る舞いをする輩がだいっ嫌いです。ルキウス様、逆にわたしたちでこいつらの躾をしてやりましょう!」と、フェリシアは全く受けつけない。



 (まずいな……)フェリシアの目は本気だ。フェリシアは、弱いもの、特に小さな子供や動物などを虐待する者を極端に嫌う。弱きものは守るもの。幼少期の悲惨な経験とオスカーの教えにより、それがフェリシアの心の奥底に深く刷り込まれており、その逆鱗に触れたときのフェリシアは、容赦がない。



 フェリシアの中で怒りのボルテージがどんどんと上がっていく。()られる、誰もがそう思った瞬間――



 「ビー!」ぽかっ! コロがパン屋の主人を、殴った。



 「えっ?」見ていた全員が、槍を構えていたフェリシアや、殴られたパン屋の主人までが、あまりのことに唖然と呆けた。



 フェリシアが、ルキウスたちの前に現れたとき、コロはフェリシアの頭の上に、ポテッ、と載っかっていた。フェリシアの発する怒気と素早い動きに圧倒され、見えてはいたが誰も意識に止めていなかったのだ。



 そのコロが、フェリシアがパン屋の主人の喉をまさに貫かんとした瞬間、テッテッテッテェ、と槍の上を渡ってパン屋の主人のもとまで行き、ぽかっ、と殴ったのだ。



 「ぶっ、あーはっはっは」フェリシアが大笑いをして槍を収めた。



 コロは、パン屋の主人を殴ったあと槍の上で「ビービビービービビッビー」となんだかわからないが、とにかく説教をしていたが、フェリシアが槍を収めるときに、パン屋の主人の頭の上に乗り移り、ポカポカ、と短い前足で殴っていた。



 (……助かった)ルキウスは、腹の底から安堵のため息をつくと、パン屋の主人の頭を殴っているコロを、ひょい、と回収した。そして、



 「あらためて訊きます。金を受け取ってこの場を去るか、僕たちとやり合うか、どちらか好きな方を選んでください」



 なんだか訳のわからないことに男たちは呆然としていたが、フェリシアが、ドンッ、と槍の石突(いしつき)で地面を叩くと、「はっ……あ、ああ、もう、いいです……」と、パン屋の主人と他の二人は、後退りをしながらルキウスたちから少しずつ離れだした。



 「待ちなさい!」「ひぃっ!」フェリシアの怒鳴り声に男たちが立ちすくむ。



 「忘れ物よ」そう言ってフェリシアが、ピーン、と何かを指で弾いた。



 「あっ、いてっ」それはパン屋の主人の顔に当たり地面に落ちた。「あ、あの、これは?」地面に落ちたものを恐る恐る拾い、フェリシアに確認する。パン屋の主人がいま手に持っているのは大銀貨だ。



 「代金よ。それだけあれば文句ないでしょ」フェリシアが石突で、トントン、と地面を軽く叩きながら答える。文句があるなら今度は刺すぞ、という脅しを込めて。



 「あっ、いえ、あ、ありがとうございますぅ」と言って三人は、ヘラヘラと笑いながら二三歩後ずさると、一気に背中を向けて走り出した。



 「ペッ」フェリシアは、そんな男たちの背中を、虫酸が走る、と言わんばかりの目で見て唾をはくと、くるりと向きを変え、タタタッ、と小走りでルキウスの元にやって来た。そして、



 「ルキウス様、お待たせして申し訳ありません」と、可愛らしい口調で詫びた……





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