093 いや! やりたくない!
ステラはグレタたちに子供らの特徴を伝えたあと、こうつけ加えた「竜咒は、男の子の右肘を覆うような形で上腕にかけて刻印されていました。あの小さな体では、そう多くは霊験を開放できないと思います。なので、見つけても刺激しないようにしてください。何度もあれを使わせるわけにはいきません」
皆はステラの顔をしっかりと見て頷いた。
「お嬢さま、一刻も早く見つけなければならないのは、私もよくわかります。ですが、どこにいるともわからない子供を探すのには多少は時間が必要です。その間、お店をずっと休み続けるのは私たちにとって得策とは思えません。私たちも身を隠しているのです。できるだけ普段通りの生活も続けるべきじゃないですか?」とグレタ。
「それは……わかります。……ですが」確かにグレタの言うことは一理ある。そうは思うが、やはりステラは子供らを放っておけないのだ。
「お嬢さま、まずは私にお任せください。その子らの特徴は心得ました。そんな幼い子がシルウェストリス市場に二人だけでいたのなら、市場の子らというよりは、その……もしかしたら盗みをしていたのかもしれません」
「あんな小さな子が盗みをするんですか?」グレタの言葉に驚くステラ。
「はい、残念ながら。この豊かなビタロスでもそういう貧しい子らはいるんです。私は、色々と調べ回るうちにこの国のそういう暗い部分も見てきました」
「そう、ですか……」悲しい顔で俯くステラ。
「なので、まずは市場でそういう子らについて私が調べてまいります。二三日はいただくと思いますが、皆で王都中を走り回るよりは早いと思います」
「お嬢、俺もそれがいいと思う。まずはグレタに任せましょう。俺たちは人探しなどまともしたことがない。闇雲に動き回って変に疑われるとこっちが危ない。お嬢の気持ちはわかるが、自分の身を守ることも大事だ」とジョルジョがグレタを支持した。
「…………わかり、ました。……グレタさん、お願いします」ステラがグレタに頭を下げた。
そんなステラを優しく見つめ、グレタは「お任せください」と、しっかりした声で返事をした。
「ミア、霊験を開放しろ!」
「いや! やりたくない!」
ルカとミアは追い詰められていた。
ミアの目にまた異変が起こったあと、とにかくルカはミアを連れてその場を離れた。前もそうだったが、ミアの異変はその場をある程度離れると嘘のように痛みがなくなる。なので、とにかく場所を移動することだけを考えた。
フルーミニス市場で襲われてから、ルカたちは盗む市場をシルウェストリス市場に変えていた。いまルカがミアを連れて移ってきたのは、目が痛くなった場所からまっすぐ南に行った市場の端にある路地だ。
ミアの具合が良くなったので安心し、ルカはミアを待たせて食べ物を盗みに行った。この市場でも既に何度か盗んでいるので勝手はわかっている。ルカは一度盗んだ店は避け、用心深くパンを盗んで戻ってきた。
「ミア、食べな」ルカがパンを差し出す。ミアは顔を背けて見ようとしない。もうミアは、ルカが盗みをしていることをちゃんと知っている。だからルカに、「そんな悪いことをしてたら、お母さんが帰ってこないからやめて!」と何度もお願いをした。だが、お腹は空くのだ……。食べたくなんかなかった。でも、我慢ができなくなって食べてしまう。ミアはいつも心の中で(お母さんごめんなさい。お母さんごめんなさい……)と謝りながら食べていた。
「ミア、早く。また目が痛くなるかもしれないよ。ねっ、お願いだから」ルカが何度言ってもミアはルカのほうを見ようともしない。
「……わかった。家に帰ろう」そう言ってルカが振り向いたとき、
「見つけたぞ。おいガキ! それは俺んとこから盗んだパンだろ!」と、道をふさがれた。
「ミア、逃げるぞ!」ミアの手を取ってルカが反対側を向いた。だが、
「逃げられると思ってんのか?」反対側の道もふさがれた。
相手は大人三人。またあれをやるしかない。「ミア、霊験を開放しろ!」だが、ミアは「いや! やりたくない!」と言って言うことをきかない。
「わがまま言うな。やらないと、やられる。はやく!」「いや! いや!」
フルーミニス市場で、霊験を開放したあとルカは、丸一日激痛と高熱にうなされた。ミアは、ルカが死んだらどうしよう、と怖くてずっと手を握って泣いていた。もう、あんな思いはしたくない。ミアは、苦しむルカを見ながら、二度とやらない、と心に誓っていた。
「何をごちゃごちゃ言ってる! ガキでもな、盗みってのは許されねえんだよ。悪いことをしたらどうなるか、俺らがしっかりと教えてや、わっ!」
パン屋の主人とおぼしき男がルカに殴りかかろうとしたとき、どこからともなく、ポーン! と白い何かが飛んできて男の顔に、ビタッ、とくっついた。
「あっ、わ、なんだ」男は顔についた何かを剥ぎ取り地面に叩きつけようとした――「いた!」男はあまりの痛さにそれを手放した。
「いっつぅー」と激痛がする右手を押えて前を向くと、「ビビビー」と白モコねずみがルカたちの前に前足を広げて立っていた。
「はっ?」ルカとミア、そして二人を挟んで立つ三人の男たち全員が、キョトン、としながら立ちはだかる白モコねずみを見た。
「かわいい」と思わず漏らしたミアに、ちょっと振り向いて「ピッ」と言うと、白モコねずみは、パン屋の主人らしき男を右の前足でさし「ビビビビビ! ビービビ、ビビービ、ビービービー!」と何やら怒ってるな、という勢いでまくしたてた。
「これはなんだ?」素でルカに聞く男。「さっ、さぁ?」とルカも首をひねる。すると白モコねずみが今度はルカの方に振り向き、「ピッピーピピ」と言って、ウンウン、と頷いた。
「あー、なんだかわからんが、こんなねずみどうでもいい! ガキ、こっちこい!」男が白モコねずみを無視してルカを捕まえようとしたとき、
「待て! 何をしてるんだ!」と、後ろから怒鳴り声をあげる者がいた。




