081 訓練
「はあっはあっはあっ――」大きく肩で息をするルキウス。
(ダメだ……。ぜんぜん! ダメだ! クソっ!)心の中で自分に悪態をつく。
ジーノたちとの戦いで恥辱を受けたルキウスは、自分の弱さと不甲斐なさに辟易とし、その翌朝からアリチアの森にある演習場で訓練をしていた。
まだ始めて数日しか経っていないのだが、それでもルキウスは全く成長しない自分に正直腹が立っていた。
『スぅ姉さまが力を奪ったの』
アリアからそう訊いたルキウスは、ステラがジーノを殺して心臓の血を飲んだと思っていた。そして、ジーノの衛士であったチロ、フランコ、リザイアも死んだと。
ルキウスはなぜか、ステラがジーノを殺すことになった原因は自分にある、と思い込んでいた。
(僕が弱いからステラさんは……)
悔しかった。情けなかった。『あなたを、みんなを護りたい!』などと偉そうなことを言っておきながら、カッとして飛び出したあげく、罠にかかって戦闘不能になったのだ。しかも、一番最初に。
アリアを助けることもできなかった。いやそれどころか、逆に皆に助けられてしまった。
こんなことでは誰も護れない。とにかく強くなりたかった。なんとしてでも、強く、ならねばならない。
ルキウスは、師である二人、祖父のウィルフォルティスとフェリシアの父オスカーから、二つの欠点を指摘されていた。
一つは、『頭に血が上るとすぐに集中力が乱れる』こと。もう一つは、『動きが単調で読みやすい。考えて動いていない』である。
先日、チロにいいようにやられてしまったのは、まさに一つ目の指摘『頭に血が上るとすぐに集中力が乱れる』が最大の要因である。それについては嫌というほど痛感しているし、反省もしている。
だが、この一つ目の指摘は、剣を振ってどうにかできるものではない。そこでルキウスは、ウィルフォルティスやオスカーがやっている瞑想や呼吸法、特定行動のパターン化などを取り入れた、平常心を保つための精神修養を空いた時間を利用して毎日おこなっていた。
なので、今ここで取り組んでいるのは二つ目の指摘についてである。
ルキウスは、ウィルフォルティスとオスカーから『動きが単調でなんのひねりもないのは、速さを過信しとるからじゃ』と言われていた。
今のルキウスの速さは尋常ではない。これまで自分の強みである速さを徹底的に磨いてきたのだ、その動きを目で追える者などまずいない。
だが、師である二人からすれば、『お前は速く動けても、消えることはできん。Sクラスの武闘家は目だけを頼りにしてはおらん。いくらお前が速かろうとも、数合打ち合えば目で追えなくとも動きはわかる』程度なのである。
師の二人はまた、『お前は、相手の動きを読んでも、ただ速さで上回ろうとするだけで、速さを使って手の内に誘い込もうとは考えていない。そんなお前の動きは読みやすいし、引っかけやすい』とも指摘していた。
師の二人にはこれまで『戦いとは究極の騙し合いだ。いい意味で狡さを持て』と指導をされてきた。なのに、今のルキウスの戦い方はそうなってはいない。師の二人からはいつも『今の戦い方で確実に勝てるのは格下だけだ』と言われていた。
なぜ格下だけなのか。それは、本当に強い武闘家は、相手の『読む力』を逆手に取り、『相手にわざと読ませて誘い込む』、そういう狡さを持っているからだ。
すなわち、そういう武闘家ならば、ルキウスのように『読む力があるのに速さおしで突っ込んでくるだけ』の相手など簡単に手玉にとれる、ということだ。
こんなことではダメなのだ。戦い方を変えなければ、今より強くなれない。
師の二人は、速さを使うなとは言っていない。『速さに頼るだけ』ではなく『速さを狡賢く使って手の内に誘い込め』と言っている。そしてそうすれば、『単調な動き』もおのずと変わるはずなのだ。
よくわかる。わかっている。言われていることはちゃんと理解しているつもりだ。だからこうして努力をしている。だが、
(狡くなれって、どうすりゃいいんだよ……)
上手くいかない現実に、苛立ちだけが募っていく。なのに、
『それは自分で考えろ』
苦悩するルキウスに二人が与える言葉はいつもそれだけ。二人はとてつもなく素晴らしい師であるが、過保護ではないのだ。
「ルキ」突然後ろから声をかけられた。
「えっ? マルクス!」
振り返ったルキウスにマルクスが、よっ、と手をあげた。
「マルクス、久しぶり。よくここがわかったね」と笑顔で答えるルキウス。
「ああ、昨日の夜お前ん家に行ってチビたちに聞いた」
マルクスは左手にカゴをぶら下げてルキウスのもとに歩み寄った。
「なんだ、だったら店に来てくれればよかったのに。ん? それ何?」
「ああ、これな。そこに置いてあったぞ」マルクスは、さっき自分が立っていた場所の少し後ろにある切り株を指で差した。
カゴの持ち手には、薄い金色の竜ショウ絹のカーチフが巻いてある。
(ステラさんのだ……)
ヒリュウの鱗亭の店員は、それぞれが色の違うカーチフを巻いており、それが名札の代わりになっていた。
マルクスが、ほいっ、とルキウスにカゴを渡した。
「ありがとう。これ、多分ステラさんが持ってきてくれたんだと思う」と受け取ったカゴを大事そうに抱えるルキウス。
「なっ、マルクス。時間あるか? 久しぶりに少しどうだ?」と言ってルキウスが剣を軽く持ち上げる。
「あー、すまねえ。そこまでゆっくりしてる時間はねえんだよ。剣も置いてきたし……。あの……お前に少し話があってな。今、いいか?」
深妙な顔で告げるマルクス。
(何かあったのかな……)そんなマルクスに違和感を感じるルキウス。
マルクスは、ルキウスが鱗亭で働くようになった翌日に店に食べに来てくれた。だが、それっきりずっと音沙汰がなかったので、どうしたんだろう? と気にはなっていた。
「ああ、うん。いいけど……。そういえば、なんで長袖を着てるの?」
ルキウスがそう訊くとマルクスは、慌てたように右腕の袖を引っ張り、まるで隠すように体の左側を前に付き出す。
「あ……やっ……なんとなく、き……気分だよ」
ああそう、とルキウスは流したがマルクスの様子がいつもと違うのは明らかだ。
「そ、そのパン、美味そうだな。俺も一つ貰っていいか。朝めし食ってないんだ。なっ、食いながら話そうぜ」
そう言うとマルクスは、さっさと横倒しにされている丸太の上に座り、こっちにこいよ、と自分の左側にルキウスを手招きした。
「……ああ、そうだな」
そんなマルクスの態度に、あからさまな不審を感じながらも、ルキウスは隣に座った。




