078 つわものども……ルキウスとアリア
(あの女性だ!)
感情が蘇ってくる。愛おしさ、悲しさ、辛さ、喪失感……
だが、最も心を締めつけるのは……
(……俺は……護れなかった……)
僕? は必死に叫んでいる――
逝くな! 逝くな! 俺をおいて逝くな!
強い感情の渦が自分を呑みこむ。怒りに呑まれる。悔しさに呑まれる。悲しさに呑まれる――呑まれる、呑まれる……呑まれたまま溺れていく――
(……俺は何をしていたんだ……何をやってたんだ……)
「……あなたを……まきこんで……ごめん……なさい」彼女が事切れた。
「待て! 逝くな! 逝かないでくれぇ! パナケイアー!」
はっ! (……目が覚めた?)
天井が見える――(僕の、部屋……?)
「ルキウスお兄ちゃん、大丈夫!」
(……アリア?)
ベッドの横で心配そうにルキウスを見つめているのは、髪の右側にさくらんぼの髪飾りをつけたアリアだ。
「アリア? アリア! 大丈夫、だった……よかった」ルキウスは跳ね起き、アリアの手を強く握った。
「いっ、いたいよ、お兄ちゃん……」頬を赤く染めながら言うアリア。
「あっ! ご、ごめん……つい、ごめん」ルキウスが慌てて手を離す。
「ううん……」赤く染まった頬を隠すように俯くアリア。
「でも、本当によかった。アリアが無事で本当に……」ルキウスの目に薄っすらと涙が浮かぶ。
「あ、ありがとう……」
「いや、僕は……何も、できなかった……ごめんね」ルキウスの頭に、木に吊るされた記憶が蘇る。
「そんなことないよ! ルキウスお兄ちゃんはちゃんとアリアを助けに来てくれたもん! 一番に飛び出してくれたもん! アリア…………嬉しかった」
頬が焼けるように熱い。恥ずかしくてルキウスの顔が見れない。
「いや……まあ……ははっ……」自嘲するしかない。一番に飛び出して一番に罠にはめられたのだ。
(情けない……)
ルキウスも恥ずかしくて顔を上げられない。
「……あ、あのさ、僕が気を失ってから……どうなったの?」
「ああ、えっとね――」
アリアは、ルキウスとフェリシアが眠らされてからのことをかいつまんで話した。
「――で、でね……グぅちゃんがリザイアとジーノを倒して……そ、それでスぅ姉さまが……力を……奪った……の……」
だが、ステラがジーノから竜眼の力だけを奪ったこと、ジーノたちが全員生きていて王都を出たこと、は話さなかった。
ステラから言われたのだ。これ以上ルキウスとフェリシアを継嗣戦に巻き込みたくない、と。だから、ステラの力のことや、ジーノたちがどうなったかについては黙っていよう、と。
「……そうか……力を……奪ったんだね……ステラさんは……」
間違いなくルキウスは勘違いをしている。アリアにははっきりとわかった。だが、言えない。ステラの言うことがよくわかるから。
こんな辛い戦いにルキウスを巻き込みたくない。その気持ちはアリアも、同じだから……。
「あの、あのさ、ルキウスお兄ちゃん……。お兄ちゃんがアリアを助けてくれたの二回目、だよね……」
「あー、えー、こ、今回は……助けたとは言えない……よね……」
シュン、とするルキウス。
「そんなことないよ! そんなこと……た、助けてくれたもん……今回も……」また頬が熱くなる。
(ひぃー、はずかしぃ。アンナぁ、助けてぇ――で、でも、がんばらないと!)
ルキウスの様子を見にいく前に、アンナと約束をしたのだ。がんばる! と。
「あのね! あっ……あのね、ルキウスお兄ちゃん……」
「……うん? なに?」まだ精神的ダメージが少々残ってはいるが、ここは頑張って平静を装うルキウス。
「お礼が……したいの……」もう顔どころではない、首まで熱い。
「お礼? いやぁ、そんな……お礼されるようなこと……して、ないし……」またダメージをくらうルキウス。
「した! したもん! ルキウスお兄ちゃんはしたの! だから、アリアはお礼がしたいの! お兄ちゃん嫌なの!」なんかキレるアリア。
「ええ? いや、嫌なんかじゃ、ない、よ……」アリアの剣幕におされるルキウス。
「んじゃ、お礼するもん! お兄ちゃん、受け取りなさい!」なんかヤケクソになってきた。
「……は、はい」勢いにおされて承諾やむなし。
「……じゃ、じゃじゃ……目、目をつぶって……ください……」なんか勢い失速。
「目? はい」と目を瞑るルキウス。
ベッドの上に座っているルキウスの肩にアリアの手がのせられた。
(うん?)
『チュッ』
「えっ!」ルキウスがびっくりして目を開ける。
アリアがいない。
ルキウスが首をめぐらせると、さっきまでベッドの横に座っていたアリアが、もう部屋の真ん中に立っていた。
アリアは、服から見えている肌という肌を、真っ赤、にしてモジモジと下を向いている。
「おとうさ、おと…………アリア、お父さん以外の男の人にキスしたの――ルキウスお兄ちゃんが、初めてだから!」
そう言うと、いやん、と両手で顔を覆って後ろを向くアリア。
「……」えっ、となったまま固まっているルキウス。
だが、アリアも固まった……
「あーりーあー」部屋の入口に、真っ赤、な髪を逆立てた鬼が立っていた――フェリシア、という鬼が……
「ひっ!」思わず息を呑むアリア。
「アリアごめーん! 足止め失敗したぁ!」とフェリシアの後ろからアンナが叫ぶ。
「みましたよ、ありあ。なにをしているのです。るきうすさまにぃ」赤髪の鬼の目が、ギラリ、と光る。
「……な、ななな、なにっ……て……あの……あ、あの……」と怯えるアリア。
「子供だと思って甘く見てました。アリア! あなたはカテゴリー七……いや、六に分類します!」とフェリシアが宣言した。だがカテゴリーとは、何だ?
「今からあなたには、ルキウス様との正しい接し方をこのわたしが、たっぷり、がっちり、がっつりと、教えてあげます! そこに、座りなさい!」
フェリシアが大股で部屋に一歩を踏み――出せない⁉ あれ? と後ろを振り返ると――
「アリア、逃げて!」アンナがリュウオンシ〈力〉を発動させてフェリシアの腰をがっちりと抱え、踏ん張っている。
「ちょっ、ちょっと、放しなさい! アンナ!」
(ありがとアンナ)だが、部屋に出入口は一つしかない。
(どうしよ、どうしよぉ……あっ!)
「あーっ! トリモネカスだぁ!」と言ってアリアが部屋の窓を指差す。
「えっ?」アリア以外の全員が窓に目を向けた。その隙に――
スササササーッ、とアリアがフェリシアとアンナの股の下をくぐり抜け、部屋の外に出る。
「ありがとうアンナ! ルキウスお兄ちゃん、またねぇ!」と言って、家の中に駆けていくアリア。
で、そのあとを――
「まーちぃーなーさぁーい!」と、赤髪鬼のフェリシアが、腰を掴んで離さないアンナをズリズリと引きずりながら、のっしのっし、と追っていった。
ちなみに『トリモネカス』とは、ビタロスの伝承に出てくる、一番どりに寝坊をさせて朝をつげさせない、トリの顔を持つ悪戯好きの妖精のことである。別名は『怠け者の小人さん』。だが、一番どりより早起きをするのになぜ『怠け者』なのか、それについては諸説があるためここでは差し控える。




