077 別れ
「はあーっ……」
大きく息をつくステラ。
顔にも首にも腕にも、玉のような汗が止めどなく流れている。ステラは地面にへたり込み、手をついて荒く肩で息をする。
「お嬢さま」
「スぅ姉さま」
「お嬢」
グレタたち鱗亭の面々がステラに駆け寄る。
「……だい……だいじょう、ぶ……です……」
グレタがステラの体を抱きかかえ、アリアとアンナがステラの手を握る。
「……お嬢さま、よく為さいました……」グレタは涙ぐみながら、ステラの髪を優しく撫でる。
「……スぅ姉さまぁ……」アリアとアンナが心配そうな顔で見つめる。
四人を見守るジョルジョの目も潤んでいた。
「……うぅっ……あっ……あぁ?」
薄っすらと目を開け、首をめぐらせてあたりを見回す。ぼんやりとした目がステラを捉えた。
「……生きてる……のか?」
「……以前のあなたを葬りました。悔い改めたあなたは、生まれ変わったのです」
グレタに支えられながら、ステラが居住まいを正す。
ジョルジョが縄をほどき、体を起こしてやる。
「……以前の俺を……葬った?」
「はい、あなたはもう竜眼主ではありません」と優しく微笑むステラ。
丹田に力を入れ、眉間に意識を集中させる。だが、竜眼は――
……現れなかった……ジーノの瞳に……
ジーノは慌ててチロたちのほうを見る。ちょうどジョルジョが三人の縄をほどいていた。三人とも朦朧としているが生きている。
「……はっ、はは、ははは、そうか、はははっ、そうなのか、凄え、凄えよ、あんた凄えよ、こんなことができんのか、あは、あはは、あぁはは、あーはははあー――」
ジーノは笑った。腹の底から笑った。涙が流れた。止めどなく流れた。嬉しかった。嬉しかったのだ。クソッたれの人生で、初めて生まれてきたことに感謝した。聖女と出会えたことに――感謝をした。
「ありがとう」ジーノが礼を言うと、チロ、フランコ、リザイアの三人も頭を下げた。
「継嗣戦は殺し合いだと思ってた。一番殺した奴がリュウ継嗣になるってな……。だが、そうじゃねえのかも……。なあ、俺思うんだけどよお。あんたがその力で色んな竜眼主を救ってやったら、そいつらをみんな味方につけられんじゃねえか? そしたら、あんたが勝ち抜くのは間違いないと思うぜ」と言ってジーノは、ステラの顔を伺い見る。
「……」ステラは少し困ったような顔で俯く。
「そうか……俺はあんたみたいな人に勝ち残ってもらいたいんだけど、積極的に戦う気はねえか……。ま、あんたらしいな。しかし、そういうことなら気をつけねえとな。あんたのその力、竜眼狩りをやってる連中は絶対に欲しがるぜ。目立たねえようにな。俺たちは誰にも言わねえから、安心してくれ。……俺らはこの街を出る。いや、国を出る……かな。ま、どっちにしろ誰にも言わねえよ。あんたに貰った命だ、約束する」笑顔で告げるジーノ。
「もう悪いことはしないで下さいね」
「へへっ、悔い改めちまったしな。しねえよ、畑でも耕してゆっくり暮らすわ」
「アグリコラ、ですものね」と柔らかな笑みを向けるステラ。
「ああ、俺たちはアグリコラだ」
ジーノがそう言って返した笑顔は、晴れやかだった。
四人は軽く手を上げてステラたちに別れを告げ、森の奥へと続く道を歩き出した。
「待って!」アリアがフランコの元へ駆けてきた。
「フランコさん、家にいる動物どうするの?」
フランコがジーノを見る。ジーノは、ゆっくりと首を横に振る。
「王都には戻らないのね?」アリアが確認をする。
「……うん」哀しい顔で頷くフランコ。
「じゃ、アリアが逃してあげる。ケガをしてる仔たちはスぅ姉さまに治せるか訊いてみる。お家教えて?」
ニッコリと微笑むアリア。
「あ、ありがとう」
フランコは、子供のような邪気のない笑顔を返した。
「わかった。じゃ、任せて。あ、あの……あのね、ありがとね、庇ってくれて。嬉しかったよ……元気でね」と言ってフランコに手を差し出すアリア。
フランコは驚いたようにアリアの顔をしばし見つめる。そして、アリアの小さな手に戸惑いながらもそっと触れ、優しく握った。
「チロさん。チロさんも庇ってくれてありがとう。頑張ってね」と言ってアリアは、チロに手を振った。
「……お、おう」照れくさいのか、くぐもった声でそれだけ言うと、軽く手を上げた。そしてチロは、アリアから顔を背けるほんの束の間、淋しそうな瞳をグレタに向けた。
「リザイア、ジーノ! あんたたちは嫌い! んべーだ」と舌を出して顔をしかめるが、腰のあたりで小さく手を振るアリア。
そんなアリアに微苦笑で答えて背を向け、ジーノたち四人は森の奥へと消えていった。
「なあ、ジーノ。お前、リュウ継嗣になれたらどんな世界にするつもりだったんだ?」と尋ねるチロ。
(……どんな世界か?)
正直そこまでは考えてなかったような気がする。だが……
(奴隷なんざいねえ平等な世界は……見たかった、かもな……)
そんな自分にジーノは苦笑をする……
「……さあな……考えて、なかったかも」




