075 最後の言葉
「わあった。あいつらのことは助けてくれ。今までのことを悔い改める……だから、頼む」ステラに取引を了承したと告げるジーノ。
「本当ですか?」問い直すステラ。
「ああ」ジーノは短く答えたあと、アリアに目をやった。
「アリア、すまなかったな。お前には二度も手を上げて。許しては貰えねえだろうが詫びる。悪かった」
「ふ、ふん。痛かったんだから、一回謝ったぐらいでは許してあげないもん。ふん」と言ってそっぽを向くが、顔は怒ってるようには見えない。
「アンナ。双子の姉ちゃんをさらって悪かったな。心配させてすまねえ」
「ほんとそうだよ。謝っても許さないもん。あんたなんか嫌い」アンナも頬を膨らませて怒っているように見えるが、目に怒りはない。
「グレタ。お前がアリアの母親だとは知らなかった。すまなかったな、娘に痛い思いをさせて。しっかし、母親ってのは強えな。あんたみたいな母親を持った双子が羨ましいぜ」
「そうよ、グぅちゃんは半世界でいっちばん優しくて、強いんだから。あんたなんかが勝てるわけないでしょ」とアリアとアンナが声を揃えて言う。
「こ、これ。は、恥ずかしいでしょ……。わ、私も、今はあなたを許せる気にはなれません。でも、最後に人の心を取り戻したことは一応評価してあげます」と照れ隠しのように上から目線で言うが、母親、と言われたことは否定しなかった。
そうかい、と言ってジーノは苦笑いをし、今度はジョルジョに目を移す。
「あんた強えな。なんで料理なんか作ってんだ。正直、体がでかいだけで大したことねえだろ、と思ってたが大間違いだったわ。マジで強えやつは正体を隠すってのは本当なんだな。すまなかったな、迷惑かけて」
「おい、俺が強いかどうかはどうでもいい。だが一つ正しておく。アリアとアンナは俺の娘だ。俺は娘をさらって痛い目に合わせたお前を絶対に許さん。心底悔い改めるなら、命尽きるその時まで詫び続けろ。いいな!」
「あっ、そういや双子と名前一緒、あれ? じゃ、私の娘? えっ? グレタとお前、夫婦だったのか? いや、しかし、確か名前が?」とジーノが驚いた顔で訊き返す。
「ち、ちがーう! 夫婦じゃない!」二人が口を揃えて否定する。でも、中々息があっている。
「えー、アーたちはグぅちゃんがお母さんがいい。ねぇーっ」ニコニコしながら二人がグレタに抱きつく。
「え、えっと、話がややこしくなるから、その話はあとに、なさい」とあわあわするグレタ。
「……あー、よくわかんねえが。まっ、とにかく、みんなすまなかった」
ジーノは改めて四人に謝った。そして、ステラに視線を移し、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
(……ステラの顔、どっかで見たことあるような気がしてたが思い出したぜ。ガキの頃に地主の家で見た本の聖女だ……なるほどな、そういうことか……クククッ)
「ステラ、悪かった。許してくれとは言わねえ。俺は竜眼主としてやるべきことをやろうとした……だがやり方はダメだった。それは、謝る。そして、これまで俺が色々やらかしてきたこと、それも反省する。……ルキウスとフェリシアにも伝えてくれ、騙したことも嘘を広めたことも、全て俺が悪かったと。そしてセイバーズの他のやつらにも、ジーノが謝ってた、と伝えて欲しいと」
「承りました。もう宜しいのですか?」
「いや、すまねえが最後にあいつらに一言ずつ言わせてくれ」
「どうぞ」
「……チロ。おめえの言葉に、また気づかされた。色々と悪かったな。おめえには何度も助けられた。ありがとな。感謝してる。……で、よぉ、そのぉすまねえが、最後に一つ頼まれてくれねえか?」
「なんだ? 言って見ろよ。何でもきいてやる」
チロは、ジーノが悔い改めると言ったことが意外ではあった。だが、ジーノが昔に戻ったような気がして嬉しくもあった。だから、何でもきいてやろうと思った。
「すまねえな。……フランコのことだ。おめえならわかると思うが、フランコは一人じゃ生きてけねえ。だから、面倒をみてやって欲しい。フランコがこれまで稼いだ金は、ほら、俺が金を隠してたところあったろ、あそこに一緒にある。黒い革袋のやつだ。あとな、俺のもまだ残ってからよ、それはお前にやる。好きに使ってくれ。その代わり、頼む。フランコのことを、頼む」
「まかせとけ。一緒に動物の面倒も見てやるぜ」
笑顔で答えた。思わず目が潤んでくる。昔のジーノだ……。俺らを守ってくれてたジーノが、戻ってきた。
「……ありがとよ。相棒」チロの答えに笑みがこぼれるジーノ。
「フランコ」ジーノが声をかける。
「兄貴、いやだぁ、兄貴、おれもいっしょに死ぬぅ、あにきぃ」
ジーノがステラの取引を呑んだときから、フランコはずっとそう言いながら泣いていた。
「フランコ、フランコ聞け。いつまでも泣いてんじゃねえ。今の話聞いてたな。これからはチロの言うことをちゃんと聞くんだぞ、いいな。それから、ケガしてるからって次々と動物を拾ってくんな。治療の仕方がわかんねぇってすぐに聞いてくるし、餌作れねえからって自分の飯を全部動物にやるし、掃除やなんやも結局俺がやってんじゃねえか。数が増えると大変なんだよ。あと、雷や風の音が怖いって泣くな、少しは我慢しろ。夜中に起こされんのは鬱陶しい。服ぐらい全部自分で着れるようになれ。洗濯も少しは覚えろ。あとぉ……まっ、いいか。どうだ、わかったか?」
「いやだぁ、あにきぃ」泣き続けるフランコ。
「はぁー……。泣くな、フランコ。……お前との暮らしは、結構楽しかったぜ。……ありがとな……弟よ」
思わず口から出てしまった。言うつもりはなかった。だが、これで最後だと思ったら、自然に口をついてしまった。
「リザイア」
「おお、ジーノぉ。やっぱお前はいいやつだよぉ。俺はお前を信じてたぜ。安心しろ、墓は作ってやっからよ。悪いな。ありがと」
さっきまで泣き喚いていたやつとは思えない変わりようだ。
(……なんも言いたくねぇなぁ)とジーノは思ったが、まっいつものことか、と切り替えた。
「リザイア。おめえはな、もうちっと主体性を持て。他人の後ろにくっついておこぼれを貰うような生き方はそろそろ止めろ。お前にもいいところは…………どっかに……ある、とは……思う。あー、だからぁ、まぁな、そいつでもっと自発的に生きろ。いいな」
「あー、なんだ。説教か? わあった、わあったよ。お前の最後の言葉ってことで、聞いといてやるから。安心しろ。じゃあな、安らかに」
(……こいつの命だけは……助けんの嫌んなってきたなぁ……)と思いはしたが、これもリザイアらしいか、と思い直し、まあいいか、と許せる自分にジーノは苦笑をした。
「おめえら三人とも、ありがとよ。おめえらとの人生はなかなか楽しかった。……感謝するぜ」
そう告げるジーノの顔を見て、チロとフランコは涙を流し、リザイアはウンウンと神妙に頷いていた。
(……見納めだな)
三人の顔を心に留め、ジーノはステラに顔を向け直した。
「あー、待たせたな、ステラ。……いいぜ……やってくれ」
「思い残すことはありませんか?」確認するステラ。
「ああ……」
ジーノの表情は穏やかだ。
小さく頷くステラ。
「わかりました。では……『竜血の簒儀』を、始めます」




