065 ヒリュウ継嗣戦(その1)
王都北西にある広大なパルコイデスの森の中を、ルキウスを先頭にヒリュウの鱗亭の面々とフェリシアが馬で駆けていた。
「停まって下さい。ここで馬を下りましょう。オレア広場はすぐそこです」
ルキウスが皆に声をかけて停まる。
全員が馬から下り、オレア広場に向けて歩き始めた。
(はっ!)グレタと手をつないでいたアンナが突然走りだす。
「待ちなさい! 一人で行ったらダメ!」
グレタがアンナの手を引き寄せて叱る。
「違う! アリア、アリアが呼んでるの! 助けてって呼んでるの!」
目に涙をいっぱいに溜めながらアンナが訴える。
その言葉を聞いたステラが「急ぎましょう」と駆けだし、皆も一斉に駆けだした。
ステラたちが呼び出されたオレア広場は、直径半サウトゥカ(六十メートル)弱の円形の広場である。
広場の北の端には、前の千年紀からあると伝えられている、広場の名前の由来にもなった巨大なオレアの木がそびえ立っている。
その他にも何本かのオレアの木が広場を囲むように立っており、秋になるとオレアの実を拾いにくる王都の民で賑わう。
そのため、毎年収穫期の前には広場周辺一帯の魔獣討伐が行われているのだが、夏の盛りのこの時期には訓練がてらに魔獣狩りをする冒険者が稀にここを訪れる程度である。
しかし、そういう連中さえも、空が藍色にそまりつつあるこの時間には誰も近寄らない。
邪魔する者が誰もいない今のオレア広場は、秘密の戦いをするのにうってつけの場所、と言えるであろう。
「きた! 来たぞ、ジーノ。ステラだ!」
ステラたちがオレア広場に入ったとき、ちょうどリザイアが叫ぶ声が聞こえた。
そして、ステラたちの目に最初に入ったのは、こちらを指差すリザイアとその横でナイフを振りかざしているジーノ。そして、その奥にいる、オレアの巨木に縛られたアリア。
「アリア!」アンナが叫ぶ。
「アンナ!」アリアが叫ぶ。
「チッ」リザイアが急いでアリアの口に猿ぐつわをはめる。
遠目に見てもはっきりとわかる。アリアの顔は腫れ、鼻や口元だけでなく、制服の白いブラウスにも血がついている。
(あんな子供に、許せん!)ルキウスはリュウオンシを全開にして飛び出した。
フェリシアが、気づいて「待って!」と声を上げたが、止まるはずがない。
ルキウスが見えなくなった瞬間、ジーノがニヤリと笑った。
そして、ステラたちは誰も気づいていなかったが、ルキウスが飛び出すのとほぼ同時に、チロの姿も見えなくなっていた。
リュウオンシを発動させたルキウスならば、瞬き二つほどの間でアリアにとどく。邪魔が入らなければ、だ――
(やはりきたか)
チロがルキウスの前に立ちはだかった。チロもウラ・リュウオンシを発動させていたのだ。
今ルキウスとチロは、他の者たちとは異なる時空の中にいる。
今の二人の対峙も、他者には一瞬残像が現れたようにしか見えていない。
その異なる時空の中で、二人は他の者たちが目で追えない、激しい攻防を繰り広げていた。
「どけ、邪魔だ!」剣を構えたルキウスがチロに迫る。
「言われた通りにすると思うのか?」チロは鼻で笑いながら鉄球を弾き、ルキウスの間合いの外に出る。
(くそっ!)
チロはルキウスの剣が届かない微妙な間合いを取りながら、鉄球を連打する。
しかも、一か所に留まることをせず、細かく向きを変えながら、絶えず短い距離を移動して、ルキウスに間合いを詰める隙を与えない。
ルキウスとチロならば、ルキウスのほうが速い。だが、かけ離れて速いわけではない。なので、チロがランダムに動いている状態では、チロの動きに先んじて一気に間合いを詰めることができない。
それに、鉄球の狙いが絶妙に鬱陶しい。狙いを一点に集中させず、頭から足までの範囲に広くばら撒いてくる。
しかも、チロは両手で鉄球を弾いているので、二つの鉄球が頭と足にほぼ同時に飛んできたりもする。
こうなると、いくら鉄球が見えてても剣で全てを受けるのは難しい。なのでルキウスは、剣だけではなく、体の位置も変えながら避けている。
(やりにく)
ルキウスは、こういう中途半端に距離をあけ、相手の出方を読み合うような戦い方が苦手で、性にも合っていない。
剣の腕がそこそこ立ち、誰よりも速く動けるルキウスは、一気に間合いを詰めて決着をつけるか、連続して剣を打ち込んで撃破する、という戦い方が基本になっている。
長柄を使う相手も間合いに入りにくいが、それでも打ち合いはできる。だが、チロのような飛び道具では打ち合うこともできない。
自分の間合いに捉えれば、チロなど一刀両断にできる。だが、あとほんの僅かが縮まらない。
その縮まらない間に、ジリジリと焦れだすルキウス。徐々に動きが荒くなり、雑念が湧いてくる。
(ムカつく! なんなんだこいつは! 少しはじっとしろよ!)
死闘の途中で集中力を切らした者は負ける。祖父のウィルフォルティスから何度も叱られている、ルキウスの悪い癖だ。
「あっ⁉」突然何かに足をとられた。そう思った瞬間、一気に体が浮かび上がる。
(――なっ、どうした?)
自身のおかれた状況を完全に理解するのに数瞬を要した。
(吊り下げ……られて……いる? 網?)
斜め下に、木に括りつけられたアリアが見える。
ルキウスは、網に捕われ、オレアの巨木の枝に吊り下げられていた。
「まぁた引っかかってやんの。ざまぁねぇな。ハッハッハッハッハ」
下からチロが嘲り笑う。どうやら気づかぬ間に誘導されていたようだ。
チロにはめられるのは、数カイ(数時間)前の追跡時と合わせて二度目。
ルキウスは、自らの愚かさと屈辱に顔を歪めながら、嘲笑うチロの顔を、眦をつり上げ射殺すような目で睨みつけた。




