052 動揺
なんの収穫もなくジーノの家に戻ったチロ、リザイア、フランコに、ジーノが竜眼主を見つけたと告げた。
そして、喜ぶ三人が聞いた竜眼主の正体は……ステラ、であった。
「ステラ? 鱗亭のか?」信じられない、という顔でチロが訊き返す。
「ああ」ニヤリとしながら短く返すジーノ。
チロ、リザイア、フランコの三人は互いの顔を見合わせる。
そんな話、噂一つ聞いたことがなかった。
この春にヒリュウの鱗亭が開店してから殆ど毎日のようにあの店には通っていた。
そして、ステラとも何度も顔を合わせている。いや、会話をしている。
(……あの娘が……)
正直、言葉が出ない……。
竜眼主が見つかったことは嬉しい。これで当面は不毛な情報収集から開放される。
だが、これからステラの身に起こることを想像すると、素直に喜ぶ気にもなれない。
ステラのことは、みんな好きだった。
ステラが、見た目の華々しさや上品さだけの娘なら、それほど後ろめたくも思わなかったであろう。
だが、ステラは他の娘たちとは違う。いや、ステラだけではなく、ヒリュウの鱗亭の娘たちはみんなそうだ。
ジーノたちアグリコラの四人は、全員同じ村の出身だ。四人とも貧しい農奴の子供で、ある出来事をきっかけに村を逃げ出してきた。
だが、十にも満たないガキどもがまともに暮らせるはずなどない。初めは物乞い、次に盗み、その次は強盗、と生きるためには何でもしてきた。
街の連中からは、薄汚く、卑しい乞食だと蔑んだ目でみられていた。女たちなど、娼婦でさえもジーノたちを見下し、相手にもしてくれなかった。
十年ほど前、冒険者ギルドのギルド長カリオの財布を盗もうとして捕まり、それが縁でカリオに勧められ、冒険者になった。
だが冒険者になっても、街の連中の目は大して変わらなかった。金を積めば娼婦は抱かせてくれた。だが、蔑んだ目は変わらなかった。
そんな彼らに、最初から微笑んでくれたのは、ヒリュウの鱗亭の娘たちが初めてであった。
通いだした当初は、客だからだろう、と嬉しくもあったが猜疑心のほうが強かった。だが、しばらく通ううちに、そんなことはない、と彼らにもわかってきた。
ステラたちは、彼らが随分前に話したことも全て覚えていて『あの話の続きを聞かせてください』とか『あれはどうなりましたか?』など、話した本人も忘れているようなことを訊いてくれるのだ。
ちゃんと俺たちを見てくれている、そう思えた。嬉しかった。
村を出てから、いや村にいるときから、ずっと人ではないような扱いを受けていた四人にとって、それは本当に嬉しいことであった。
「なんだおめえら、その顔は」
ステラの名前を訊いたとたんに、暗い顔になったチロたち三人にジーノが凄む。
「あっ、いや……い、意外だったから……」とチロが取り繕う。
ジーノは椅子から離れて三人の前に立つと、それぞれの顔を順に睨めつけた。そして、
「テメエら、日和ってんじゃねえぞ!」
おもむろにチロの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。
「いいか、おめえらがやるんだよ! ステラだろうが、誰だろうが、竜眼主はみんな殺るんだよ。ぶっ殺して力奪って俺がこの半世界を支配すんだよ。おめえらは、俺のためにあの女をぶっ殺すんだ! でなきゃ俺がおめらを――殺す!」
ジーノの金色の目からは、完全に正気が失せていた。
「わ、わかった、悪かったジーノ。やる、やるに決まってるだろ、なっ? なっ?」
胸ぐらを絞め上げられながらチロが、リザイアとフランコのほうを見る。
「や、やる。ああ、殺ってやるとも」リザイアが震える声で応える。
「兄貴、俺ステラ好きだ。でも、兄貴のほうが大事。だから……やる」とフランコも返す。
「よし、ならおめえら。今からステラだけじゃねえ、あの店にいるやつら全員のことを探ってこい。俺がステラを見つけたとき、ルキウスのやつが一緒にいた。なぜいたのかはわからねえが、あれがいるとやっかいだ。だが、ラッキーとも言える。上手くいけばステラと一緒にあいつも、殺れる」
金色の目で舌舐めずりをしながら、三人の衛士に、ジーノは命じた。




