029 ティアマト家
「ティアマト家」アウラが呟いた。
「⁉」ステラたちに明らかな動揺がはしる。
その反応を確かめてからゆっくりとアウラが問う。
「知っていなさるか?」
「……いえ、存じません」
さっきまでとは違い、はっきりとした口調でグレタが答える。だが、表情はこれまでで最も硬い。
「そうかい。ティアマト家ってのは、ハギオスドラコーンの名家なんじゃが……残念なことに、一年ほど前に主一家やそのご友人たちに大きな不幸が訪れてのぉ。娘さんを含めて数人が、未だに行方がわからんそうじゃ」
「そ、それが何か、関係があるの……です、か?」
グレタの声は震え、表情がさらに硬くなる。ステラは顔を上げることもできない。
「コーリネル・エイレーネ・ティアマト」
アウラが口にした名前にステラの体が、ビクリ、と大きく動く。同時にグレタが上体を乗り出し、アウラに迫る。
「一体何をおっしゃりたいのです!」
明らかに怒気を含んだグレタの言葉がアウラを刺す。
だが、アウラは全く動じない。
ただ静かに、じっと、ステラを見つめ続ける。優しい目で。そして……
「……ステラさん。あんた、よう似とるのぉ。……生き写しじゃ。あんたの御祖母様……コーリネル様に」
ステラが顔を上げ、唖然とした表情でアウラを見る。
「知っとるよ。コーリネル様のことを……。昔な、お世話になったことがある……」
ステラを見つめるアウラの目に、薄っすらと涙が滲む。
アウラを見つめ返すステラの目からも……涙の雫がゆっくりと、溢れだす。
「あんたの本名はアステリア・コーリネル・ティアマト。ミドルネームのコーリネルは御祖母様のお名前じゃ。そして、ステラ・アクアフィリアのアクアフィリアってのは、旧北部標準語のコーリネルを旧南部標準語に変えたもんじゃな」
優しく語りかけるアウラ。
ステラの目から、大粒の涙が零れる。
「すまなんだ。意地の悪いことばかり訊いて。あんたがコーリネル様のお孫さんかを確かめたかったんでなぁ。本当に申し訳ない」
深々と頭を下げるアウラと老紳士。
「実はな、わしらは以前ティアマト家のお屋敷でお世話になったことがあってな。お屋敷の庭園に咲いとったナルキソスの花……綺麗じゃった。ええ香りがしよってのぉ。あそこでコーリネル様とこのお茶を飲んだのをよぉ覚えとる」
古き良き日を思い出しているのか、薄っすらと目を閉じ、穏やかな顔で語るアウラ。
「わしらはな、若い頃にドラゴンセイバーズっちゅう冒険者パーティーを組んどってな、半世界中を旅しとった。で、わしとじいさんの結婚届けを出しにハギオスドラコーンの祭祀殿によったときに、大巫女様に呼ばれて聖竜軍の訓練と近隣の魔獣討伐を依頼されたんじゃ。そのときにみ月ほどかのぉ、お屋敷に泊まらせてもろうとった」
「……ドラゴンセイバーズ……。……あっ⁉」ステラが大きく目を見開き、グレタの手を掴む。
「グレタさん……絵、絵です」
「?」一瞬の間のあと、はっ!、とグレタも気づき「居間に飾ってあった絵……ですね?」とステラに応える。
「はい。お祖父様とお祖母様。そしてお母様。……ドラゴンセイバーズのご夫婦……」
止めどなく流れる涙。言葉が途切れるステラ。
「……アウラ様……の、お顔を……見たときに……どこかでお見かけした気が…………していました…………母からお話は……聞いて、おります……」
涙を抑えながら必死に言葉を綴るステラ。
そして、その姿を見るアウラの目からも涙がつたう。
「そうかぁ……あの絵。まだ飾って下さってたか」
そう言ってアウラが後ろの老紳士を振り返ると、老紳士が目頭を押さえて涙を堪えていた。
「その絵はな、後ろにおるオスカーが書きよったんじゃ」
オスカーと呼ばれた男は、背筋を正すと静かに話し始めた。
「オスカー・オーウェンと申します。クラトス様とコーリネル様には大変お世話になりました。拙いものではありますが、絵は心ばかりのお礼に、と思って描かせていただきました」と丁寧に頭を下げる。
「もしかしてばあちゃん、ステラさんたちのこと知ってたの?」
アウラの言葉に違和感を感じていたルキウスが耐えきれずに訊く。
「実はな、ステラさんたちが王都に来なさったときにエンリコから聞いておった。じゃがな、わしらが動くとあちこちに目立つじゃろ? だから、どうやってお近づきになろうかと思案しとったんじゃ」
そんな前から知っていたのか。ルキウスだけでなく、ステラたちも驚いている。
「あの、申し訳ありません。ティアマト家の話はどちらからお聞きになられたのですか?」
ずっと気になっていたことをグレタが訊く。
「そうじゃの。そこを話さんといかんの」
そう言うとアウラは居住まいを正して真っ直ぐにステラを見つめた。




