022 ウンボロゴロス物語
今日は何かいいことがあったのであろうか、ステラは窓際の椅子に腰を掛け、激しく降るヤハンの雨を眺めながら、くぐもった声で明るいテンポのはなうたを歌っていた。
「お嬢さま。ただいま戻りました」
背後から突然かけられた声に、はっ、としてステラが振り向く。
「まぁグレタさん。お帰りになられたんですね」
ステラは、音もなく部屋に忍び込んだ濃い藍色の髪をした長身の女性に駆け寄り、抱きしめた。
「時間がかかって申し訳ございませんでした」
「いいえ。謝るのはわたしの方です。いつもグレタさんにばかり大変な仕事をお願いして、申し訳ありません」
グレタの胸に顔をつけ、くぐもってはいるが少し甘えた声で話すステラ。
そんなステラが愛しいのだろう、グレタは少しだけ力を入れてステラを抱き寄せ、髪を優しく撫でる。
「……ところでお嬢さま……そのお面は、なんですか?」
ものっすごく怪訝な顔をしながら、グレタはステラが被るお面を凝視する。
「これですか! これはですね、ウンボロゴロスの仮面と言いまして、とても由緒正しき聖なる仮面なんです。グレタさん、興味ありますか?」
めちゃめちゃはずんだ声で逆にステラが訊いてきた。
「興味ありますよね? ありますよね? グレタさんならきっとわかってくれると思ってたんです。お話聞きたいですか?」
「あの、えっと、お嬢さま。私はそのぉ……」
「お疲れとは思いますが、寝物語としてわたしがお聞かせいたしますね」
お面をつけているのでわからないが、きっとその下の瞳は、無垢な幼子のようにキラキラと輝いているはずである。
こうなったときのステラがとまらないことをグレタはよく知っている。
「あっ、すぐにお茶を淹れますから、ベッドに座ってお待ち下さい」
「あっ、ええ……ありがとうございます」
グレタの負けである。
なぜそんなお面を被っているのですか? と訊きたかったのだがもう無理だ。
嬉しそうにくぐもった声ではなうたを歌うステラを見ながら、しょうがない、とグレタは諦めた――
――ステラが話を始めてからおよそ二カイ(二時間)、ヤハンの雨もすっかり止んだころ、ようやくウンボロゴロスの物語が終わった。
「いかがでしたか? とても素敵なお話でしょ。わたしはもう感動して感動して。この感動を誰かに伝えたくてウズウズしていたんです。はぁー満足しました。ステラさん、今日は一緒に寝ましょうね。おやすみなさい」
ステラはそういうとシーツを顎の下まで引き寄せ――寝た。瞬殺で。
話を聞いてるうちにすっかり目が冴えてしまったグレタは、ステラの横で一人取り残されてしまった。
だが、あどけない顔で眠るステラの顔を見ていると、絵本を読み聞かせながら寝かしつけていたもっと小さなころを思い出し、心が暖かくなっていた……。




