8.依頼に見せかけた陰謀
コレットは宣言通り、王宮に移ってからもポーション作りにいそしんでいた。薬草園の横の離れに一日中こもって。
離れには、ポーション作りに必要な様々な道具や薬草がそろえられていた。必要なものがあれば、その辺の使用人に頼めばじきに離れに届けられる。三度の食事も、全て離れに運ばれてくる。
とにかく一分一秒でも長くポーションと関わっていたい彼女にとっては、とても素晴らしい環境だった。
フレデリックは相変わらず毎日毎日彼女のところにせっせと通っていたが、ある日こんなことを言い出した。
「一つ、許可をもらいたい。君のポーションを大量に複製して、国中に広く流通させたいのだ。そうすれば、民はさらに健康になるだろう」
「はい、もちろんいいですよ。少し待ってもらえますか、レシピを書き写しますから」
即座にそう答え、レシピを書き写す準備を始めたコレットに、フレデリックは不思議そうに首をかしげていた。
「……こうもあっさりと、承諾が得られるとは思わなかった。普通、そういったレシピは秘密にしておくものだと思っていたのだが」
「私は新しいポーションを作りたいだけですから。できたものを独占する気はありません」
「そうか、君は気高いのだな。みなが『魔女令嬢』などという特別な呼び名をつけたのも、うなずける」
「……そういったことには、興味がないので」
そんなことを言いつつも、彼女の頬はほんのちょっぴり赤かった。どうやらこのそっけない態度は、照れ隠しらしい。
フレデリックもそのことには気づいていたが、あえて何も言わなかった。
そうしてコレットのポーションは、国中に広まっていった。当然ながら、魔女令嬢の呼び名もさらに広く知られていく。もはや彼女の人気は、王族たちと同等か、下手をするとそれ以上のものになってすらいた。
しかしコレットは、やはりポーションを作ることに専念していた。従来のものを改良したり、まったく新しいものを開発したり。
そんな彼女だったが、一つだけ新しい日課が加わっていた。毎日、頑丈な鍵のかかるキャビネットの中を確認して、中身を確認することだった。なくなってしまったあの失敗作のことは、今でも彼女の心に引っかかっていたのだった。
そうやって穏やかに過ごしていたコレットのもとに、ある日イザベルがやってきた。彼女が遊びに来ること自体は珍しくもなかったのだが、その日は妙に様子が違っていた。
「……惚れ薬を作って欲しい?」
愛らしい顔を思いっきりゆがめて、コレットがすっとんきょうな声を上げる。イザベルは大変不服そうな顔で、そんなコレットをにらみつけていた。
「声が大きいですわ。ええ、その通りですのよ」
「そんなもの、私に作れるとは思わないけど……」
「何を言っているの、あなた、作ってしまったでしょう? いつぞやの、あれですわ」
「…………ああ、あれ……ね」
イザベルが何についてほのめかしているのかについて、もちろんコレットにも分かっていた。以前ちょっとした気まぐれからフレデリックが口にした、あのグラスの中身のことだ。
もっともそれが、青色の試作品とピンク色の失敗作の混合物であることを知っているのは、イザベルただ一人だったが。
「あれの効果、とんでもなかったし……再現しないほうがいいと思う。万が一再現できてしまったとしても、その時はレシピごと封印するべきよ」
コレットは様々なポーションを作ってきたが、さすがに人の心を操るようなものを作ったことはなかった。やろうと思えばできたのかもしれないが、それは道義的によろしくないと、彼女はそう考えていた。
しかしイザベルは、一歩も引かなかった。金の巻き毛を振り立てて、悲痛な声でさらに食い下がる。できるだけ哀れっぽく見えるように身をよじりながら。
「お願いですわ、わたくしを助けると思って! 一回だけ、一回分だけでいいんですの」
「……イザベル、そういうのが必要な事情があるの?」
コレットが小首をかしげながら小声で尋ねる。イザベルはコレットに見えないよううつむいてにやりと笑った。獲物が餌に食いついた。そんなことを考えながら。
素早い動きでハンカチを取り出して、目元にあてながらイザベルがうつむく。普段とは違う弱々しい声で、彼女は続けた。
「ええ、実はそうなんですの……わたくし、ずっとずっと焦がれている殿方がいて……でも、その方はわたくしの思いに気づいてすらくれない……」
コレットは困った顔で、イザベルをじっと見ていた。
「一日だけでいいの、あの方に近づきたい……もしその間に親しくなれなかったら、あきらめて解毒剤を飲ませると誓いますわ。ですから、どうか……」
「それ、誰? 既婚者だったら、さすがに協力できないわ」
「言えませんわ……でも、あなたが心配しているようなことはありませんの。だから、どうか……お願い、コレット。わたくしたち、友人でしょう?」
イザベルはうつむいて顔を隠し、ふるふると肩を震わせている。そんな彼女を見て、コレットは深々とため息をついた。
「……分かった。特別に一回分だけ作ってみる。でも、使い方にはいっぱい条件をつけるからね? 他の人のいないところで使うとか、解毒剤を飲ませるまでの時間制限とか……」
難しい顔で指折り数え始めたコレットに、イザベルはぱっと顔を上げてすがりつく。
「ありがとうコレット、やはり持つべきものは友人ですわね!」
「……でも、うまくいくとは限らないわよ?」
「いいえ、絶対に成功するわ、あなたの腕前なら」
口がむずがゆくなるのをこらえつつ、イザベルは笑う。もちろん、彼女はコレットの注意を、ひとつたりとも守るつもりはなかった。
公衆の面前、できればパーティーのような華やかな場で、フレデリックに惚れ薬を盛る。そうして自分とフレデリックが恋仲であるという既成事実を広めてしまえば、あとはこっちのものだ。
いまいましいことにフレデリックは、コレットのことが気になっているらしい。
しかし幸いコレットは、相変わらずポーションのことばかり考えている。一度、フレデリックにしっかりと近づくことさえできれば、二人の間を裂くこともできるに違いない。
イザベルは上品に微笑みながら、そんなことを考えていた。
「さあ、そうと決まればさっそく作りますわよ!」
「えっ、今から!? 私、今日は薬草園をじっくり見て回ろうって思ってたんだけど」
「そんなもの、いつでもできるでしょう? 特別にわたくしが手伝ってあげますわ、感謝なさい!」
「ああっ、だったらドレスの上にエプロンをつけて、服が汚れちゃうから!」
浮かれた足取りで奥の倉庫に向かおうとするイザベルを、予備のエプロンをつかんだコレットがあわてて追いかける。
どす黒いものが渦巻くイザベルの心中とは裏腹に、窓の外は今日もさわやかに晴れ渡っていた。