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4.救いの女神?

「コレット、調子はどうかしら……って、えっ?」


 そこにいたのはイザベルだった。ノックもせずに入ってきた彼女は、しっかりとコレットの手をにぎっているフレデリックを見て硬直した。


 そして次の瞬間、いきなり金切り声で叫ぶ。


「きゃあああああ!!」


 そのあまりの音量にコレットは耳を押さえようとしたが、彼女の手はなおもフレデリックにとらわれたままだった。


 その手を食い入るように見つめながら、イザベルは震える声で独り言のようにつぶやく。


「う、嘘、嘘ですわよね、いいえ嘘じゃないですわ、信じたくないですけど、でもやっぱり嘘だと思いたい」


 明らかに取り乱した様子で、イザベルはコレットとフレデリックを交互に見ていた。そんな彼女に、フレデリックが冷静に答える。


「君は……コレットの友人のイザベルだったか。見ての通り、俺はコレットに会いに来た。いてもたってもいられなかったんだ」


「いてもたってもいられなかった、ですって!? ど、どういうことですの!?」


 金の巻き毛を振り立てながら叫ぶイザベルに、フレデリックは明るい紫の目を丸くする。しかしそれでも、彼はコレットの手を放そうとはしなかった。


 困り果てた様子で、コレットがイザベルに声をかける。もしかしたらこれで、フレデリックから解放されるかもしれないと、そんなことを思いながら。


「イザベル、あなたが二日続けて、しかも朝から来るなんてとっても珍しいけれど……でも、来てくれてよかった」


「あなたの体調が悪いらしいと聞きましたので、お見舞いに来たのですわ。……それよりも、どうしてフレデリック様がこちらに!? しかも、どうしてそんなに近くに!?」


 もちろん、イザベルの言葉は嘘だった。彼女は、きっとコレットが体調を崩しているだろうと考えてやってきたのだった。見舞いではなく、苦しむコレットを見物するために。


 イザベルは以前、この部屋のキャビネットからピンク色の失敗作をくすねていた。そしてそれを、昨日コレットのグラスに混ぜ込んだのだった。晩餐の後に試作品を飲むという、彼女の習慣を知った上で。


 彼女は元々グラスに入っていた青色の試作品を半分ほど捨て、ピンク色の失敗作をまるごとぶちこんだ。その結果、あの美しい青紫色の液体ができあがったのだ。


 これなら、コレットもさほど怪しむことなくグラスの中身を口にするだろう。イザベルはそう考えていた。そして今朝、彼女はうきうきとコレットの屋敷にやってきたのだった。


 試作品ではなく怪しげな失敗作を口にしたコレットは、きっと体調を崩しているに違いない。無様な彼女の姿を存分に眺めつつ、友人らしく優しい言葉の一つもかけてやろう。


 そうすればコレットは、素直に感謝して喜ぶだろう。犯人がイザベルなのだと疑うことすらなく。そんなコレットを見て内心大いに笑ってやろうと、イザベルはそう思っていた。


 ところが蓋を開けてみたら、コレットはぴんぴんしているし、どういう訳かフレデリックがコレットを甘ったるい目でうっとりと見つめている。


 ずっとフレデリックに憧れていたイザベルにとっては、絶対に許すことなどできない光景だった。


「俺は彼女のことが愛おしくてたまらない。一日たりとも離れていたくなくて、こうしてやってきたのだ」


 そんなイザベルの思いを知ることなく、胸を張って堂々と答えるフレデリック。


「……これはどういうことですの、コレット」


 イザベルは目を細め、無言でコレットをにらんだ。驚きすぎて、逆に冷静になってしまったらしい。コレットはフレデリックに手をにぎられたまま、困り果てたように眉を下げた。


「わ、私にも分からないの。さっきからずっと、フレデリック様はこんな調子で。どうしてこうなったのか、早く原因を調べたいのだけれど……」


「俺がどうしてこうなったか、だと? それはもちろん、君がとても愛らしいからだ」


「……ずっとこうだから、考え事どころじゃないの。手も放してもらえないし」


 そんなことを話している間も、フレデリックはうっとりとした目でコレットを見つめている。


 イザベルは大きくため息をつくと、ごめんあそばせと言い放つ。それから二人に近づき、コレットの手をひっつかんだ。


 細腕からは思いもつかないほどの力で、コレットをフレデリックから無理やり引きはがす。


「申し訳ありませんフレデリック様、女同士の秘密のお話がしたいので、少しだけそちらでお待ちくださいませ!」


 そうしてイザベルはコレットを引きずって、作業部屋の奥の部屋に駆け込んでしまった。フレデリックに口を挟む隙すら与えずに。




 奥の部屋には、様々な薬草が木箱や棚にしまわれている。そのせいか部屋中に、薬草の香りがぷんと立ち込めていた。コレットにはなじみ深い匂いだが、イザベルはほんの少し眉をひそめている。


「それで、いったい何がありましたの!? 昨日のフレデリック様は、いたって普通でしたわよね!?」


「ええっと、うん、そうだけど……」


「だけど、ではありませんわ!! とにかく、昨日からのことを洗いざらい説明しなさい!! 絶対に、なにかあったに決まっていますもの!!」


 イザベルはきゃんきゃんとわめきながら、コレットに詰め寄る。コレットはようやくフレデリックから解放されたからか、胸に手を当ててほっと息をついていた。


「洗いざらいもなにも、おかしなことなんて……ポーションの話しかしてないし。……あ」


「あ、ってなんですの!? とっとと白状なさいまし!!」


「分かった、分かったから落ち着いて」


「これが落ち着いていられるとでも!?」


 イザベルはコレットの両肩をつかんで、激しく揺さぶる。コレットは大いにうろたえながら、昨日のことを話した。晩餐の時の、試作品の入ったグラスについて。


「昨日の、グラスの中身を、フレデリック様が飲まれた……?」


 ずっとわめいていたイザベルが、すうっと青ざめて黙り込む。あれは失敗作ですのに、と口元まで出かかって、あわててその言葉を飲み込んだ。


 コレットはイザベルの表情の変化には気づいていないらしく、何やら考え込みながら言葉を続けている。


「……あの試作品、味が予定と違ってたみたいなの。もしかしたらあれ、想定してたのと違う効果になってたのかもしれない。フレデリック様が私に一目惚れするとか、まずありえないもの。可能性として一番考えられるのが、あの試作品かなって」


「一目惚れがありえないという点については、大いに同意しますわ」


 さらりと失礼な言葉を吐いて、イザベルは眉をつりあげた。


「そうですわね、フレデリック様があんなことになってしまわれたのは、間違いなくあなたの試作品のせいですわね! うっかり惚れ薬を作ってしまうだなんて、ああもう、はしたない!! 魔女令嬢ならぬ、はれんち令嬢ですわね!!」


「ちょっと……その呼び名は嫌かな」


 本当は試作品のせいではなくピンク色の失敗作のせいで、しかもその失敗作をグラスに入れたのはほかならぬイザベルなのだが、彼女はそのことを一言も言わなかった。隠し通すことにしたらしい。


「そういう訳ですから、とっとと解毒剤を作ってしまいなさい。……作れますわよね?」


「……うん、たぶん。薬の効果のせいで体調が狂って、恋愛による興奮に近い状態になっているんだと思う。だとしたら、あれとあれ、それにあれを加えれば……」


「解決しそうなのはいいことですけれど、相変わらずあなたはポーションのことばかり考えているのですわね。そんなことだと、殿方には相手にされなくってよ」


 昨日コレットとフレデリックがポーションの話で盛り上がっていたことなど知るはずもないイザベルが、そう言ってふんと鼻を鳴らした。


「されなくっても困らないし……そうだ、イザベル。少し手伝ってくれないかな。あなたの助けが必要なの」


「手伝う? わたくし、調合のことなんて何一つ知りませんわよ」


「ああ、そうじゃないの。私が解毒剤を作り上げるまでの間、フレデリック様の相手をしていてもらえると助かるなって。あの方がそばにいたら、作業がちっとも進まないから」


 コレットが苦笑しながら言ったその言葉に、イザベルは内心歯噛みする。イザベルはずっとフレデリックに憧れていたが、いつも遠巻きに見ているだけで、まともに口をきくことすらできなかったのだ。


 だというのに、格下だとあなどっていたコレットは、フレデリックにべたべたとまとわりつかれている。


 イザベルはそのことが、悔しくて悔しくて、そしてうらやましくてたまらなかった。たとえそれが、失敗作のせいなのだと分かっていても。


 あのピンク色の失敗作が惚れ薬なのだと、そのことをもっと早くに知ることができていたら。そうすれば、もっと有益に使ってやったのに。それこそ、フレデリックを自分に振り向かせることだって。


 イザベルは怒りと悔しさに肩を震わせながら、それでもすぐに部屋を出ていった。こうなったら、今のうちに少しでもフレデリックとお近づきになってやろう。そんな野望を抱きつつ。

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