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30.これにて一件落着、たぶん

 王都を遠く離れて、隣国の果ての果て、そこの雪山にぽつんと建っている屋敷。その一室に、金切り声が響いていた。


「どうして、こうなってしまったんですの!!」


 外は猛吹雪だが、部屋の中はとても暖かい。貴族のものとは思えないほど質素な部屋のど真ん中で仁王立ちしているのは、イザベルだった。


「あと少しでしたのに! 忌々しいコレットを追い落として、名声を地に叩き落として、王宮にいられなくして、心をへし折って追い込んで! そこまでは、うまくいきましたのに!」


 誰に聞かせるでもなく、彼女はきいきいと叫んでいる。小さな足を踏み鳴らしながら。


「それがまさか立ち直っていただなんて! しかも、フレデリック様だけでなく、フランシス様まで巻き込んで、あんなことをしてのけるだなんて!」


 そこで彼女は、ぴたりと動きを止める。


「……それでも、あの部屋にフレデリック様がやってこられた時は、まだ運は尽きていないと思えた。やっとフレデリック様を手に入れられると思いましたのに……」


 消え入るような声で、イザベルはつぶやいた。


「まさか、国外追放だなんて……わたくしのほうが、こんなに遠くに追いやられてしまうなんて……」


 フレデリックの演説からほどなくして、イザベルの罪状、及び処分が決まった。


 民に流通させるポーションに細工をし、民の命を危険にさらした罪、そして王宮の宝物庫に無断で立ち入り、国の所有物である魔導具を無断で使用した罪。さらに虚偽の内容を民に広く伝え、人心を惑わせた罪。


 それらを几帳面に足し合わせると、真っ先に出てくる結論は死罪だった。けれどコレットにフレデリック、それにフランシスの全員が、その結論に反対したのだ。


「確かに彼女は許されないことをしました。……でも……イザベルの不満に気づかずにいた私も、悪いんです……」


 コレットはそう言って、しゅんとしたまま両手を組み合わせていた。ちょうど、祈る時のように。


「イザベルとコレットの関係は、とても危ういところで釣り合っていた。その均衡を崩してしまったのは、おそらく俺だ。だから今回の件は、元をたどれば俺にも責任があるのだと思う」


 フレデリックは難しい顔をして、重々しくそう言っていた。そんな二人に、フランシスが静かに言う。


「こたびの件はお前にすべて任せると、父上にそう言われてしまった。次の王として、見事丸く収めて見せろと。今後どのように国を治めていきたいのか、それを示せと」


 彼は困ったように笑って、肩をすくめる。それから真剣な顔で、言葉を続けた。


「私は、できるかぎり寛容な世を作りたいと思っている。心根の奥底まで腐りきってしまった者ならともかく、そうでないものには更生の機会を与えたいと思っている」


 その言葉に、コレットとフレデリックもうなずいていた。


 そうして、イザベルへの罰が決まった。彼女は死罪を免れ、追放されることになった。


 しかし彼女を生かしておくならば、もう国内には置いておけない。かつて聖女令嬢として名を知られた彼女を罪人として国内に残しておけば、余計な火種のもととなる可能性があるからだ。


 かといって、ただ遠くに放り出すだけでは足りない。これ以上彼女が何かたくらんだとしても、それを実行に移せないようなところでなくてはいけない。


 そんなこんなで、イザベルは人里から遥か離れた屋敷に放り込まれることになったのだ。


 ここは隣国の北の果て、一年のほとんどを雪に閉ざされた山奥にある、貴族や王族を流刑にするための屋敷だった。フランシスは隣国に掛け合って、そこにイザベルを住まわせてもらうことにしたのだ。


 この屋敷は、それはもう不便極まりない場所だった。月に一度、食料などの物資が運ばれてくるほかは、外部と一切交流はない。というか、できない。


 屋敷の周りは深い雪に覆われていて、専用の装備を備えた馬車でなければ、とても走れたものではない。しかも周囲の野山には、狼の群れが棲みついている。徒歩で移動するなど、もってのほかだった。


 イザベルはここで、侍女とともに暮らしている。ちなみにその侍女も、イザベルと同様の罪人だ。貴族相手に詐欺を繰り返していた、中々のくせ者だった。


「覚えてらっしゃい、コレット……わたくしを生かしておいたことを、いつか後悔させてやりますから……」


 ここにはいないコレットに対してすごんでいたイザベルの思考を、弱々しいノックの音がさえぎる。イザベルは細い眉をきっとつりあげて、扉に向かって叫んだ。


「開いておりますわよ! といいますか、いったい何の用ですの!」


 その言葉に、扉がそろそろと開かれる。小太りの男性が、ゆっくりと姿を現した。


「あ、あの、イザベル。その、だね」


「はっきりおっしゃいアントン! いっつもあなたはおどおどして、要件一つまともに言えないんですの!?」


 アントンと呼ばれた男性は、困ったように眉を下げている。そろそろ三十路にさしかかろうかという年頃の、気弱で貧相な雰囲気の男性だ。


「うん、暇だから、お茶にしようと思って、それで」


 もじもじしながらアントンが話すのを、イザベルはいらだたしげに眺めていた。


 彼もまた、イザベルと同様にここに幽閉されていたのだった。つまるところ彼もまた罪人なのだが、イザベルはその罪状を知らなかった。というよりも、彼自身に興味がなかった。


「よければ、君も一緒にどうかなって」


「お断りしますわ!!」


 イザベルが金切り声を上げる。アントンは身をすくめたものの、ためらうことなくまた口を開いた。


「その、ここには僕と君しかいないし、僕は話し相手が欲しいんだ。従者は最低限のことしか話してくれないし、君とは貴族同士だし」


「わたくしは話すことなどありませんわ、さあ出て行ってくださいまし!!」


 入り口にたちはだだかっているアントンを、イザベルは強引に部屋の外に押し出す。力いっぱい扉を閉めて、そのまま扉に寄りかかった。


「はあ……これなら、普通の牢獄のほうがましでしたわ……」


 母国から追放されたこと、フレデリックの顔を見られないこと、それ以上に今イザベルを苦しめているのは、アントンの存在だったのだ。


 彼はこうして毎日のように、イザベルに声をかけていたのだ。何度はねつけられても、めげることなく。気弱で無害そうな見た目とは裏腹に、彼はとてもしぶといようだった。


 アントンが誘いにきて、イザベルが断って、最終的には力ずくでアントンを追い出す。もうすっかりお決まりになってしまったこんな流れが、一日に何回も繰り返されていた。


「疲れましたわ……ええもう、本当に」


 さっきまでわめいていたとは思えないくらいにぐったりと、イザベルは床に座り込む。


「なんなんですの、あの男は……わたくしに指一本触れてくるでもなく、そのくせとてもしつこくしつこく誘いをかけてきて……まあ、わたくしが魅力的なのは事実ですけれど」


 イザベルは嬉しげに笑って、ふと動きを止めた。それから勢いよく首を横に振る。


「って、そうじゃありませんわ! このままでは、まともに考え事をすることすらできません。あの男を、大至急なんとかしなくては」


 すっくと立ち上がったイザベルが、両手をぐっとにぎりしめて叫ぶ。


「本当に覚えていらっしゃい、コレット!! いつか、いつかきっと、あなたをもう一度打ちのめしてみせますわ!! うう、悔しい……」


 金切り声と涙声のあいのこのようなその叫びを、聞いている者はいなかった。

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