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29.フレデリックは決意した

 フレデリックとフランシスが一芝居打ってから、さらに十日ほど後。王都の民たちは、王宮前の広場に集められていた。国中の町や村でも、同じように人々が集まっているはずだった。


「これから、何が起こるんだ?」


「なんでも、おふれがあるとか……」


「一体なんのおふれなんだろうな。税金が上がるとか、そういったものでないといいけど」


 そんな不安げな民たちの声が、広場のあちこちから聞こえている。そのささやき声をかき消すように、勇ましいラッパの音が響き渡った。


 その音に続き、何もない空中に幻が浮かび上がる。まるで一枚の絵のようなそれが映し出しているのは、まぎれもない現実の風景だった。


『みな、今日はわざわざ集まってもらって、済まなかった。俺はフレデリック、第二王子だ』


 その幻が映しているのは、どこか豪華な部屋の中だった。その部屋の中央に、フレデリックがどこか緊張した面持ちで立っている。


『先日、聖女令嬢がみなに伝えた言葉を覚えているだろうか。俺は今日、その言葉の嘘を明らかにしようと思う』


 フレデリックは王宮の一室で、背丈ほどもある鏡のようなものと向かい合って立っていた。この鏡は幻影の魔導具で、そこに映った像を遠くに届けることができる。


 先だってイザベルがしたのと同じように、自分の言葉を国全体に届ける。そのために、彼はこの魔導具を持ち出したのだ。


 ちなみにその部屋の片隅、魔導具に映り込まないところで、コレットとフランシスが固唾を飲んでフレデリックを見守っていた。


 実はこの二人も、フレデリックがこれから何を話すつもりなのかについて知らなかった。ここは俺に任せてくれ、という彼の言葉に従ったのはいいものの、やはり少々不安は残っていたのだ。


『かつて魔女令嬢が広めた新たなポーション、パナシーア。それについて、みな思うところもあるだろう』


 フレデリックは堂々と話している。まるで、彼の幻を見つめている民たちの姿が見えているかのように、頼もしい笑みを浮かべて。


『パナシーアを口にして、体調が悪くなった者も多いと聞いている。だがそれは、魔女令嬢の落ち度ではない。彼女が作り上げたパナシーアは間違いなく、多くの病を退け、体を強くする。まさに、妙薬なのだ』


 力強く断言するフレデリックに、民は戸惑い、コレットは感激していた。


『ならばなぜ、パナシーアで具合が悪くなったのか。聖女令嬢はあれが欠陥品なのだと、そう言っていたのに。そう思う者も少なからずいるだろう』


 いつの間にか、みな彼の言葉に聞き入っていた。国じゅうが静まり返る中、フレデリックの厳しい声が響く。


『その答えは、とても単純なものだった。聖女令嬢がこっそりとパナシーアに手を加え、まがいものに仕上げていたのだ』


 次の瞬間、国のいたるところでざわめきが起こった。


 民たちは、イザベルを、聖女令嬢のことを信じていた。魔女令嬢が欠陥品のポーションを流通させた後、民を守るために立ち上がった気高き令嬢。それが聖女令嬢なのだと、みなそう信じていた。


『彼女は魔女令嬢がもてはやされているのが気に入らなかった。魔女令嬢を追い落とし、自分が後釜に座る。それが彼女の目的だった』


 フレデリックはあえて、本当の目的については語らなかった。イザベルの言葉のうち、民にもすっと理解できるものだけを選んで話したのだ。


 真相を知るのは自分たちだけでいい。今はとにかく、民を説得しなければ。彼はそんなことを考えていた。


 信じがたい言葉に、民たちはさらに戸惑いどよめく。その声が聞こえているかのように、フレデリックはゆっくりと言葉を続ける。まるで、民たちをなだめているかのように。


『俺は、聖女令嬢本人から話を聞いた。だがみなは、すぐには信じられないだろう』


 フレデリックの声に、熱がこもっていく。民たちは口を閉ざし、じっと幻を見つめた。


『けれどこれは、まぎれもない真実なのだ。魔女令嬢は、欠陥品をみなに配るような、そんな愚か者ではない。彼女は、自分のポーションでみなが健康に、幸せになることを願っている、そんな女性なのだ』


 そう言うと、フレデリックは小瓶を掲げ持った。明るい緑色の液体が満たされたそれを、民たちはじっと見つめる。


『これは、本来のパナシーアだ。聖女令嬢が手を加える前の、魔女令嬢が作り出したそのものだ』


 また、民たちがどよめいた。彼らが知っているパナシーアとは、色が違っていたからだ。まさか本当に、聖女令嬢はパナシーアに手を加えたのだろうか。そんな思いが、民たちの間に広がっていく。


『俺はもう何度も、これを飲んできた。疲れは吹き飛び、力が満ちる。とても素晴らしいポーションだ。これがこのまま、捨て去られるのは惜しい』


 フレデリックは続けて、口の中だけでつぶやく。俺にとっても、子供のようなものだからな。彼は何を言っているのだろうと、コレットがほんの少し身を乗り出した。


『だから、みなに頼みたい。どうかもう一度、魔女令嬢を、彼女のポーションを信じてはもらえないだろうか』


 フレデリックのまっすぐな言葉に、みな聞き入っていた。彼はゆっくりと息を吸い、朗々と言い放った。


『これより先、彼女が作ったポーションは、すべて流通前に俺が口にして効果を確かめると誓う。そう、このように』


 言うが早いか、フレデリックはパナシーアを一気にあおった。その幻を見ていた民の間から、うめき声と小さな悲鳴がもれる。


『ああ、とてもさわやかな味だ。頭がすっきりして、気分がいい。どうかこの心地を、みなにも味わってもらいたい。俺の望みは、それだけだ』


 とても晴れやかに、フレデリックが笑う。それから彼は幻影の魔導具に触れ、幻を消した。


 そうして国中に、静けさが戻ってくる。民たちは、フレデリックの言葉と表情に圧倒されたように黙り込んでいた。やがて、戸惑いがちなつぶやきがあちこちから上がる。


「もしかして、本当に魔女令嬢は悪くなかったのかもしれないねえ」


「でもさ、こないだの聖女令嬢の声、聞いたろ? 嘘をついているようには思えなかったぞ」


「それを言うなら、さっきのフレデリック様だって……」


「一体何を信じればいいんだよ……」


 そうして民たちは、困り顔を見合わせる。けれどじきに、あちこちからまた声が上がり始めた。


「……信じてみようよ、フレデリック様を。何があったのかはよく分からないけど、これからは、ちゃんとしたポーションが出回るんでしょう?」


「確かにな。きちんとしたポーションがもらえるんなら、魔女令嬢でも、聖女令嬢でも、どっちでもいいか」


「でも、聖女令嬢はちゃんと裁かれるんだろうね? あたしたちの口に入るものに、余計な細工をしたっていうのがほんとなら、だけど」


「ま、俺たちは待つしかないだろ。それについても、フレデリック様がどうにかしてくれると、そう信じるしかないさ」


 落ち着きを取り戻したようなその声は、次第に民たちの間に広がっていく。フレデリック様を信じよう。彼らは口々に、そう言っていた。


 何を信じていいのか分からない、そんな暗闇の中において、フレデリックの晴れやかな笑みはほのかな明かりのように、民の心を照らし始めていたのだった。




「あの、フレデリック様、さっきのは……その、毒見をするという……」


 民たちがそんなことをささやき合っているとは知らないコレットは、戸惑い顔をフレデリックに向けている。そんな彼女に、フレデリックはさわやかに笑いかけた。


「ああ、そのままの意味だ。王子である俺が体を張れば、民たちも多少は信じてくれるかと思ったのだ。不便でしかない第二王子という身分が、やっと役に立ちそうだ」


「そうではなく!」


 コレットはいらだたしげに叫ぶ。それから目を伏せて、困ったようにつぶやいた。


「流通前のポーションを毒見するなんて……そんなこと、させられません」


 少し離れたところでは、フランシスが二人を見つめていた。静かな表情の兄と一瞬視線を交わしてから、フレデリックがコレットに声をかける。


「ならば問おう。君は、不出来なものを民に配っているのか」


 ずっと困ったように眉を下げていたコレットが、顔を上げて胸を張った。凛とした声で、きっぱりと言い張る。


「いいえ、それはありません。検討に検討を重ねて、ちゃんと自分で試作品を飲んで、大丈夫だと判断したものだけです」


「だったら民より前に俺が飲んでも、何も問題はないだろう?」


 その言葉に、コレットは一瞬言葉に詰まった。フレデリックの言うことももっともだと、そう思ってしまったのだ。


「でも、フレデリック様は第二王子で……何かあったら、大変ですから」


「何もない。そう断言できるくらいには、俺は君を信じている。なんなら、試作品のほうを飲んでみたいとも思う。そうすれば、君の研究の役に立てるからな」


 なんとも気軽にそんなことを言っているフレデリックに、コレットはぽかんとして、それからあわてて言葉を返した。


「それは絶対に駄目です。でも……信じてくれて、ありがとうございます」


「信じない訳がないだろう。俺はずっと、君がポーションを作るところを見てきたのだから。民たちも、きっと君のことを信じてくれるだろう。いや、信じるに決まっている。だから、君ももう心配するな」


 そう言って、フレデリックはコレットの手を取り、笑いかけた。照れているのか少々ぎこちないその笑みに、コレットはとても幸せそうな微笑みを返した。


 そんな二人を見つめているフランシスもまた、この上なく優しい笑顔だった。

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