28.王子たちの策略
いきなり扉が開かれたことに驚いたのか、イザベルがはじかれたようにそちらを向く。しかしフレデリックは、微動だにしなかった。
部屋に入ってきたのは、フレデリックとコレットだった。フレデリックは険しい顔をしていて、コレットは青ざめていた。
「少々無礼にはあたるが、盗み聞きさせてもらった。イザベル、君の真意については、俺たちがしかと聞きとげた」
きっぱりと言い放つフレデリックに、イザベルが混乱した顔で問いかける。
「フレデリック、様……え、でも、こちらもフレデリック様……」
「……そちらは、兄上だ」
入り口に立つフレデリックの言葉に、イザベルは目をむいた。彼女の向かいに座っていたフレデリックは、とても悲しげに微笑んでいた。その柔らかな表情は、まぎれもなくフランシスのものだった。
「だまして済まなかった、イザベル。だがこうでもしないと、君の真意を聞くことはできないと思ったんだ」
「どうして……フランシス様が、フレデリック様のふりなど……」
「君がフレデリックに焦がれていることは知っていた。だから、フレデリックを直接君に会わせるのは危険だと、そう思った。君が何を言い出すか、分からなかったから」
フランシスのその言葉に、イザベルははっとした顔になり自分の手の甲を見る。そこにあった光る紋様はぐにゃりとゆがみ、薄れて消えていった。
「私はフレデリックではない。だからその誓いの魔法も、無効だね。……フレデリックのことをずっと慕っていたというのに、私たちが入れ替わっていることに気づかなかったんだね、君は」
「俺たちは同じ姿をしている。だが、俺たちは違う人間だ」
「考え方も、表情も、そしてしぐさも違う。だから、みなそういったところで見分けているのだろうとは思っていたけれど……」
「少々演じただけで、こうも簡単に惑わされてしまうとは思わなかった」
同じ顔の二人が、交互に語る。イザベルの顔に、強い怒りが一瞬ひらめいた。けれど彼女はすぐに立ち上がり、フレデリックのもとに駆け寄った。
「申し訳ありませんフレデリック様、ですがわたくしは、あなたと近づく機会すらほとんどなく……遠くから見て、焦がれているだけでした。そのせいで、惑わされてしまいました。どうか、お許しくださいませ」
すがりつかんばかりにしてそう訴えるイザベルを、フレデリックは表情のない目で見つめる。
「コレットが王宮に来てから、君もまた王宮にひんぱんに顔を出すようになった。俺とも、幾度となく会っている。俺を見分けるには十分な時間だったと、そう思う」
そこでフレデリックは、少し言いよどんだ。
「……まして君は、俺に焦がれていたのだろう? 俺は恋についてはよく知らないが、相手から目が離せない、相手のことをもっと知りたいと、そう思うものだと聞いている」
その言葉に、イザベルが唇をかんでうつむいた。フランシスが立ち上がりながら、彼女たちに声をかける。
「ともかく、君の先ほどの証言は、今後の参考にさせてもらう。フレデリック、コレット、君たちももう下がってくれ」
そうしてイザベルを残し、三人は部屋を出て行った。イザベルはその場に立ち尽くしたまま、爪が手のひらに食い込むくらいに強くこぶしを握りしめていた。
部屋を出た三人は、右と左に分かれていった。フランシスは自室に戻るために右に進み、コレットは今泊まっている客間に戻るために左へ、フレデリックはコレットを送るために左へ。
無言のまま、コレットとフレデリックは歩いていた。じきに客間にたどり着き、フレデリックが静かに口を開いた。
「それでは、また明日。ゆっくり休んでくれ、コレット」
しかしコレットは部屋に入ることなく、鮮やかな青い目をただじっとフレデリックに向けている。何も言わず、相手の心まで見透かすような真剣な表情で。
「……あなたは、フランシス様ですね?」
その言葉に、フレデリックは立ち尽くす。たっぷり数秒、沈黙が流れた。
「突然、どうした? 俺はフレデリックだ。俺たちは手を組んでイザベルをあざむいたが、君のことをだますつもりはないぞ」
「いいえ、間違いないです。あなたは、私と一緒に過ごしてきた、一緒にパナシーアを作ったフレデリック様ではありません」
なおもかたくなに言い張るコレットを、フレデリックはじっと見つめていた。それから切なげに目を伏せて、小さく息を吐く。
「……少し、中に入れてもらってもいいだろうか。腰をすえて、ゆっくりと話したい」
そのフレデリックの頼みに、コレットは素直にうなずいた。
そうして二人はコレットが滞在している客間に入り、そこに置かれていた長椅子に腰を下ろした。
さっきフランシスとイザベルがそうしていたように、向かい合って座ったまま、ただじっと見つめあっていた。
「……どうして、見抜かれたのだろうね。君の言う通り、私はフランシスだよ」
呆然とつぶやくフレデリック、いやフランシスに、コレットはすぐに答えた。
「だって、違います。歩き方やちょっとした動きが。それになにより、私を見ている時の目が全然違います」
「そうか……」
フランシスはどこか満足げに、深々と息を吐く。
「私たちはイザベルをあざむくと同時に、もう一つ賭けをしていたんだ。もし彼女が正しくフレデリックを見分けることができたなら、その時は少しだけ、彼女が受けることになる罰を軽くしてやろうと。哀れで狂おしい恋心が彼女を凶行に駆り立てたのであれば、彼女の罪も少しだけ軽いものとなるだろう。そう私たちは考えていたんだ」
しみじみと、フランシスが言う。その声は、どんどん暗く、重くなっていった。
「けれど彼女は、私たちを見抜けなかった。私たちの言葉に、表情に、仕草に、見事にだまされてしまった。私をフレデリックだと信じて、すがってきた」
そうしてフランシスは、それきり黙り込んでしまった。軽く伏せられたその目は、とても悲しげなものだった。どうにかして話をそらさなくてはと、コレットは戸惑いながらもそう思う。
「あの、でしたら、さっきの誓いの魔法はどうしてあのようなことに……フレデリック様ご本人が、フレデリック様の名で誓ったのですから、無効にはならないはずでは」
「私たち王族だけに伝わる、秘密の魔法があってね。さっきのように望まぬ誓いを立てさせられそうになった時に切り抜けるためのものだ。フレデリックは、それを使ってあの場をやり過ごしたんだ」
どうかこの魔法の存在は伏せていてくれと頼んでから、フランシスがぽつりとつぶやく。
「けれどまさか、私たちの演技を見破る者がいたなんて……父上や母上ですら、見抜けなかったのに」
突然王と王妃の名が出たことに、コレットが目を丸くする。フランシスはそんな彼女に笑いかけてから、しみじみと語りだした。
「子供の頃、私たちは時折こっそりと入れ替わっていたんだ。あの頃はいつも二人一緒にいたから、互いの立ち居ふるまいについて熟知していたし、入れ替わるのはとても簡単なことだった」
かつてのいたずらを白状するような声で、フランシスは話していた。けれどその顔が、不意にくもる。
「そして今まで一度も、入れ替わりに気づかれることはなかった。そのことが寂しいと、そう思っていたものだよ」
「そう、だったんですか……」
しかしフランシスは、晴れやかに笑う。さっきまでの暗い表情が、嘘のように。
「でも君は、ちゃんと僕たちを見分けてくれた。君になら、フレデリックを安心して任せることができそうだ」
「任せる、とは?」
「言葉通りの意味だよ。きっとフレデリックには、君が必要だ。だからどうか、弟を頼む。ずっと、いつまでも」
「あの、その……は、はい。私でよければ、フレデリック様のおそばにいます」
思いもかけない言葉に頬を赤らめているコレットを、フランシスは温かな目で見守っている。けれどふと、また顔をくもらせた。
「しかし、フレデリックがうらやましいな。……いつか、私にも君のような相手が現れるのだろうか。私とフレデリックとを間違うことなく見分けてくれる、そんな相手が」
「はい。必ず」
やけに力強くためらいのない言葉に、フランシスが面白そうに目を丸くする。
「どうして、そう思うのだろうか」
「私がいるからです。私は、フレデリック様と長い時間を共にしました。一緒に山小屋で過ごして、パナシーアを作って。そして療養所でもずっと、フレデリック様は私を励ましてくれました。その時間が、私にフレデリック様を見分ける力を与えてくれたのだと思います」
「共に過ごした時間、か……」
フランシスがついと目をそらし、考え込む。そのまま、独り言のようにつぶやいた。
「……私は、未来の王だ。だからいずれ、ふさわしい家のふさわしい女性が婚約者として選ばれてくる。国のために、自分の意志と関係なく生み出される夫婦。そんな二人にも、君たちのような絆が生まれると思う?」
「はい。出会ったきっかけなんて、関係ありません」
コレットはためらうことなく、すぐにそう言い切った。その言葉に、フランシスは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、力強い言葉をありがとう。君は強いね」
「強くなんかありません。もし私が強いとしたら、それはフレデリック様が支えてくれているからです」
「そうか。本当にフレデリックは、いい人に巡り合った」
笑顔でそう言って、フランシスは立ち上がる。続いて立ち上がったコレットに見送られ、彼は客間を後にした。その顔には、晴れ晴れとした笑みが浮かんでいた。




