27.もう言い逃れはできない
「さて、コレットのパナシーアは見事に風邪を治してみせた。一方、イザベルが手を加えたものは、逆に吐き気を引き起こした」
側近たちが退室した後、フランシスが重々しく言い放つ。
「この場にいる全員が証人だ。イザベル、君はパナシーアがひどい欠陥品だと言った。けれどその言葉は、間違っていた」
フレデリックが静かな声で、イザベルに呼びかける。
「俺はつい先日、パナシーアを飲んだ。とてもさわやかで、疲労が見事に吹き飛んだ。欠陥品を作ったのはコレットではなく、君のほうだろう」
「君が薬草やポーションについて学びだしたのは、つい最近のことだと聞いている。長年魔女令嬢としてポーションの生成に携わっていたコレットには見抜けずに、初心者の君には見抜けた欠陥。本当に、そんなことがあり得るのだろうか」
そうつぶやいたフランシスが、扉の向こうに呼びかける。今度は、兵士の一団がきびきびと部屋に入ってくる。
「ひとまず君の身柄を確保させてもらう。容疑は二つ、パナシーアに混ぜ物をして民を危険にさらした罪と、そして先日、声の魔導具を用いて虚偽の内容を民に広めた罪。……何か、申し開きはないかな」
「ありませんわ。わたくしはいつも、最善の道を選ぼうとしている……それだけですから」
やけにきっぱりと、イザベルは言い放つ。そうして彼女は、兵士たちに囲まれて部屋を出ていった。
「……やっぱり……パナシーアは、欠陥品なんかじゃなかった……」
静まり返る室内に、コレットのそんな声が響く。彼女はほっとしたのか、泣きそうな顔でぎゅっと手をにぎり合わせている。
「ああ。良かったな、コレット」
「でも、これがもう一度民の間に流通するようになるには、きっと時間がかかる……イザベルのせいで、民は私を、私の作るポーションを信用しなくなっているから。……パナシーア、とっても素敵なのになあ……」
そう言って落ち込むコレットを、フレデリックがあわててなぐさめている。
「なに、俺もついている、心配するな。なんならあちこちの町を回って、直接売り歩いてもいいのだから。必ず、正しいパナシーアを民のもとに届けよう」
そんなことを言いながらコレットに笑いかけているフレデリックを、コレット以外のその場の全員がとても優しい目で見ていた。初めて立って歩き出した幼児を見守るような、そんな目だった。
その日の夜、イザベルが幽閉された部屋にフレデリックが姿を現した。
「イザベル、君と話したいことがあってきた」
「こんばんは、フレデリック様。あなたがわたくしにお話だなんて、珍しいこともありますのね。どうせ、あのコレットのことでしょう?」
部屋に入ったフレデリックを、イザベルは座ったまま出迎える。とても優雅に、可愛らしく微笑みながら。
フレデリックは気を悪くした様子もなく、イザベルの向かいにあった椅子に腰かけた。
「確かに、コレットに関することではある。ただ俺は、君の力になりたくてここに来た」
その力強い言葉に、イザベルの笑顔がわずかに揺らぐ。
「……君が俺に思いを寄せてくれていることを、恥ずかしながら俺はずっと知らなかった。そのことをもっと早くに知っていたなら、こんなことにはならなかったかもしれないと、そう思わずにはいられない」
フレデリックは普段の彼からは想像もつかないほどよどみなく、そんなことを語っている。
「言うならばこの事態は、俺にも責任があるのかもしれない。そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。そしてそれ以上に、君のことが気がかりになってしまった。このままでは君には、とても重い罰が下される」
イザベルは目を見開いて、ただ黙ってフレデリックを凝視している。
「だからどうか、真実を話してはくれないか。俺は、君の事情を知りたい。君を助けるために」
「……わたくしを、助ける……」
「ああ、そうだ。俺は、君の罪を軽くしてやりたい。君の思いに、こたえたいんだ。……今さらではあるが、それでも君のために、何かしてやりたいんだ」
その言葉を最後に、部屋の中に沈黙が満ちた。フレデリックの明るい紫の目と、イザベルの深い緑の目が、真正面から向き合っている。フレデリックは真剣な顔で、イザベルはひどく落ち着いた、冷静そのものの顔で。
「……それでは、ひとつだけ条件を」
不意に、イザベルが口を開いた。普段の彼女とはまるで違う、淡々とした口調で続ける。
「わたくしを、フレデリック様の妻としてくださいませ。そうしていただけるのなら、わたくしは全てを話しましょう」
思いもかけない提案に、フレデリックはうろたえているようだった。だがじきに覚悟を決めたような顔で、ふうと息を吐く。
「分かった。手を」
その言葉に続いて、二人は同時に手を前に突き出す。二人の手のひらが、ぴったりと合わさった。
「俺、フレデリックは、彼女、イザベルを妻とする」
やけにこわばった声で、フレデリックは静かに言う。次の瞬間、二人の手が淡く光った。
「誓いの魔法……ええ、確認いたしましたわ」
手の甲に浮かんだ光る紋様を見つめて、イザベルが晴れやかに笑った。
「それでは、わたくしも正直に話しましょう。ええ、未来の夫の願いですものね」
二人は元通りに手を引っ込め、もう一度見つめ合う。フレデリックの顔からは表情が消えていたが、イザベルはそのことを気にした様子はなかった。
「わたくし、ずっとコレットのことが気に食わなかったんですの。初めて会ったその時から」
きっぱりと、イザベルは断言した。
「けれど親同士に付き合いがありますから、嫌でも彼女の顔を見るはめになっていました。しかも、じきにコレットはわたくしのことを友人だと思うようになってしまって」
イザベルの顔に、嫌悪の色が浮かぶ。令嬢らしい上品さを保ったまま、彼女は述べる。
「どれだけ嫌味を言っても、あの子には通じない。やんわりと突き放そうとしても、彼女はわたくしに笑いかけてくる。あの子はいつも腹が立つくらいに純粋で、人の悪意というものに気づかない。そんなところが、大嫌いでしたわ」
そこで彼女は、言葉を切った。向かいに座るフレデリックを愛おしげに見つめて、また口を開く。
「そんなある日、あなたがコレットのもとを訪ねてこられました。わたくしはずっとあなたのことをお慕いしておりましたのに、あなたはコレットしか見ていない。あの屈辱は、怒りは、忘れられませんわ」
「……それで、コレットを妨害し、彼女の名誉を地に落としたのか」
「ええ、そうですわ。これが本当の、わたくしの動機」
イザベルがにっこりと、邪気のかけらもない笑みを浮かべる。フレデリックは、何も答えなかった。
そしてその代わりとばかりに、突然部屋の扉が開かれた。




