26.真実をつかむために
イザベルが国中に声を届けたあの騒動から、三日後のこと。王宮の一室に、多くの人が集められていた。
やけにがらんとしたその部屋の真ん中に、大きな机が一つだけ置かれていた。
その上には、様々な薬草がつまった箱がきれいに並べられている。さらに小ぶりの鍋が数個と小さなガラスの瓶が数本、その箱の隣に並んでいた。
集まった人々は、壁際にずらりと並んでいた。フランシスとフレデリック、コレットとイザベル、そして王宮の薬師と大臣たち。
彼らとは別に、初老の男性が机のそばに立っていた。真っ白な作業衣をまとった彼は薬師長で、背筋をぴんと伸ばしてたたずんでいる。
王宮の薬師となってから実に三十年、その間清廉潔白な人柄と妥協を許さない薬づくりで、周囲の人間から一目置かれてきた人物だ。
居並ぶ人間たちを見渡して、フランシスがこわばった声で宣言する。
「それでは、パナシーアの検証に入るとしよう。薬師長以外の者が机に近づいた場合、その者は不正を働いたとみなす」
全員がうなずくのを見届けると、薬師長は机の上から一枚の紙を取り上げた。彼はそれを手にコレットに近づくと、紙を掲げるようにして立つ。
「……間違いありません。私とフレデリック様が完成させ、フランシス様に提出したパナシーアのレシピです。組み合わせも、分量も、手順も、すべて私が書いたものと同じです」
コレットがかすかに震える声で、そう言った。フレデリックが身を乗り出して紙を見て、ゆったりとうなずく。それを確認してから、薬師長は作業に取りかかり始めた。
彼は机の上に置かれた薬草を一束ずつ手にとっては、みなに示してから刻んでいく。手元が見えるようにしながら。そうして刻んだ薬草を、順に鍋に入れていった。時間を計りながら煮込み、あの木の葉の煮出し汁を加える。一つ息を吐いて、彼は口を開いた。
「これにて、こちらの紙に書かれた手順はすべて完了いたしました。コレット殿、間違いありませんね」
その言葉に、コレットと、あとフレデリックが答えた。
「はい」
「相違ない。その鍋の中身は、確かに俺たちのパナシーアだ」
その言葉を受けて、薬師長はうなずく。それからかたわらの空き瓶を一つ手に取って、慎重に鍋の中身を注いでいった。鮮やかな緑色の澄み切った液体が、瓶の中で輝く。
それから薬師長は、さらに別の薬草を箱から取り出した。
「こちらが、イザベル様がひそかに加えられたという薬草です。イザベル様、合っていますか?」
「……ええ、間違いなくってよ」
そうしてその薬草が、鍋に残っていたパナシーアに加えられた。初めのものよりも暗い緑色の液体が、空いた瓶に注がれる。
薬師長が一礼して、机を離れる。それを見届けて、フランシスが言った。
「さて、これで二つのポーションができた。一つはコレットが編み出したパナシーアそのもの。そしてもう一つは、イザベルによって改良された、しかし欠陥をはらんだまま民の手に渡ったパナシーア」
周囲の人間の目が、二本の瓶に注がれる。鮮やかな緑と、より暗い緑に。
「イザベルはパナシーアを、ひどい欠陥品だと断言した。しかしコレットは、間違いなく成功作だと主張する」
フランシスはあくまでも、冷静に話し続けている。誰も、何も言わなかった。
「どちらかが嘘を言っているか、あるいは勘違いしているのは明らかだ。だからこうやって、みなの協力のもと、実験をすることにした」
そうしてフランシスが、扉のところに立つ兵士に目で合図する。兵士たちはきびきびと動いて、二人の男性を連れてきた。
一人は口を押さえながら、こほこほと弱々しいせきをしている。もう一人は熱があるのか、どことなくぼんやりとした目をしていて、顔も赤みを帯びていた。
「この二人は私の側近で、どちらもここ数日風邪をひいている。私は彼らに頼んで、この実験に協力してもらったのだ」
その言葉と共に、兵士たちが側近たちに目隠しをさせる。そうして机の上の瓶を手に取り、側近たちに一本ずつ持たせた。
「これから二人には、それぞれポーションを飲んでもらう。その結果で、イザベルとコレット、どちらが正しいのかがはっきりするだろう」
「お言葉ですが、フランシス様!」
イザベルが青ざめた顔で、口を挟んだ。
「わたくしの言葉を、どうか信じてくださいませ! あの欠陥品を口にしたら、その側近の方はさらに苦しむことになりますわ! 人の命を危険にさらす実験など、おやめください!」
「薬師長、君に尋ねたいことがある」
フランシスはイザベルには取り合わず、薬師長に向き直った。
「今、君にはパナシーアを調合してもらった。それを飲んだ者の身に危険が及ぶ可能性があると、君は思うか」
「……この調合はとても複雑ですので、断言はできませんが……おそらくは、問題ないかと」
あっさりと、薬師長はそう言い切った。フランシスは微笑んで、側近たちに命じる。
「それでは二人とも、手にしたポーションを飲んでくれ。万が一の事態となっても、ここには山ほど薬師がいるし、聖女令嬢と魔女令嬢もいる。安心してくれ」
側近たちはほんの少しだけためらったものの、同時にポーションをあおった。みなの緊迫した視線が、側近たちに注がれる。
やがて、片方の側近がほうとため息をついた。
「先ほどまで、とても全身が熱くて目が回っていたのですが……嘘のようにすっきりしました。頭が涼やかで、とてもさわやかな気分です」
彼が手にしている瓶には、ほんの少しポーションが残っていた。その色は、とても鮮やかな輝く緑をしている。
「う……ううっ、なぜか急に、吐き気が……」
もう一人の側近は、そう言って背を丸め、うずくまってしまった。床に置かれた瓶の中身は、暗い緑だった。
それを見て、コレットが飛び出した。パナシーアの調合について誰よりも熟知し、そして混ぜ物の内容を知った彼女の頭には、苦しむ側近を救うためのポーションのレシピが浮かんでいたのだ。
その場の全員が見ほれるほど鮮やかな手さばきで、コレットは新たなポーションを作り上げる。誰一人、彼女を止めようとはしなかった。イザベルでさえ。
「これ、飲んでください。せきとのどの痛み、あと吐き気に効きます」
目隠しをとってうめいていた側近は、コレットの顔を見て戸惑った。先だって欠陥品のポーションを流通させた張本人。彼はコレットのことを、そう信じていたから。
しかし目の前のコレットはとてもまっすぐな目をしていて、その声にも表情にもためらいはなかった。わざと欠陥品を作るような人物には見えないと、そう側近は思う。
何より、彼をさいなむ吐き気は、耐え難いものになっていた。彼は震える手でポーションを受け取り、少しずつ飲み下す。
それからしばらくの間、部屋には沈黙だけが流れていた。みな、床にうずくまる側近だけをじっと見ていた。
その沈黙を破ったのは、当の側近の言葉だった。
「……信じられません……治りました。のどの痛みも、吐き気も、すべて」
側近は目を見張って、かたわらにひざをついているコレットに頭を下げる。
「ありがとうございます、魔女令嬢様。あなたはやはり、素晴らしい腕の持ち主だったのですね」
「……あなたが治ったのなら、それでいいの」
短くそう答えるコレットの目には、きらりと涙が光っていた。




