24.黒幕はとてもしたたかで
イザベルは、真正面に立つフレデリックと、その背後のコレットをまじまじと見つめる。
フレデリックはとても真剣な顔をしていて、コレットは苦しげに唇をかみしめていた。そんな二人の様子に、イザベルもようやく気づいたようだった。これは、ただの訪問ではないのだと。
それでも彼女は、あくまでも上品に、何も知らないような表情で小首をかしげる。
「わたくしがしたこと、ですの?」
「そうだ。君は今までに幾度も、コレットに嫌がらせを繰り返してきた。失敗作をくすねて彼女に飲ませようとしたり、パナシーアに混ぜ物をして駄目にしたり」
「あの、それは何かの間違いではありませんの? わたくし、身に覚えがありませんわ」
困り顔で言い逃れようとするイザベルを、フレデリックがひたと見すえる。
「あいにくと、君の行いを目撃していた者がいるのだ。しらを切っても無駄だ。イザベル、どうして君は、そのようなことをしたのだ」
「コレット、助けてくださいな。わたくしたち、友達でしょう」
イザベルはやはり認めることなく、コレットに向かって呼びかける。けれどコレットはうつむいたまま動かない。やがてか細い声が、コレットの唇からもれた。
「……お願い、教えて。私のことを友達だというのなら、どうしてあなたはあんなことをしたの。私、あなたのことを信じていたのに」
イザベルは赤い唇をかみしめて、コレットとフレデリックを交互に見る。彼女はそのまま立ち尽くしていたが、突然その場に崩れ落ちた。
「……申し訳、ありません……すべては、フレデリック様のことを思うあまりの行動でしたの……」
がっくりとうつむいたまま、イザベルは話す。肩を震わせて、ときおり言葉に詰まりながら。どうやら彼女は泣いているようだと、コレットたちはそんなことを思った。
イザベルが語ったのは、こんなことだった。彼女は、フレデリックがコレットに過度に近づいていることが、どうにも危うく思えてならなかった。
コレットはただの伯爵家の娘、しかもポーションを作ること以外なにも考えていない、とびきりの変わり者だ。第二王子が親しくするにふさわしい相手ではない。
「親しくするのも駄目って、どうしてそう思うの……?」
青ざめるコレットに、イザベルはうつむいたまま答える。
「あなたがポーション作りに夢中になって、お茶会をすっぽかしかけたのは一度や二度ではありませんわね? 新しい調合を考えるのに忙しくて、上の空で口約束をしてしまったのも」
それは事実だった。そしてそのたびに、イザベルがうまくとりつくろってくれていたのだ。
「わたくしは小さな頃からコレットの面倒を見ておりましたの。ですからわたくしには、分かります。コレットがフレデリック様と親しくなりすぎることは、双方にとって良くない結果を招きますわ」
イザベルの金の巻き毛が、力なく震えている。そんな彼女に、フレデリックが話しかける。ほんの少し、いらだたしげな声で。
「俺は第二王子だ。コレットと親しくしたところで、俺の立場などさほど悪くなりようがないだろう。だいたい君はなぜ、そこまで俺のことを気にかけるのだ」
その問いに、イザベルがぴたりと動きを止めた。やがて、蚊の鳴くような声が聞こえてくる。
「わたくし……フレデリック様に、ずっと……憧れておりましたの。ただ遠くから見ているだけでいい、フレデリック様が幸せになってくださればそれでいいと、ただそれだけが、わたくしの願いでした」
もちろんその言葉は嘘だった。彼女はフレデリックにずっと焦がれていて、フレデリックを手に入れるためには、どんな障害も排除してみせると息巻いていたのだから。
フレデリックはそんな彼女の内心を知らない。彼は口を閉ざして考えているようだったが、やがて小さくため息をついた。
「……なるほどな、事情は分かった。それでは俺は、このことを兄上に報告に行く。後日改めて、また話を聞くことになるだろう。済まないが、追って連絡があるまでこの部屋にとどまっていてくれ」
「はい……はい、フレデリック様……」
なおも床に座り込んだままのイザベルに、コレットはかける言葉をもっていなかった。そんなコレットの肩を抱くようにして、フレデリックが部屋を出ていく。
二人は気づいていなかった。イザベルの深い緑色の目が、不穏な光をたたえていたことを。
次の朝、コレットとフレデリックは同時に目覚めた。王宮中、王都中、いや国中に響くたおやかな声にたたき起こされたのだ。
『おはようございます、みなさま。わたくしは聖女令嬢と呼ばれている者です』
どこから聞こえてくるのか分からないその声は、間違いなくイザベルのものだった。
『この国のみなさまに、打ち明けねばならないことがありますの』
コレットは寝間着のまま、呆然とその声を聞いていた。
『以前魔女令嬢が作ったポーションがみなさまの健康を害した件の真相について、わたくしは知っておりました』
フレデリックは寝台から跳ね起きて、引き出しを開け鍵をひっつかむ。それから上着を羽織って、そのまま部屋を飛び出した。
『魔女令嬢のあのポーション、パナシーアは、もとはひどい欠陥品だったのです。どうにかしてそれを正そうとして、わたくしはひそかに別の材料を加えました』
昨夜語ったものとはまるで違う言葉を、イザベルの声は静かに紡いでいく。
『ですが、わたくしの力及ばず、パナシーアの欠陥を消し去ることはできませんでした。そしてわたくしは、そのことをずっと明かせずにいました。申し訳ありません』
王宮の廊下を、フレデリックは走る。同じように、兵士たちも駆けていた。王宮の奥にある一室を目指して。
『わたくしはこれからも、この国の、みなさまのために努力いたします。みなさまが安心してポーションを口にできるように。ですからどうか、見守っていてくださいませ』
フレデリックたちが目的の部屋の前にたどり着いたまさにその時、そんな言葉とともに声が止む。
歯ぎしりしながら、フレデリックは扉の取っ手に手をかける。本来なら鍵がかかっているはずのその扉は、あっさりと開いてしまった。
その先は何もない小部屋になっていて、その奥にもう一つ扉がある。奥の扉は、薄く開いたままだった。
「イザベル、何をしている!」
そう叫びながら、フレデリックは奥の扉をくぐる。その先は、何かの収納庫のようだった。
美しい装飾がなされた棚に、大小様々な、形も素材もばらばらなものがずらりと並べられている。その部屋の真ん中に、イザベルが立っていた。
「おはようございます、フレデリック様。わたくし、どうしても本当のことを国のみなさまに知っていただきたくて……王家の宝、声を伝える魔導具をお借りしてしまいました」
そう語るイザベルの手には、両手で包み切れないほど大きな水晶がにぎられていた。掘り出されたままのような柱状の形をしたそれは、金の台座に乗せられている。
「なぜ、君がそれの存在を知っている!?」
「わたくし、聖女令嬢として王宮で暮らしておりますでしょう? そうしているうちに、この存在をたまたま耳にしましたの」
イザベルは可愛らしく言って、水晶を棚に戻す。それからぺこりと、頭を下げた。
「無断で使ってしまったことについては、謝罪いたします。きちんと、相応の罰を受けますわ」
「そうではないだろう!! 昨夜君が語ったことと、今話していたことが、まるで違っているではないか! あれでは、コレットがただの悪者になってしまう!」
動揺しているのか声を震わせるフレデリックに、イザベルはあくまでも落ち着き払って答える。
「実は、昨夜はすべてを話せずにいましたの。コレットの目の前で、あの子のことをあれ以上悪くいうことが、はばかられて……」
申し訳なさそうに、イザベルが目を伏せる。
「でも、このまま口をつぐんでいるのは、国のみなさま、わたくしたちのポーションを待っておられる方々への裏切りなのではないかと、そう思いましたの」
彼女は顔を上げて、にっこりと微笑んだ。勝利の笑みにも似たその笑顔に、フレデリックは何も言えなかった。




