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21.もう一度、前を向くことにした

「……ああ、どうしたコレット」


 熱が上がっているのだろう、フレデリックは寝台に横たわったまま苦しげな目でコレットを見た。


「その……」


 コレットはここまできて、またためらってしまっていた。薬草の組み合わせも、量も、間違っていない。出来上がったものの色も味も、ちゃんと前に作った通りだ。だからこのポーションは、失敗作ではない。


 それが分かっていても、彼女はポーションを差し出せずにいた。さりげなく、瓶を持った手を体の後ろに回して隠そうとする。


 しかしフレデリックは、その動きを見逃さなかった。ゆるゆると身を起こして、そちらに目をやった。


「今、ポーションのようなものが見えた気がするな」


「気のせい……です」


「いいや、俺は目の良さには自信がある。少々熱にうかされたくらいで、見間違いなどするものか。いいから、よく見せてくれ」


 やけに強引に、フレデリックは迫ってくる。その勢いに負けて、コレットは隠していた瓶を差し出した。


「ほう、確かにポーションだな。効果は何だ?」


「……解熱、痛み止め、安眠です。あと、呼吸を楽にする効果もある……はずです」


 いつになくおどおどと、コレットは答えた。しかしフレデリックは満足げに、瓶を目の高さに掲げている。


「なるほど、ならば俺の症状にはよく効くな。もらってもいいだろうか」


 そのポーションは、コレットがフレデリックのためにこしらえたものだ。そのことに気づいていながら、フレデリックは律義に許可を取ろうとしている。


 そんな気遣いに感謝しながらも、コレットはすぐにうなずくことができなかった。


「その、成功しているとは限りませんし……失敗かもしれませんし……」


「なんだ、ずいぶんと自信がないようだな。構わない、飲ませてくれ」


「でも、フレデリック様の身に何かあったら……」


 そんなことを言い合っていた時、不意にフレデリックが優しく笑った。


「そういえば前にも、こんなやり取りをしたな。あれは初めて、君の屋敷に行った夜のことだったか」


「……はい。あの時、なにがなんでもフレデリック様を止めておくべきだったと、そう思っています」


「なんだ、まるで逆だな。俺は、あの時君の試作品をもらっておいてよかったと思っているのだぞ」


 思いもかけない言葉に、コレットが目を真ん丸にする。


「でも、あれは失敗していて、安眠の薬のはずなのに惚れ薬になっていて……」


「だがあれのおかげで、俺は君と近づくことができた。君のことを、もっと知るきっかけが得られた」


 そこまで言って、フレデリックはふと視線をそらす。


「まあもっとも、あの時の俺のふるまいは少々……いや、かなり恥ずかしいものだったと思う。そこについては、忘れてもらえるとありがたい」


 少しばかり不機嫌そうにそう言っていた彼だったが、ふと何かを思い出したように目を細めた。


「ああでも、うろたえている君の姿は中々に可愛らしかったな。普段の落ち着いている様子も凛として美しい。そして、そうやって悲しみにくれる姿を見ていると……守りたいと、そう思わずにはいられない」


 まるで口説き文句のようなその言葉に、コレットが頬を赤らめた。そんな彼女に、フレデリックは手にした瓶を掲げてみせた。


「俺は君を信じている、コレット。俺の大切な、魔女令嬢。だから俺はこれを飲みたい。ほかならぬ君が、俺のためだけに作ってくれたものだから。間違いなくこれも、成功作だ。だからどうか、飲む許可をくれ」


 フレデリックはいつになく素直に、思うところを口にしていた。


 強引でありながら温かいその言葉に、ついにコレットが小さくうなずいた。フレデリックは満足げに笑って、瓶の中身をいっきにあおる。コレットの肩が、ぴくりと緊張に震えた。




 それから少し後、コレットはまだフレデリックの部屋にいた。フレデリックの寝台の横に置かれた椅子に腰かけて、時々フレデリックの様子をうかがっている。


 フレデリックは寝台に横たわったままだったが、その顔色はずっと良くなっていたし、呼吸も穏やかなものになっていた。


「ああ、やはり君のポーションは良く効くな。もう楽になってきた」


「……それなら、よかったです。だったら後は、ゆっくり眠らないと」


「分かっている。だが、こういう時は誰かにそばにいてもらいたいものなのだ。もう少しだけ、俺の力になってくれ」


 穏やかに微笑みながらフレデリックがそういうと、コレットが目を伏せてつぶやいた。


「……久しぶりに、誰かの役に立てました」


 そのやけに暗い声に、フレデリックが横たわったまま明るい紫の目をゆっくりと見張る。


「私、ポーションを作るのが好きです。けれどもうひとつ、好きなことがありました」


 コレットはいつになく力ない声で、ぽつぽつと語り続けていた。


「私の作ったポーションで、誰かが喜ぶ顔を見るのが好きだったんです。照れくさくて、ずっとそのことに気づかないふりをしていましたけど」


 フレデリックは黙っている。コレットはひざの上でぎゅっと両手をにぎりしめていた。


「でも、私のパナシーアで、みんなは笑顔にならなかった。フランシス様は、とても難しい顔をしておられた。そのことが、とても辛かった」


 コレットのこぶしの上に、ぱたり、ぱたりとしずくが落ちる。


「……私が失敗したのだとはっきりしたなら、私はその失敗を取り返すためにもっと頑張ろうと思えたでしょう。でも、調査の結果はいつまでたっても出なくて……これじゃあ、どうしようもない……何も、できない……」


「だったら、動いてみるか」


 フレデリックが身を起こし、力強く言い放つ。その言葉に、コレットが涙に濡れた顔を上げる。すがるような目を、フレデリックに向けた。


「こうやってただ逃げ隠れするのではなく、立ち向かっていこう。俺たちの最高傑作になるはずだったパナシーアにいったい何が起こったのか、それをつきとめるために、俺たちにできることをしてみよう」


 コレットの目がゆっくりと輝きを取り戻していく。やがて彼女は、こくりとうなずいた。彼女の手に、フレデリックの手が重なる。


「俺たち二人なら、何でもできる。俺が言うのだ、間違いない」


「……はい」


 そのまま二人は、ただ手を取り合っていた。コレットの頬にはまだ涙が流れていたが、それは先ほどまでのものとは違う、温かなものだった。

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