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17.隠れ住もうとしたけれど

 フランシスと話し合った次の日。前に山小屋へ向かった時と同じ魔導具を使って、コレットとフレデリックは王宮の療養所に移動していた。やはり、一瞬で。


 そこは明るい林に囲まれた小ぶりの屋敷だった。居心地の良さそうな場所だな、とコレットはそんなことをぼんやりと思う。


「ここは王家の療養所ということになってはいるが、実際のところは別荘のようなものだ。まあ、気楽にしてくれ」


 とびきり大きな荷物を背負ったフレデリックが、少し張り切った足取りで屋敷に入っていく。その後ろを、小さな荷物を持ったコレットが、とぼとぼとついていった。


 フレデリックはコレットのほうを振り返りながら、ことさらに朗らかに言った。


「今回は使用人は連れてこられない。万が一ということもあるし、君の居場所は隠しておくに越したことはないからな。何かが必要になったら、そのつど俺が王宮に戻って取ってくる。食事などの最低限の家事は、協力してこなしていこう。何、心配するな。俺が教えてやるから」


「……ありがとう、ございます」


 いつもはきらきらと輝いている青い目を伏せて、コレットは小声で礼を言う。昨日からずっと、彼女はこんな調子だった。


「コレット。その……大丈夫か。いや、大丈夫ではないのは分かるのだが……ひとまず、今はここを見て回ろう。なに、俺がついている。遠慮なく頼ってくれ」


 彼はコレットが置かれた状況に同情していたし、一刻も早く解決して欲しいと思っていた。しかしそれと同時に、彼はコレットとしばらく二人きりになれそうだということにほんの少しだけ、わずかに浮かれていたのだ。


 はっきりと自覚できていないそんな思いを無意識のうちに押し隠して、フレデリックはきびきびと屋敷の中を案内していく。


「そちらが居間で、あちらは厨房と倉庫だ。二階には寝室が並んでいて、中央には居間がある。一応ちゃんとした病人が来ることもあるから、一階にも寝室と、医者の控室が用意されている。どこでも好きなところを、好きなように使ってくれ」


「……はい」


 やはり上の空のコレットに、フレデリックはもどかしいような、切ないような顔をした。しかしその時、彼はふとあることを思い出す。


「そ、そうだ。この屋敷の裏手には、一風変わった草地が広がっているのだ。俺も最近来ていないので確かではないが、たいそう珍しい薬草が自生しているとか」


 その言葉に、コレットの目がきらりと光る。さっきまでのぼんやりした表情は、きれいさっぱり消え去っていた。フレデリックはそのことを嬉しく思いながら、さらにたたみかける。


「どうしても王都の気候に合わなくて、王宮の薬草園への移植をあきらめざるを得なかったものもあるらしい」


「……フレデリック様、私その草地が見てみたいです」


「もちろんだ。荷物を置いてから、一緒に行こう」


「はい!」


 珍しい薬草の一言でコレットがちょっと元気になったことに、フレデリックはほっとする。軽やかな足取りで二階へ向かうコレットの後姿を見ながら、彼はふと首をかしげた。


「彼女が多少なりとも元気になったのはいいことだが……少々悔しいと思えるのは気のせいだろうか」


 自分がいくら励ましても、コレットは落ち込んだままだった。しかし薬草の話をしたとたん、彼女は見違えるように表情を変えた。


 もしかして自分は、薬草に負けたのかもしれない。フレデリックはそう思わずにはいられなかった。


「今回は勝ちを譲ってやる。しかし覚えておけ、俺はいつかお前たちに勝つからな」


 屋敷の裏手のほうを見すえて、フレデリックはそんなことを大真面目に宣言していた。そちらに生えている、薬草たちに向かって。




「うわあ……すごいです、図鑑でしか見たことのない薬草が、こんなに……まるで、夢みたい……」


 それから少し後、コレットはうっとりとした笑みを浮かべて辺りを見渡していた。


 屋敷の裏手には、背丈の低い草がびっしりと生い茂っていた。愛らしい花が、あちこちで咲いている。


 しかしコレットは、その花には見向きもしなかった。地面にかがみこんで、何の変哲もない地味な草をひたむきに見つめている。


「これ、一度実物を見てみたかったんです……ああ、幸せ……」


「多少なら、摘んでも構わないぞ。何なら、屋敷で何か調合してみるか」


 隣で同じようにかがみこんだフレデリックの言葉に、コレットの顔が少しくもる。精魂傾けたパナシーアがおかしな事態に巻き込まれていることを、また思い出してしまったのだ。


 その表情を見たフレデリックが、あわてて付け加える。


「もちろん、今でなくてもいい。だが君は、ポーションを作らずにはいられない、そういう女性だと思う。俺は君のそのひたむきな姿に…………その、ひかれたというか、何というか」


「フレデリック様?」


「な、なんでもない! その、もしまたポーションを作るなら、俺も手伝おう。君の補助をすることにも、すっかり慣れたからな」


「ふふ、ありがとうございます」


 そうして二人は草地を歩き回っては、色々な薬草を見て回った。コレットの頭には薬草図鑑が丸ごと収まっているらしく、彼女はフレデリックにあれこれと説明していた。


 フレデリックは彼女の言葉に熱心に耳を傾けながら、心の中で祈っていた。少しでも早く、パナシーアの件が解決しますように。コレットがこんな風に明るく笑っていられる日々が、戻ってきますように、と。




 日が傾き始めた頃、二人は療養所に戻ってきた。それから、夕食を一緒にこしらえていく。


 持ってきていたベーコンをあぶって、歯ごたえのあるパンにはさむ。摘んだ野草をよく洗って、油と酢、それに塩で和え、砕いた木の実を散らす。


 普段二人が王宮で食べているものに比べると遥かに質素な食事だったが、二人ともにこにこと笑顔でそれをたいらげていた。


「明日は、もっと色々な料理を作ってみよう。食材はたくさん持ち込んだし、ここでは川釣りができる。少し足を延ばせば、ベリーがたくさん実っている場所もあるぞ」


「ここは王宮やあの山小屋よりも涼しいから、とれる食材も違うんですね」


「ああ、そうだ。暇を持て余すようなら、宝石拾いにいくのもいいな。川の上流に鉱脈があるようでな、時折小さな宝石が流れ着く。川底をじっくりと探せば見つかるのだが、原石であっても中々に美しいのだ」


 フレデリックはそうやって、次から次へと話題を振っている。コレットが落ち込む隙を与えないようにしているのは明らかだった。


 コレットもそれに気づいているらしく、ほんの少し寂しげに微笑みながらうなずいていた。


「と、少し冷えてきたな。ここは山あいということもあって、朝晩は冷え込むのだ」


 食事を終えた二人は、手早く食器を片付けて茶をいれた。温かな湯気を上げているカップを乗せた盆を持って、居間に向かう。そこの暖炉の前に敷かれたふかふかのラグに、二人並んで座った。


「……あったかい」


 暖炉の中には魔法陣が刻まれ、魔法の炎がゆらゆらと揺れていた。その穏やかな揺らぎを、二人は黙って見つめる。


「……その、パナシーアのことは、ずっと気にかかっているのだと思う」


 不意に、フレデリックがつぶやいた。コレットがかすかに、身を震わせる。


「だが、俺たちにできるのは待つことだけだ。だから今は、ひとまずそのことは置いておこう」


「それは、ちょっと難しいかもしれません……」


「ああ。だから俺が、君をあちこち引っ張り回す。余計なことなど考えられないように。大体俺といるのに、他のことに気を取られているなんて面白くないからな」


 やけに堂々とした宣言がおかしくて、コレットが小さく笑った。それを見るフレデリックの目は、とても優しかった。


 それから夜遅くまで、二人は暖炉の前で語り合っていた。

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