15.私たちの万能薬
そうして数枚の木の葉を手に、コレットとフレデリックは離れに戻ってきた。戻るとすぐに、コレットは手際よく準備を進めていく。
これでいよいよ、目指す万能薬が作れるかもしれない。そんな思いに、コレットの胸は自然と高鳴っていた。
まずは、木の葉を煮出す。フレデリックが持ってきた資料によれば、大鍋いっぱいの水に木の葉一枚で十分らしい。ほんのりと淡い黄金色に輝く煮出し汁に、二人はそろって目を丸くしていた。
それから、元となるポーションを用意した。全部で五種類、痛みをとり熱を下げるもの、鼻水などの症状を軽くするもの、胃腸を健康にするもの、疲労を回復させるもの、頭をすっきりさせるものだ。それらを合わせ、木の葉の煮出し汁を少し加えてよく混ぜる。
出来上がったポーションは、エメラルドを溶かしたような鮮やかな緑色をしていた。その美しさに、フレデリックがほうとため息をつく。
一方のコレットは恐ろしく真剣な顔をして、ポーションを一口飲んだ。それから目を閉じて、じっと考え込んでいる。
「……以前のものよりも、はっきりと効果を感じ取れます。ずっと良くなっているような気がします。ただ、私が飲んでもこれ以上のことは確認できません」
コレットは健康体だ。したがって、彼女が感じられるのはポーションの効果のせいぜい半分ほどだ。残りの効果を確かめるには、他者の協力が必要不可欠だ。
「よし、ならば俺に任せろ」
フレデリックは頼もしく笑って、自分の胸をばんと叩いてみせた。コレットはにこりと笑って、すぐにうなずいた。
それから二人は、王宮中を回っていた。
使用人や貴族とすれ違うたび、フレデリックは相手を呼び止めては尋ねた。俺たちは体調が優れぬ者を探している、心当たりはないか、と。そうして体調を崩している者を見つけ、ポーションの試作品を飲んでくれるよう頼んで回ったのだ。
魔女令嬢の新作、しかもフレデリックも協力したものだということもあって、頼みを断る者はほとんどいなかった。みな快く、ポーションの検証に協力してくれた。
そんなこんなで半月も経った頃には、コレットの手元には十分すぎるほどの資料が集まっていた。離れの作業部屋の大机、その上に積み上げられた資料を前に、コレットがほうとため息をついている。
「……こんなにも早く、効き目についての実験結果が集まるなんて思わなかった……」
「王宮総がかりだからな。そういえば、いつもはどうやって効き目を調べていたのだ? 安眠や疲労回復などならともかく、頭痛や胃腸の不調などは、実際に体調を崩した者がいないと検証できないだろう」
「家族や、屋敷の使用人たちに協力してもらっていました。……私の家族は、みんなちょっとした体調不良を抱えていました。父は頭痛持ちで、母は胃が弱かったんです。さらに祖母は風邪を引きやすくて、祖父はしょっちゅう腰を痛めていました」
コレットは懐かしそうに微笑みながら、説明を続けている。
「だから子供の私は、ポーションについて勉強したいと思ったのかもしれません。昔のことなので、はっきりとは覚えていませんが」
「子供の頃の君か。どんな子供だったのか、興味があるな」
目を輝かせるフレデリックに、コレットは苦笑で答える。
「今と変わりませんよ。六歳で初めてポーションを作って、それからはずっとポーションのことばかり考えていましたから」
ふとコレットが、遠い目をした。
「……私、誰にも習わずにポーションの作り方を覚えたんです。自分で書物を読んで、自分一人で薬草を刻む練習をして。薬草が欲しいとねだったら、家族は目を丸くしていました」
フレデリックは感心するように目を見張ったが、何も言わなかった。コレットの思い出語りを、邪魔したくなかったのだ。
「そんな私を見た両親は、薬師を呼んでくれました。そうして薬師は、その日のうちにお墨付きをくれました。これだけの知識と腕を備えているのなら、他人のためにポーションを作ってもいいだろう、って」
コレットの言葉はよどみなく続く。彼女はフレデリックを見ることなく、淡々と語っていた。
「それからずっと、一人でポーションを作り続けていました。一人でも何も困りませんでしたし、静かな中で作業するのが一番はかどりましたから」
でも、と言葉を切って、コレットは大机の上に目をやる。そこに積み上げられた病人たちの資料と、新しいポーションのレシピ、その横にたたずむ緑色の小瓶。それらを温かな目で見つめながら、彼女はさらにつぶやく。
「私一人では、ここまでたどり着けませんでした。万能薬という発想も、あの木の葉も、そして大がかりな調査も。全部、あなたのおかげでした」
そうしてコレットは、はにかんだような笑みを浮かべた。この上なく愛らしい表情で、フレデリックをまっすぐに見つめる。
「ありがとうございます、フレデリック様。このポーションを完成させられたことも、ですけど……それ以上に、他人を頼る、誰かと協力することについて、教わった気がします」
「そうか、君の力になれたことを嬉しく思う。……本当に」
他人に歩み寄ったコレットと、照れ隠しを投げ捨てたフレデリック。二人は晴れやかな、とても親しげな表情で、じっと見つめ合っていた。
しばらく見つめ合った後、フレデリックが不意に咳払いをした。今さら照れくさくなったらしく、頬を赤らめている。
「さて、あとはこの資料とレシピ、それにポーションの実物を兄上に提出すればいい。ただその前に、ひとつ提案がある」
「提案、ですか? いったい何でしょう」
「このポーションに、名前を付けないか?」
コレットは、今までに数々のポーションを作ってきた。それまでに知られたレシピを改良したり、新たに一から開発したり。
そしてできあがったポーションには、いちいち名前をつけることなくただ数字を振っていた。この新作には、五十二の番号が振られる予定だ。
そんな事情を、フレデリックも知っている。ならば何故、彼は名前をつけようなどと言い出したのか。
「このポーションは、君の五十二番目のポーションだ。そして同時に、俺が初めて本格的に手伝いをしたポーションだ。その効果も、今までのものとは違う。ちょっとした体調不良をたちどころに治し、健康な者には活力を与える。とても素晴らしいものになったと、そう思う」
フレデリックの声には、いつになく熱がこもっていた。彼はコレットのほうに一歩歩み寄り、さらに懸命に主張する。
「この特別なポーションは、ただ番号で呼ばれるのではなく名前で呼ばれるのがふさわしい。俺は、そう思う。もちろん君が嫌なのであれば、今の言葉は忘れてくれ」
その言葉に、コレットはほっそりとした片手を頬に当てて考え込む。普段と全く変わらないその表情に、フレデリックは不安を覚えながらじっと待っていた。
「……だったら、フレデリック様が名前をつけてください。考えてみたんですけど、いい名前が思い浮かびません」
しばらくして、コレットが可愛らしい苦笑を浮かべてそうつぶやく。フレデリックは胸が高鳴るのを感じながら、すぐに答えた。
「パナシーア、というのはどうだろう」
「パナシーア……」
「そうだ。前に話しただろう? 子供の頃読んだ物語に、素晴らしい万能薬が出てきたのだと。その万能薬の名前が、パナシーアだったのだ。子供じみているとは思うが、やはりこのポーションにはその名がふさわしいと思う」
ほんの少し照れくさそうに、フレデリックはそう締めくくった。コレットは目を丸くした後、にっこりと笑う。
「いい名前だと思います。それでは、パナシーアで決まりですね。……ポーションに名前をつけるだなんて、考えたことがありませんでした。また一つ、新しいことを教わりました。ありがとうございます」
「その、礼を言う必要はない。どちらかというと、礼を言うのは俺のほうだからな。ちょっとしたわがままを聞いてくれて、ありがとう」
コレットの笑顔に見とれながら、フレデリックもまた力強く笑っていた。資料の山のすぐ横で、パナシーアの小瓶が鮮やかな緑にきらめいていた。
そうして二人はフランシスのもとに出向き、資料を提出した。渡された資料にざっと目を通したフランシスは「これならばじきに、パナシーアを民に届けられると思うよ」と答えた。
おかげで二人は、すっかりはしゃいでしまっていた。朗らかに笑いながら、王宮の廊下を歩いている。二人の微笑ましい姿に、すれ違う者たちもつられて笑顔になっていた。
「やっと、君の努力が報われるのだな。俺も嬉しい」
「いえ、私たち二人の努力です。フレデリック様がいなければ、パナシーアが完成することはなかった」
「そうだろうか。君ならばいずれ、ここにたどり着いたと思うが」
「かもしれません。でもそうやって得られるのは、パナシーアではないんです。どれだけ効果が似ていても」
そんなことを話しながら、二人は弾むような足取りで歩いている。ふと、コレットが何かに気づいたように足を止めた。
「あ、そうだ。あの木の葉は足りるでしょうか? 一枚あればパナシーアを百本以上作れますが、それでもパナシーアが広く普及したら、木の葉がたくさん必要になりますけど……」
「そうだな、しばらくの間は大丈夫だろう。あれは丈夫な木だから。冬でも葉を茂らせているし、虫がついて丸坊主になってもすぐに元に戻った。だから、俺たちが少々葉を摘みすぎたとしても問題はない」
そこまで言って、ふとフレデリックが口をつぐむ。
「いや……しかし……もし、木を譲ってくれたかの国の使者が来たとして、その時にあの木が丸坊主になっているのは、やはりまずいだろうな」
「まずいですね。もしかして、国交問題に?」
「……たぶんそこまで大ごとにはならないだろうが……となると、今のうちにあの木を増やしておいたほうがいいだろうな。庭師に命じて、挿し木をさせよう」
「そうしたら、もっともっとパナシーアを作ることができますね。ゆくゆくはさらに改良して、万能薬の名に恥じないものにしたいです」
目を輝かせてそう語るコレットに、フレデリックが優しい笑顔を向けている。
和やかに、幸せそうに話す二人を、遠くからイザベルがじっと眺めていた。表情のない、しかし恐ろしく冷たい目で。




