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14.あと一つ、足りないもの

 山小屋で共に過ごしたからか、コレットとフレデリックの距離はさらに近づいていった。


 コレットの暮らす離れに毎日のように顔を出していたフレデリックは、最近では彼女の作業を手伝うようになっていた。薬草を運んだり、刻んだりといった、ごく簡単なことだけではあるが。


「俺は王子として、民の健康には気を配る必要があるからな。そして君は、民に有用なポーションを多く供給している。だから君の作業の手伝いは、公務と同様のものなのだ。兄上と父上も、きっとそう考えてくれるだろう。……たぶん、だが」


 そんなことを言いながら、フレデリックは離れの作業部屋でせっせと立ち働いていた。そんな彼を見て、コレットはこっそりと微笑む。それが、いつもの光景になっていた。


 一方でイザベルは、まったく作業部屋に顔を見せなくなっていた。コレットとフレデリックが二人で山小屋に泊まった、その次の日以来ずっと。


 二人はそのことに気づいてはいたが、さほど気には留めていなかった。きっとイザベルは、ポーションの勉強に忙しいのだろう。二人はのんきにも、そう思っていたのだ。




 そんなある日、コレットはレシピを書き留めたノートとにらめっこしていていた。そんな彼女に、フレデリックが明るく声をかける。


「今日は何をしているのだ? 今までのポーションの改良だろうか? 今日の執務はほぼ終わらせてきたから、いくらでも力になるぞ」


「いえ、一から新しいポーションを作ろうと思っているのですが……今まで作ったことのないものにしたいなって、そんなぼんやりした案しか浮かばなくって」


 コレットはため息をつくと、難しい顔をして考え込む。やがて顔を上げ、心配そうに自分を見ているフレデリックのほうを向いた。


「フレデリック様、何かいい案はありませんか? どんなものでもいいんです。突拍子のないものでも、実現できそうにないものでも。参考にしたいので」


 その問いに、フレデリックもまた真剣に考え始める。あごに手を当てたまま、彼はそろそろと口を開いた。


「……そうだな。一つ、あるといえばあるのだが」


「ぜひ、聞かせてください」


「ただ、なんというか……その、おとぎ話のようなものなのだ。あまり君の役には立たないかもしれないが」


「それでもいいです、聞かせてください!」


 前のめりになるコレットに圧倒されつつ、フレデリックはおずおずと言葉を続ける。


「子供の頃に読んだ物語に、素晴らしい万能薬が出てきたのだ。一口飲むだけでどんな病も治し、死に瀕した者ですら救うという」


 そこでフレデリックは言葉を切り、コレットに苦笑してみせる。


「本当にこんな薬があればいいのにと、俺はずっとそう思っていた。だがこのような話、やはり君の役には立たなかっただろう?」


「いいえ!」


 コレットは目を輝かせて、フレデリックの手を取る。前のめりになって、満面の笑みで答えた。


「フレデリック様のおかげで、いいことを思いつきました。ありがとうございます」


「そ、そうか?」


 いきなり手をにぎられたことに動揺しているのか、顔を赤らめてフレデリックが答える。コレットは彼のそんな表情に気づいていないのか、さらに興奮した様子で語っている。


「どんな病でも、とか、瀕死の人間を救う、とかはさすがに無理ですけど、色んな症状をまとめて治すことはできると思うんです。ただ単に既存のポーションを混ぜただけではうまくいきませんから、根本から調合を見直す必要がありますが」


 そうしてコレットは、あれこれと思いつくままに調合例を話し始めた。


 フレデリックはポーションにはさほど詳しくない。だからコレットの言っていることは半分も分からなかったが、それでもコレットがわくわくしていることだけは感じ取れた。


 彼女の力になれてよかった。そんな思いをかみしめながら、フレデリックは頼もしい笑みを浮かべる。


「よし、それはさっそく作ってみよう。いくらでも手伝うぞ」


 その言葉に、コレットは満面の笑みでこたえた。


「はい、よろしくお願いします!」




 そんなやり取りがあってから、はや三日。


「……足りない……あと一歩なのに……」


 コレットは目の前にずらりと並ぶ瓶をにらみつけながら、ぶつぶつとつぶやいている。作業用の大机の上はごちゃごちゃに散らかってしまっているし、彼女の青い目はうつろによどんでいた。


 フレデリックは彼女の斜め後ろに立ち、困った顔で辺りを見渡している。やがて彼はおろおろしながら、そっと彼女に声をかけた。


「何がどう足りないのか、教えてもらってもいいだろうか」


「効き目が足りないんです。このポーションは、複数のポーションを混ぜ合わせて複数の効果を発揮させるのが目的ですけど……どうしても互いの成分が邪魔し合っちゃうみたいで、効果ががくんと落ちるんです」


 コレットは目の前に並ぶ瓶を指さして、途方に暮れた顔をする。


「頑張って調合を変えて、影響を可能な限り減らしました。でも、まだ足りない。これじゃ駄目」


 コレットがため息をついて、独り言のようにつぶやいた。乱れて胸元に垂れかかる一房の銀の髪を、無意識のうちにもてあそびながら。


「どうにかして、効果をもっと上げないと……いっそ、ポーションではなく粉薬にするとか……でもそれだと手間と費用が跳ね上がるし、加工の途中でさらに変質するかも……どうしよう……」


 それっきり、彼女は黙ってしまう。フレデリックは少しだけ考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「効果を引き上げる、か。ひとつだけ、あてがあるかもしれない」


 思いもかけない言葉に、コレットははじかれたようにフレデリックのほうに向き直る。銀色の髪が、ふわりとひるがえった。


「王宮の奥庭に、遠い国から友好の証として贈られた木がある。その木の葉の煮出し汁には面白い性質があるのだ。毒であれ薬であれ、効果を大きく引き上げるというものだ。その危険性ゆえに、俺たち王族と、あと一部の薬師以外には知らされていないが」


 コレットは目を真ん丸にして、ぽかんと立ち尽くしていた。どうやら、今のフレデリックの言葉に相当驚いたらしい。やがて彼女は、おそるおそる口を開く。


「……だったら、その葉を使えば……でも、秘密……なんですよね。そもそも私に話してしまって、よかったんですか」


「なに、君はこの秘密をみだりに口外するような人間ではないだろう? それにこの秘密が君の、ひいては民の役に立つのだ。ならばこの秘密を君に話すのは、王子として正しい行いだ」


 堂々と胸を張っているフレデリックに、ようやくコレットも決意したようだった。


「……私のことを信用してくださって、ありがとうございます。ならば私は、その信頼にこたえたい。どうか、その木の葉をいただけませんか」


「もちろんだ。行こう、一緒に」


 さっきまでのどんよりとした空気が嘘のように、二人は明るく笑い合う。そうして一緒に、離れを出ていった。




 奥庭にたどり着いた二人を、大きな木が出迎えた。王宮の三階に届きそうなほど大きな木が、のびのびと枝を伸ばしている。その枝には、小ぶりの木の葉がみっしりとついていた。


 これははしごがいるだろうか、と考え込むコレットの横で、フレデリックはするすると木に登り、数枚の葉を手に戻ってきた。


「ごくわずかな木の葉から、かなりの量の煮出し汁を作ることができるのだそうだ。……本来なら、勝手に摘むことは許されないのだが」


 深刻そうに声をひそめたフレデリックに、コレットがまた目を見開く。


「ええっと……でももう、摘んでしまいました……」


「なに、全ての罪は俺にある。俺が君をそそのかしたのだからな。だから君は心配せずに、ポーション作りにいそしんでくれ。俺がどうなろうと、振り返らずに」


 フレデリックの声は明らかにおどけていた。つられるようにして、コレットが笑う。


「もう、からかわないでください。……でももし本当に罪に問われたら、私も同罪ですからね」


「ああ、見抜かれたか。理由もなく摘むなとは言われているが、今回は理由があるのだから問題ない。心配するな」


 そうやって笑いながら、二人はまた離れに戻っていく。通りがかった使用人が思わず笑顔になってしまうような、微笑ましい光景だった。

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