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13.静かな夜は思いを語って

 それから二人は、小屋の前の空き地で火をおこし、夕食の支度を始めた。手慣れた刃物さばきで魚をさばいていくフレデリックを、コレットは目を丸くして見ていた。


「……まるで手品みたいです。あっという間に、骨と身が分かれて。フレデリック様、すごいです」


 そんな称賛の言葉に、フレデリックは得意げな笑みを浮かべている。


「俺は慣れているからな。それよりも、俺は君の手際の良さに驚いたのだが……」


 彼の視線の先には、火にかけた鍋をかき回しているコレットの姿があった。彼女はフレデリックが持ってきた野菜と、それに湖のそばで見つけた香草を煮込んでいるのだ。


 もちろん、伯爵令嬢である彼女は料理などしたことはない。しかしそれにしては、彼女の手際はやけに良かった。


「ポーション作りと似ていますから。材料を適切な大きさに切って、必要なだけ鍋に入れて、火力に気をつけながら煮込む……レシピがないので、塩加減が分からなくて。そこだけ、ちょっと困ってます」


「そういう時は味見をするのだ。ほら、貸してみろ」


「味見……ポーションを作る時は、絶対にしないですね……」


 そう言いながらも、コレットは鍋をかき回していた大きな木さじをフレデリックに手渡す。フレデリックはやはり慣れた様子で、さっさと煮込みの味を調えてみせた。


「よし、こんなものだろう。もう少し煮込んで味を染み込ませたら完成だな」


 勧められるまま自分も味見をしたコレットが、青い目を真ん丸にしてフレデリックを見る。


「フレデリック様、すごい……とってもおいしいです」


「ま、まあ、俺は慣れているからな。これくらい、造作もない」


 こともなげに答えたフレデリックだったが、その顔は得意げに笑っていた。つられるようにして、コレットも笑顔になる。


 ゆっくりと辺りを満たし始めた夜の闇に包まれて、二人は仲睦まじく笑い合っていた。




 焚火でこんがりと焼いた魚に、じっくりと煮込んだ野菜。普段の食事とはまるで違うそれを、二人は幸せそうな顔でたいらげていた。


 そうして二人は、フレデリックがいれた茶を飲みながら、並んで夜空を見上げていた。


「何だかとっても、不思議な気分です。辺りは暗くて、私たち以外に誰もいない……ちょっと、落ち着きません。静かすぎるからかも……」


「慣れればこの静けさも、心地良く感じるようになる。俺もそうだった」


「フレデリック様も、最初は落ち着かなかったんですか?」


 コレットが小首をかしげて、隣のフレデリックを見た。彼女の青みがかった銀の髪が、空の星と同じようにきらきらと輝いていた。


「ああ」


 フレデリックは何かを懐かしむような顔をして、顔を上げる。その横顔に浮かぶ大人びた笑みに、コレットは目を見開いた。


「……俺は自分から進んで、ここに来た。そうしなければと思ったからだ」


 こんな何もないところに来なければならない事情とは、いったいどういうものだろう。コレットは疑問に思いながら、話の続きを待つ。


「俺は第二王子だ。次の王となるのは兄上だ。俺の存在が必要となるのは、兄上にもしものことがあった時だけだ」


「そんなことありません。フレデリック様を必要としている人はいっぱいいます。……その、私も」


 コレットは我慢できずに、口を挟む。不服そうなその声に、フレデリックは眉を下げた。泣きそうな顔をしているな、とコレットはそう思う。


「ありがとう。だがこれは客観的な事実だ。ことによると、俺はいらぬ火種のもとになってしまうかもしれない。もしかすると、俺を次の王になどというふざけたことを考えるものが現れないとも限らない」


 フレデリックの声が、どんどん小さくなっていく。けれど彼はすぐに、おかしそうに苦笑した。


「子供の俺は、一生懸命考えた。そうして出た答えがこれだ。もし、俺の存在が兄上に、この国に害をなすものとなったなら、その時はこの国から出ていこうと」


「……そこまでする必要が、あったんですか……?」


「あくまでも、最後の手段だ。そう悲しそうな顔をするな。……それで俺は、一人でも生きていけるよう、練習をする必要があると考えたのだ」


「もしかして、この小屋って……」


「ああ、君が想像している通りだ。その練習のために、この小屋を建ててもらった。最初は使用人たちとここに来て、色々なことを教わったのだ。魚の釣り方、魔法に頼らず火を起こす方法、料理もそうだな」


 フレデリックは子供の頃から、妙な具合に行動力があったらしい。なるほど、自分を王宮に招こうなどと考える訳だ。コレットはそう納得しながら、じっとフレデリックを見つめていた。


「だが、次第にここで過ごすこと自体が楽しくなった。いつしか、執務の合間にここに泊まりに来るのが、俺の趣味になっていた」


「……何がどう転ぶか、分からないものですね」


 何とも複雑な気分で、コレットは答える。彼女が感じていたのは戸惑いと、そしてそれを上回る興味だった。


 フレデリックは王子らしく堂々としていて、ちょっぴり強引で、そのくせやけに礼儀正しい。子供のように得意げな顔をしていたかと思えば、赤くなって不機嫌そうな顔をしてみせることもある。ちょくちょく突拍子もないことを思いついて、しかもそれを実行に移してしまう。


 コレットはあまり、人間に興味がない。彼女の頭を占めるのは、薬草やポーションのことだけだった。


 そんな彼女が、フレデリックのことをもっと知りたいと、そう思っていた。胸の内にはもっと色々な感情が渦巻いているようにも思えたが、彼女はその感情を何と呼べばいいのか分からなかった。


「まったくもって、その通りだ。おかげで、こうやって君と夜空を見られる。……ああ、月が出てきたな」


「月って、こんなに大きいんですね。屋敷で見ているものとは、全然違って見えます。同じもののはずなのに」


 そう答えながら、コレットはふと思った。同じものなのに違って見える、フレデリックはちょっと月と似ているな、と。照れくさくて、口には出せなかったけれど。




 二人はそれから眠りにつき、次の日は辺りをぶらぶらした。そうして昼前、予定通りに二人は王宮へ戻ってきた。


 フレデリックはひとまず自室へ、コレットはいつも通り薬草園の隣の離れへ。どことなくふわふわした気分で廊下を歩くコレットを、呼び止める者があった。


「あら、コレット。昨日は留守にしていたようですけれど、どうしましたの?」


 その問いに、コレットは口ごもる。イザベルの悪意に気づかないくらいには鈍いコレットであっても、フレデリックのこととなるとイザベルの様子がおかしくなるということには気づき始めていたからだ。


「ええと、ちょっと出かけていたの」


 しかしコレットは嘘が苦手だった。嘘を許せないとかそう言った理由ではなく、単にうまい嘘を思いつくことができないだけだったが。


 そしてイザベルは、コレットが何かを隠していることをすぐさまかぎとっていた。


「あら、何か事情がありますの? わたくしとあなたの仲でしょう、隠し事なんて水くさいですわ」


 どうしよう。コレットが途方に暮れたその時、助けの神が現れた。


「ああ、イザベル。今日も来ていたのだな」


「フレデリック様! 今日もごきげんうるわしゅう。……あの、ところで、フレデリック様は何かご存知ではないでしょうか? コレットが、昨日どこにいたのか話してくれなくて、寂しいんですの」


「そのことか。別に隠すようなことでもないだろう、コレット?」


「……あんまりべらべら話すようなことでもないと思ったので」


 コレットは相変わらず言いよどんでいたが、そのことをフレデリックはさほど気に留めていなかった。さわやかに笑って、イザベルに答える。


「昨夜、コレットは俺と共に山小屋で過ごしたのだ。二人きりで星空を見て話すのはとても楽しかったぞ」


 きっと金切り声が飛んでくるだろう。あるいは、恐ろしい低い声か。コレットはそう考えて身構えたが、イザベルの反応は予想とはまるで違っていた。


「あら、そうでしたの。コレットったら、隠さなくてもいいのに。フレデリック様、教えてくださってありがとうございました。それではわたくし、書庫に用がありますので」


 なんとも優雅に、イザベルは微笑む。それからスカートをつまんで一礼すると、彼女は二人に背を向けて立ち去っていった。


 コレットとフレデリックは少しの間その背中を見送っていたが、やがて二人そろって歩き出した。イザベルとは、ちょうど反対の方向へ。


 だから二人は、気づかなかった。イザベルの顔が、乾いてゆがんだ笑いに満ちていたことに。今は我慢ですわ、あと少しなのですから。そんな言葉を、彼女がつぶやいていたことに。

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