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11.王子たちは語り合う

 爆発事件があってから数日後の夜、フレデリックは王宮の廊下を一人で歩いていた。彼の兄にして第一王子である、フランシスのもとを訪ねるために。


「やあ、よく来たねフレデリック」


 約束もなしに、しかも夜も更けてからやってきた弟を、フランシスは快く迎え入れた。


「最近忙しかったので、ようやくこちらに顔を出すことができました。ごぶさたしています、兄上」


 向かい合って座った二人の顔は、見事なまでに瓜二つだった。それもそのはず、二人は双子だったのだ。


 しかし二人の表情やしぐさは、まるで違っていた。堂々としていて押しが強く、少年のように目をきらめかせているフレデリックと、おっとりと穏やかで大人びたフランシス。おかげで二人を取り違える者は、この王宮には一人もいなかった。


「ひとまず、近況と先日の報告を済ませてしまいましょう」


 そうして、フレデリックは話し始めた。日々の執務や自分の生活で起こったあれこれに加え、コレットのことを。コレットが日々どんな風に過ごしているのか、彼女がどれほどの情熱をポーションに注いでいるのか。そんなことを、彼は熱心に語り続けた。


「先日の爆発についてですが、そちらは偶発的な事故だと、そう結論が出ました。王宮の薬師たちによれば、あの時コレットが作っていたポーションには、爆発を引き起こす要素は一切ないとのことです」


「つまり、ポーションが勝手に爆発することはない。ならばそこに何らかの外的要因が加わって、その結果たまたま爆発した。そういうことかな」


「はい。爆発の際に原因となったポーションが霧となって飛び散ってしまって、詳しく調べることはできませんでしたが、おそらくそういうことだろうと」


「分かった。大まかな報告は聞いていたけれど、こうして君の口から事件の詳細を聞くことができてよかった。あと、コレットについても」


 一通り話を聞き終えてから、フランシスはふわりと微笑む。


「彼女のことは、私も以前から聞いていた。君がコレットを王宮に招きたいと言い出した時は驚いたけれど……今のところ、うまくいっているようだ。いいことだと思うよ」


 そこまで言って、ふとフランシスは小首をかしげた。


「それにしても、君はずいぶんとコレットに肩入れしているみたいだね。今の報告も、彼女に落ち度がないことを一生懸命主張しているようだった」


 彼の指摘に、フレデリックが一気に赤くなる。普段の堂々とした態度とは打って変わって、明らかにあわてふためいている。


「そ、それは気のせいです、兄上。俺はあくまでも、客観的に、彼女のことを見定めようとしています。彼女がポーションにかける熱意が本物であることは、疑いようもなく、ですから、その」


「ああ、分かっているよフレデリック」


 静かに微笑んでいたフランシスが、そういって大きく口を開けて笑う。いたずら小僧のような表情だった。


「ごめん、少しからかってしまった。最近君がよそよそしいから、つい、ね。悪かった」


 その言葉にフレデリックは一瞬目を真ん丸にして、それから視線を落としてつぶやいた。ふてくされたような、困ったような顔で。


「よそよそしくなど……そのようなことはありません」


「いいや、あるよ。昔はそんな風に、私に対して丁寧な言葉を使いはしなかっただろう?」


 なおも食い下がってくるフランシスに、フレデリックはひどく静かに答えた。


「それは子供の頃の話でしょう。俺も兄上も、もう十七歳です。血を分けた兄弟とはいえ、わきまえなくてはなりません」


 弟の言葉に、フランシスは悲しげに微笑んだ。


「……そうか。私たちの立場上仕方のないことだとわかってはいるけれど、少し寂しいね」


 瓜二つの、しかしまるで違う雰囲気の双子は、口を閉ざして向かい合っていた。二人の間には手を伸ばせば届くほどの距離しかなかったが、二人にはその距離がとても遠いもののように思えていた。




「ところで、話は変わるのだけれど……一度、君の趣味にコレットをつき合わせてみてはどうかな」


 ふと、フランシスがぽつりとつぶやく。その声音は、元通りの穏やかでおっとりとしたものだった。


「俺の趣味というと、あれですか?」


「ああ、あれだね」


 一方のフレデリックは、珍妙な味の薬でも飲みこんだような顔をしていた。


「兄上の提案ではありますが……さすがに女性、しかも貴族の女性に、あれは少々……」


 どうにもフレデリックは乗り気ではないようだった。それを見て取ったフランシスが、くすりと笑った。


「コレットは確かに、貴族の女性だ。でも、屋敷の奥で大切に育てられたありきたりのか弱い花ではないと思う」


 突然話の流れが変わったことに、フレデリックが戸惑った目を兄に向ける。


「私はコレットとほとんど顔を合わせていない。けれど彼女は、心根のまっすぐな、純粋な女性だと思うよ。君が感じている通りの、素敵な人だ」


「お、俺はその、彼女のことは……」


「だから私は、君と彼女が親しくしていることを嬉しいと思っている。あくまでも個人的に、だけどね」


 困惑、戸惑い、照れ。くるくると表情を変えるフレデリックを、フランシスは微笑ましく思っていた。さらに後押しするように、言葉を続けていく。


「君のあの趣味を通じて、君たちはもっと分かり合える。そんな気がするんだ」


「それは、そうかもしれませんが……」


「それに彼女は毎日、薬草園の隣の離れにこもってポーションを作ってばかりなのだろう? たまには外出するのもいいかと思うよ」


「ですが……やはりあれはどうかと……普通とはかけ離れていますから」


「だからいいんだよ。普通に令嬢として暮らしていたら決して見ることのない世界だから。きっと彼女にも、いい刺激になるだろう」


 フランシスは優しく笑って、前のめりになる。そのまま、弟の顔をのぞき込んだ。


「それにもし断られたとしても、君と彼女の関係が悪くなるようなことはないと思うよ。きっと彼女は、そういったことを気にするたちではないから」


 考え込むフレデリックに、フランシスは朗らかに言う。


「そんな訳だから、一度本気で考えてみるといい。きっとうまくいくから。お気に入りのワインを一本賭けてもいい」




 しばらくして自室に戻ったフレデリックは、しかしすぐに休みはしなかった。椅子にどっかりと座って、腕組みをしながら考え込んでいる。


「あの趣味に……あそこに、コレットを誘う、か……」


 そのさまを、フレデリックは想像していた。楽しいです、フレデリック様。そう言って笑うコレットを想像したとたん、彼の胸はおかしなくらいに高鳴っていた。


 今すぐその想像を現実にしたいと、彼はそう思わずにはいられなかった。


 はやる心を抑えて、さらに彼はもう一つの可能性を考えてみる。ポーションの開発に忙しいので、済みませんがお誘いに乗ることはできません。


 申し訳なさそうに、しかし頭の中ではポーションのことを考えながら答えるコレットの姿を。


「もしそうなったら、ポーション作りの手伝いを申し出るのもいいかもしれないな。俺もポーションについて、きちんと学んでみたいと思っていたところだったし」


 毎日のようにコレットのもとに通い、彼女の作業を見学していたことで、フレデリックはある思いを抱くようになっていた。彼女のことをもっと知りたい、という。


 そしてポーションは、間違いなく彼女に属する、彼女の一部と言っても差し支えないものだった。


「つまり、どちらに転んでも、悪いようにはならないということか……さすがは兄上、ここまで見通しておられたとは……」


 すっくと立ちあがり、フレデリックは大きくうなずく。窓の外の星空を見て、もう一度うなずいた。


「よし、ならば準備に取りかかるか」


 彼が眠りにつくのは、もう少し後のことになりそうだった。

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