第40話 小太郎の『帰京と嫁現る』
永禄12(1569)年8月下旬 薩摩国黒島
風間小太郎
北九州制圧後、新政の始まりを見届けて、松平家康殿に引継ぎのために、黒島へ寄った。九州全土の新政は、家康殿が指揮を取ることになっている。
久々の黒島だったが、そこには期待した者の笑顔が見当たらなかった。佳奈の笑顔だ。
長兵衛に尋ねると、ちょっと首を捻って、『もしかしたら、嫁入り前の行儀見習いに行ったのかも知れませぬなぁ。』との答えだったから、びっくりした。
そうか、佳奈も嫁に行ってもおかしくない年かと納得し、少し寂しさを覚えた。
「小太郎殿、お久しゅうござる。」
「家康殿、無事終わったようですね。」
「ああ、だがこれからですな。戦いは終わらせましたが、国造りはこれからですぞ。
九州の新政はお任せくだされ。小太郎殿には、朝廷、寺社、そして政の府を整えて、貰わねばなりませぬ。
儂は何も心配しておりませぬぞ。
どのようなものであれ、人がやることは、同じですからな。はははっ。」
「家康殿、九州の地は早くから南蛮と接し、南蛮の宗教であるキリシタンの信者も少なくありませぬ。
どの神や仏を信じようが、それは止めなれぬし止めてどうなるものでもありませぬ。
しかし、皆で暮らす世には、罪の決まりがありまする。人殺し、暴力、差別、虐めなどの他人を貶めること。盗み、詐欺、強姦などの他人の意思を踏みにじること。これらを犯すものは、罰を与え改心させねばなりませぬ。
これに反する宗教の教えは、神や仏ではなく、教えている人間が間違い嘘を掃いているのです。
神や仏が人に害をなす、はずがないのですから。」
「そうじゃな。一向衆しかり、本願寺しかり、キリシタンも例外ではないか。」
「キリシタンも宗派があります。カトリックという旧派と、その腐敗を非難して別れたプロテスタントなど。イエスの教えに人殺しなど禁じているのに、戦争はいいなどと平気でいる宣教師らは間違いなく、地獄へ参る者達です。信用などできませぬ。嘘をつかぬでも都合の悪いことを隠しますから。」
「あい分かった、布教は認めるが人殺しを良いなどと教えたら、神の教えを歪め人殺しを勧めた罪で死罪だと言おうぞ。」
家康殿と話して、外へ出るとつまらなそうにしている寛太がいた。寛太も14 才、そろそろ島の外に連れて行ってもいいかな。
「寛太、俺と島の外に行ってみないか。一緒に世の中を良くし、人助けをするぞっ。」
「えっ、連れて行ってくれるのっ。ほんとだねっ。行くっ、行きますっ。」
寛太の両親は、島の漁師だが果樹園の世話もしている。びわ、蜜柑、梨、葡萄の果樹も去年あたりから、本格的に収穫ができるようになり、薩摩で評判になって高値で売れているという。
寛太の下には、妹と弟がいるが、もう手の掛からない年になっている。
寛太の両親に、俺が寛太を預かりたいと言うととても喜んでくれた。寛太は男の子だから、島の外へ出してやりたいと考えていたそうだ。戦も終わった今、俺に預ければ安心らしい。
内政君は、梨や葡萄、それに温室栽培の、バナナやパイナップルの熟す少し前のものを母御に土産できて、喜んでいる。
子らと一緒に浜で貝や蟹を採って、浜焼きも満喫したらしい。
わずかな量だったので、護衛の者らは指を咥えて見ていただけだと、ぼやいていた。
相当に、美味そうだったみたいだ。
別れの前の日、兵士達たっての希望で浜で浜焼きの宴会を開いた。島の者全員で地引き網をやり、採れた魚を刺し身にしたり、焼いたり鍋にして堪能した。子らが籠や仕掛けで採った海老や蟹も食べられて、兵士達もご機嫌だった。特に島で作った麦と芋の焼酎が中々の味だったようで、兵士達に褒めそやられて、長兵衛達、島の者らもご機嫌だった。
そして俺たちは黒島をあとにした。島を離れるにあたり、長兵衛から結構な荷物を預かった。なんでも、母上に届けてくれと。
帰路は、船と鉄馬車だから大して苦にはならぬが、行李が8つもある。解せぬ。
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永禄12(1569)年9月中旬 京都二条風間館
風間小太郎
帰路、四国の土佐で内政君を降ろし、挨拶もそこそこに再び船上の人となり、京の都へと帰って来た。なんだか、気がせいたのだ。
護衛の者達に大量の荷物運びを、手伝ってもらい、寛太を引き連れて京都二条館に帰って来た。
「父上、母上、皆、小太郎、只今帰りましたっ。」
本丸の玄関で大声を上げると、たったったっと、まず最初に未来が駆け寄って来て、飛び着いて来る。そして、ぞろぞろと家臣達も顔を見せ、母上と父上もやって来た。
「おお、小太郎。無事に帰ったか。」
「まあ、しばらく見ないうちに、また男らしくなったわね。お帰り小太郎。」「」「」
「ち、父上、、」
「お帰りなさいませ、兄上さま。」「」「」
「はあ? 佳奈、だよなあ?」
「そうよ小太郎。長兵衛さんから荷物を預かったでしょう。あれ佳奈ちゃんの荷物なの。あなたの妹だから、優しくしてあげてね。」
「未来にお姉ちゃんできたの、いっぱいあそんでくれるんだよ。」
「小太郎様、驚きの最中恐縮ですが、お連れの男の子はどちら様で。」
「あっ、この子は黒島から連れて来た寛太だ。俺の近習として預かった。皆、よろしく頼む。」
「寛太、また一緒ね。知ってる者が来てくれて嬉しいわ。」
「寛太です、よろしくお願いします。
佳奈、さ、まも。」
「あら、今までどおり、ちゃん呼びでいいのよ。」
「小太郎、ぼんやりしてないで部屋へ行くわよ。寛太くんも疲れたでしょ。さあさ、上がって、上がって。」
それから、風間家の居間で、佳奈と寛太が加わった家族で、離れている間のでき事を話し、すき間を埋めたのだが、佳奈が昔から、そこにいるように自然なのが、なんとも不思議だった。未来は寛太にもすぐに打ち解けてちいにいと呼んでいた。
なんか違和感あるのは、俺だけみたいだ。
「小太郎、佳奈ちゃんはね、女の子なのよ。だからね、年頃の娘になったら一人で暮らすのは危ないの。わかるでしょ。だから、母が引き取って守ってあげることにしたのよ。
小太郎も手伝ってね。」
「そうか、そうだね。俺の配慮が足りなかったよ、母上ありがとう。」
「ねぇ小太郎、いっそ佳奈ちゃんをお嫁さんにしない?」
「えっ、えっ、母上っ、落ち着いてくださいっ。」
「なによ、慌てているのは小太郎でしょっ。
小太郎も23よ、お嫁さんを貰っても不思議じゃないわ。たぶん、何人も押し付けられるわよ。覚悟はできているの。」
「えっ、えっ、あっ、そうか。今のままじゃ、断る理由がないってことか。
う〜ん、そうだね。知らない嫁を貰うより、知ってる佳奈の方がいい。
でも、佳奈がいいって言うか。」
「佳奈ちゃん、あなたはどうなの。」
衝立の陰から、佳奈が出てきた。
「えっ、えっ、佳奈。そこにいたのか。」
「小太郎様の嫁なら、喜んで。でも私のような田舎娘で良いのでしょうか。」
「ほら、小太郎。答えなさい。」
「えっ、あっ、うむ。関係ないよ、俺は佳奈が好きだ。嫁になってくれないか。」
「はい、なります。ならせていただきます。」
「「「うふふ、ははは、ほほほほっ。」」」
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永禄13(1570)年1月 京都御所内裏
風間小太郎
帝ご一家が内裏にお戻りになって、新年を迎えた。公家衆は各地に散って、新政を築こうと努力している。
新年の祝賀の宴の最中、帝に呼ばれ別室へ誘われた。
「小太郎、ここまでの働きご苦労であった。改めて、礼を申す。
時に一つ頼みがあるのじゃが聞いてくれぬか。」
「頼みとは、なんでございましょうか。」
「ほかでもないのじゃが、娘の永高のことじゃ。行く末を案じておるのよ。
小太郎、そちが娶ってくれぬか。」
「お断り致します。俺には既に娶る約束をしている者がおります。」
「ふむ、二人いても構わぬではないか。」
「お断り致します。どうしもと言うなら、、帝や朝廷との関わりは、これまでとさせていただきます。」
「それほど、嫌う理由はなんじゃ。」
「帝は飾りでなければなりませぬ。権力を振るっては、朝廷が殺りくの舞台なります。
今、俺が新政の牽引者となっておりますから、俺が朝廷に関わりを持てば、俺の周りに権力が生まれます。
そうなれば大化の改新の頃に逆戻りです。帝はせっかく戦乱を終わらせたのに、また、戦乱の世を生むつもりですか。」
「そんなつもりはない。だが、親として娘の行く末を案じておるだけじゃ。」
「では、帝をお辞めなされよ。帝は人にあらず。神として奉るもの。
酷いことを申しますが、女王様方は寺へ、行くはずではございませんでしたか。」
「それは、朝廷に財がなく仕方なくじゃ。」
「今は財があると?だから降家できると?」
「いや、財は慎み迷惑を掛けぬ。そちならば
永高を幸せにしてくれると思うたまでじゃ」
「それは帝としては、政を何も考えぬ安易で愚かな判断です。おそらく公卿衆も同じことを言って来るでしょう。そうやって、過去に権力を作って来た者達ですから。
だが俺はそれを許しません。戦乱を起こす大名と同じく、根絶やしにします。
帝以外は、ただの人ですから、己の欲望を権力を望む者は、民の敵です。」
「帝、なぜ俺なのです。帝も俺を娘婿にして朝廷に忠義を持たせようと考えたのではありませぬか。
ならば、その考え、今この場でお捨てください。でなければ、俺はこの国から、朝廷を無くさなければなりません。
繰り返し申します。帝は民のお飾りにならねば、未来はありませぬ。
権力は民に任せ、帝の周りに権力を近づけてはなりませぬ。」
「そうか、浅はかであるか。」
「帝、女王様方のこと。方法があります。
降家ではなく、平民に養女に出しなされ。
さすれば、平民の婚儀になります。」
「なるほど、政略結婚の逆か。権力と結びつかぬようにするのじゃな。娘らの幸せのためには、その方が良いか。」
「帝、娘様のこと。うちの母にお任せください、母ならば、良き婿殿と巡り会わせられるものと思います。」
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