第25話 四国騒乱『戦乱の灯火』
永禄11(1567)年5月中旬 土佐国中村館
土居宗珊
若殿とその代理を務める風間小太郎の情けで、隠居出家することで命を助けられ、家督の承継も許された旧三家老達が不穏な動きをしておる。
各々の旧臣達に、代々の功績で得た領地の有無を言わせぬ召し上げや武家の行く末などの不信を煽る文を撒き散らし、長宗我部家の脅威を煽り、小太郎殿や一条本家の介入を排除すべしという内容だ。
ところがその文は、皆、儂のところへ届いておるのじゃ。新政が始まり、見る見るうちに領地領民が豊かになって行くのを見れば、誰も賛同などせぬことを理解しておらぬ。
困り果てておるのは、家督を継いだ現当主達だ。親を殺める訳にも行かぬし、主命もなしに勝手はできぬ。
儂もどうしたら良いか困り果て、小太郎様に申し上げると三家老達を館に連れて参れと仰せになった。それで兵を遣り、連れて来たのだが。
「土佐一条家 家老羽生監物。同じく、為松若狭守、安並和泉守。
その方らまだ目が覚めぬのか。『ドサッ』その方らが家臣らに出した文だ。みな困って差し出して来ておるぞ。」
「 · · · · 。」
「明らかな主家への反逆だ。切腹を申しつける。」
「ふん、主君の虎の威を借る逆賊めっ、切腹などできるか。討果してみよっ。」
「そうか。一同出ませいっ。」
そう言うと、周囲の襖が開け放たれ、三家老の娘や孫達が襷鉢巻姿で、薙刀、槍を構えて現れた。
「な、なんと、その方らこの儂を討ち取るのか。」
「父上、我ら一族を蔑ろにし、無碍の民達を踏みにじろうとすること。許せませぬ。」
「お祖父様、お祖父様は我が為松家の恥。
父上に親殺しの汚名は着せられませぬ。
代わって、この龍丸が討ち果たしまする。」
「お父上っ、主君の温情を仇で返す武士にあるまじき行為。この櫻子が首を跳ねて差し上げまするっ。」
小太郎様が三家老に話し掛けられる。
「これが貴殿らの一族の総意。これでもまだ
虎の威を借る逆賊と申されるか。
親や祖父を殺めなければならぬ心情が分からぬと申すのか。」
「 · · 、儂らが間違っていたのか。」
目に涙を浮かべて斬り掛かった元服前の孫の刀を手で受け血を流した安並和泉守が声を上げた。
「待て、夜叉丸。切腹致す、介錯を頼む。」
そう言って、懐に隠し持っていた短刀で腹を刺した。夜叉丸がそれを涙ながらに首を跳ねようとするが浅い傷しか与えられず、見かねた母親が薙刀で首を跳ねた。
「儂も親殺しなどさせぬぞ。キリ、介錯を頼むっ。」
続いて、羽生監物が腹を召し、為松若狭守も遅れず切腹した。
そして、俺の横でこの様子を震えながらみていた当主内政君が、掠れながら声を掛けた。
「みな、すまぬ。おれに、とくがないから、すまぬ。すまぬぅ。うぅぅ。」
「いいえ、若殿。父上達は、最後は武士らしく自害を遂げました。若殿、私どもは若殿を支えられるよう、もっともっと努めますから、若殿は立派な主君にお成りください。」
こうして家中のお家騒動は治まった。いやこの顛末が広まり、家中の女子供も家臣らに物申すようになり、家中の結束がより強まったのである。
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永禄11(1567)年6月上旬 伊予国大洲城
宇都宮豊綱
土佐一条家が倍する長宗我部の軍勢を完膚無きまでに破り滅ぼしたこと。
農民兵達が逃げ出して降伏すると咎めもなく村々に帰され新政の普請に駆り出されていることなどが瞬く間に四国一円に広まった。
ここ伊予では、今までにない遥かに良い道具による普請が行われ、新たな食べ物や綿の衣服、生活用品などが安価で豊富に出回り、近隣の商人達が群がって来ておる。
農作の他に収入のない他領地の農民達も、我が領の普請に稼ぎに来て、品々を手に入れて喜んでおる。
この事態に慌てた河野家、西園寺家らが俺に臣従の取りなしを頼んで来たが、小太郎様から申し渡された臣従の条件は、当主一族の成人男子、及び重臣の切腹である。
降伏した際の条件と変らぬ。すなわち滅亡か降伏か選べと言っておるのだ。
『民を護る気概があるならば、この条件を受け入れるであろう。しかし自分らが大切ならば受け入れぬ。』
小太郎様は、この条件を踏み絵になさっておいでなのだ。民を思う気持ちがあるのか。
そして、河野家、西園寺家も臣従を申し出ぬまま時が経ち、小太郎様が見えられた。
それが軍勢を率いてではなく、わずか30人ばかりの大砲2門と騎馬兵の護衛を連れただけでだ。
着いたその日に、騎馬兵達は河野家の領地の村々を回り、自分達の領地を新政にしたいなら、自分達の手で勝ち取れと触れ回った。
そして、新政を勝ち取りたいと申し出た村々には槍や刀を下賜され、3日後に一斉に蜂起するよう命じられた。
3日後、朝から村々の農民兵が続々と集まり、領主の居城湯築城へと進軍を開始した。
途中にある城は、2門の大砲で城門を破壊され、櫓も郭も砲撃で炎上し、逃げ出すように打って出た城兵も農民達の槍衾になす術なく倒された。
どこの城も農民兵がいないのだから、武士だけの兵数など、100か200しかいない。
湯築城に近づくに連れ農民兵の数が増え、5千までは数えたが多すぎて、数え切れなくなった。
湯築城まで5里と迫った時、幼い子を抱えた武士と従者が我らの前に進み出て来た。
「お頼み申すっ、お頼み申すっ。これなるは河野家次期当主牛福丸にござる。
軍勢を率いるお方にお目通りを願いたいっ。」
幼い子を抱えるその姿に、農民兵達も道を開け通して来た。我らの前に来た三人は膝まづくと話し始めた。
「これなるは河野家次期当主牛福丸にございます。某はその父、河野通吉にござる。
牛福丸は来月には河野通宣殿の養子として
河野家の当主となる身。しかしまだ政に口出すことできませぬ。できませぬが、此度河野家の一族存亡の危機を見逃せず罷り越しました。
牛福丸家督継承の折は、帝に身命を賭してお仕え致す所存。どうか家臣達の命をお救いいただきたくお願い申す。」
「分かりました。しかし家臣ご一同の存念聞かねば分かりませぬ。城まで同道して貰いますよ。」
農民兵達がぐるりと湯築城を囲み、2門の大砲が大手門に狙いを定めたところで、小太郎様が大音声を上げた。
「河野家の忠臣に申すっ。ここにお前達を助けたいと、牛福丸殿と父御が来ておるっ。
しかしっ、降伏の条件は変らぬっ。
だが、幼い牛福丸殿だけは助けてもよいっ。
自分の命と引き換えに、牛福丸殿を助けたいと思う忠臣は、刀を捨て城から出よっ。
100まで数えて待つっ。」
「一つ、二つ、三つ、· · · 、」
初めに数人の老臣達が姿を見せる。
「 · · · 、81、82、83、· · 、」
「慌てた様子の家臣達が30人ばかり、飛び出して来た。」
「 · · 99、100。攻撃開始っ。」
城を出て来た家臣達は、牛福丸殿の側に集められ事態を見ている。
小太郎様は、構わず城攻めを命じ、大砲が大手門を打ち砕き、さらに城内に撃ち込まれ城が炎上する。
しばらくすると、白旗を掲げておるが武器を持ったままの者達がぞろぞろと出て来た。
小太郎様の護衛の指揮官が、武器を捨てよというがそのまま進んで来る。それで鉄砲兵が銃撃すると走り出して、掛かって来た。
だが、身構えた農民兵達により、次々と討ち取られて行った。
小太郎様が振り向き、牛福丸殿と側に並ぶ家臣達に言葉を掛けた。
「これにて、河野家は滅んだ。以後は牛福丸殿とお前達が帝に臣従して、領民のために、新政を行うのだ。よいな。」
城にいた女衆や子らは、近くの寺に逃げており無事だった。
小太郎様は、彼女らに住居を与えると、各々彼女らができる仕事を与えられ、新政にお加えになった。
同じ伊予の西園寺家だが、俺達が河野家を攻めている同じ頃、一条家の津野定勝殿率いる西園寺領の農民達に攻められて滅ぼされたそうだ。
津野殿も大砲4門と率いた手勢は、わずか50人しかいなかったそうである。
また、これを知った阿波の三好康長、讃岐の十河兄弟ら三好一族は、中国で強大勢力となった毛利家を頼り、四国から逃亡した。
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永禄11(1567)年6月上旬 瀬戸内の海上
三浦高明
「よいか、小太郎様が四国を平定される間、
毛利に手立しをさせてはならん。
皆、思う存分暴れ回るのだっ。海賊の本領を発揮しろっ。」
「「「おおっ。(任されましたっ。)」」」
今回、15隻のキャラック戦には、4門のフルカノン砲を積み込んだ。その射程は常備の半カノン砲の4倍で2kmもある。
これだと、敵の安宅船や関船が近づく前に攻撃できるし、海上から付近の城にも砲撃可能なのだ。
そのフルカノン砲の砲弾を満載した3隻で構成する5船団と、俺のガレオン船『天城』と捕獲したガレオン船を改装した『金山』で伊豆下田湊を出て行く。
ただ厄介なことは『金山』には元将軍家の足利義輝様がお飾りだが艦隊将軍として座乗されていることだ。艦隊将軍とは何ですかとお尋ねしたら『ただの飾り名じゃ気にするでない。』と言われた。
まあ、艦橋に立ちたかっただけだと思う。
下田を出港して2日目に安芸沖に着いた。『天城』と『金山』の役目は、ここに居座り毛利を牽制することだ。各所の襲撃はキャラック船の艦隊が行う。
お気楽な義輝様はこの機会にと厳島神社に参拝に行かれてしまった。
護衛に鉄砲隊200人を付けたから大丈夫とは思うが、ここは敵地なのですぞ。全くっ。
夕刻に3艦隊が集まって来た。艦隊長から戦況を聞く。
「第一艦隊は、広島湾内の大小の船の掃討を終えましてございます。明日は沿岸の城に砲撃を加える予定にございます。」
「第二艦隊は、因島、能島周辺の毛利に従う水軍衆の船を退治して回りましたが、島々が多く隠れる場所に事欠かない場所にて、明日も引き続き退治して回りまする。」
「第三艦隊は、備中の瀬戸内に突き出ししておる半島にある下津井城を破壊し、周辺の水軍衆の船を退治して回りましてございます。
明日も引き続き退治して参りまする。」
「第四艦隊は、肥前沿岸部の漁港を回って、目ぼしい関船と沿岸の城に攻撃を加えて来ました。粗方片付いたとは思いますが、明日も引き続き回りまする。」
「第五艦隊は、広島湾外と周防沿岸の水軍の船を掃討して回りましてございます。大半は九州方面に逃亡しており、明日は制海権の確保に努めまする。」
「皆、ご苦労。我らは四国制定の間、現場の海域の制海権を確保する。そしてまた、毛利勢が反撃に出るようであれば、これを撃破する。間諜との連絡を密にせよ。」
「「「「「はっ、((承知っ、))」」」」」
それから3日後、毛利の軍勢が厳島神社沖に居座る我ら『天城』と『金山』を目差して小早や漁船の軍勢で攻撃をして来た。
「おお、仰山来よるわ。まるで蟻の群れのようじゃなっ。はははっ。」
「義輝様、艦橋からお出にならないでくだされ。近づいた敵の流れ矢が飛び交い、危険でありますれば。」
「分かっておる。晋三、そうガミガミ言うな。儂は子供ではないぞ。」
毛利家は、小舟200隻余りを連ね、周囲を囲むように迫って来た。『天城』と『金山』は錨を下ろし、90度の角度で待機した。
そして砲撃を開始。最短距離で迫る船群に対して、2隻から狭差の砲撃が飛び交う。
その破壊力は凄まじく、当たらなくても近接弾の上げる水柱の余波で、数隻が転覆する。2隻は向きを変えながら砲撃を続ける。
そして、接近して来た小早には高い船上から、銃撃と焙烙玉が浴びせられ、たちまちただの流木と化して行く。
1刻後には、30隻に満たなくなった毛利の小舟がよたよたと本土に向かっていた。
あれっ、なんかまだ散発の砲撃を続けている奴がいるなぁと思ったら『金山』の甲板で指揮をとっているのは、義輝様じゃないか。
はぁ、金山の船長の晋三が、戦より苦労しているのが目に浮かぶわっ。




