第20話 朝廷対策『征夷大将軍返納』
永禄9(1565)年12月下旬 京都内裏紫宸殿
風魔小太郎
俺達が九州全土で暴れ回った倭寇の甲斐あって、ポルトガル、イスパニアの船の寄港は途絶え、大名達は海岸の防備に追われて、大名の戦も停滞した。
これで一先ず九州での倭寇は、高明配下の者達に任せて、ガレオン船と増援艦隊は伊豆へ帰る。
次なる作戦のために。
艦隊の帰路、俺は伊勢沖で落ち合った関船に乗り換えた。堺湊から都に行くためだ。
関船には、風魔忍びの間諜の頭、藤原靖国が足利義輝様の朝廷への文を持参していた。
その文人は、征夷大将軍を辞去するとの内容の文である。
堺から京の都に着いた俺は、師走の慌ただしい中、征夷大将軍足利義輝様の使者として内裏へ参内した。
謁見したのは関白近衛前久であった。義輝様からの書状を見るや、驚愕して俺に問うてきた。
「義輝殿は、血迷うたのか。朝廷から任されておる政の大事を投げ出すとは、如何なる所存なるか。」
「足利幕府の幕臣達は、管領も守護も謹慎達も、もはや将軍家の命を聞きませぬ。
それでありながら、幕府の権威を盾に好き勝手をしております。
そのような幕臣の身分を無いものにするには、足利幕府をなくすことが相応しいとの義輝公のお考えであります。」
「なんと、しかしその後はどうするのじゃ。誰が政をするというのじゃ。」
「お覚悟なされませ。朝廷がなにも為さず、生き延びられるなどとは、思わぬことです。
今は戦国、下剋上の時代であります。戦国大名が競い争い、寺社もまた独自の道を歩んでおります。
国家存亡の時に、役に立たぬ朝廷など無用にございます。」
「そちらは、何を考えておじゃるのだ。幕府を無くして、戦乱を助長するばかりではないのか。」
「朝廷は、帝は、今の世を如何に思われていますのか。遥か律令の時代より、公卿貴族が栄華を慾り、政を武家に委ね、自らは血を流さず、土豪にも等しきものになり下がっておるのではないですか。」
「 · · · 帝は、憂いておじゃる。日々、帝の子たる民の命が失われて行くことを。
しかし、朝廷には武威もなく、如何ともし難いのじゃ。」
「それは、覚悟のない負け犬の言い訳です。建武の新政の後醍醐天皇は、新生に失敗はなされたが、最後まで戦われました。
今の帝も、公家衆も自らは戦わず、哀れと嘆く者達ばかり。そのような者は滅びて当然かと思います。」
「そちは、我らに如何にせよと言うのじゃ。いったいどうせよと。」
「もし、戦う気があるなら、帝の子である民を亡きものにする大名を、賊徒と断じてください。そして戦うならば、義輝公が錦の御旗の下で賊徒を討伐致しましょう。
もし、事が成った時、新しき幕府は作りませぬ。帝の親政を行います。その際、戦わずにいた公家は断絶、その覚悟をお持ちください。」
「わ、わかったのじゃ。儂の一存では返事はできぬ。暫しの時を与えてたもれ。儂が主上の覚悟を確かめて参る。」
それから4日後、俺に官位が下され内裏に参内することになった。
足利義輝公 家臣 風間小太郎 従四位下伊豆守。(後で父上に駿河守を貰わなくっちゃ。)
「そちが将軍の使者か。」
「風間伊豆守、直答を許す。」
「はい、風間小太郎と申します。」
「此度のこと、関白から聞いた。しかし、我らの身は安全か。」
「帝のお命だけなら、危害を加える愚か者はおりますまいが、人質として幽閉する者など現れるやも知れませぬ。」
「伊豆守、しからばどうすると言うのじゃ。」
「暫し皆様を隠し奉りまする。」
「何処へじゃ。主上に下向させるつもりか。」
「行き先は、言えませぬ。お命が狙われてはなりませぬ故。しかし、南朝のような不憫はお掛けしませぬ。」
「それに我ら公家が同行すると言うのじゃな。」
「いいえ、公家の皆様は各々に身を隠されなされませ。それが戦にございます。」
「それは話が違うではないか。我らの身を守らぬとは話にならぬ。」
「公家の皆様は、帝をお守りする方々ではありませぬのか。多勢で帝に纏わりついて、帝の身を危うくしてなんとするのですか。
それに、公家の皆様が亡くなられても朝廷は無くなりませぬ。守るべきは帝にございます。」
「 · · · 先頃、将軍家が襲われました。
内裏が襲われぬ保証はありませぬ。
ご決断ください。俺は暇ではないのです。
帝に戦う決意があられるなら、一緒に戦うと申したまで。公家の皆様はどうでも勝手になさるとよろしい。」
「伊豆守、朕は参るぞ。そなたらと共に我が民を亡き者にする賊徒と戦うためにな。
用意をしてたもれ。いつでも出立する。」
「では、2日後の夕刻にお迎えに参ります。公卿の皆様、このことはご家族にも他言無用。漏れれば皆様の命、亡きものと承知ください。」
それから二日後の夜が更けた頃、内裏から数台の馬車が出て行った。馬車の行くては、眩い明かりで照らされ、地面は昼のような明るさであった。道で出会うた者も百鬼夜行かと恐れ逃げ去った。
夜を徹して走り続けた馬車は、明け方摂津の海岸に着き、そこから沖で待つキャラック船へと一向を運んで行った。
帝と親王や女房女官の方々40人ばかり。
船は一路伊豆諸島三宅島へと向かった。
✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣
永禄9(1565)年12月30日 伊豆諸島三宅島
風魔小太郎
この日、帝のご一向を三宅島にお迎えした。島流しかと危惧されないよう、三階建ての広い洋風のリゾート別荘を用意して、お迎えしたのだ。
芝生の庭には、椰子の木やパイナップルの木が植えられ、洋風の東屋があり、各部屋は海に面した極上の景観だ。
島民の居住地とは隔離された場所で、警備も万全を帰している。
さっそく夕餉の席に義輝様がやって来た。
「主上、一瞥以来にござる。ご尊顔を拝し、この義輝、無上の喜びにござる。」
「おお義輝か、驚いた。世話になるぞよ。」
夕餉の食卓は、円卓のテーブルに椅子席で
海の景色を望む二階の室内テラスだ。
ちょうど夕陽が海に傾き、素晴らしい景色を見せている。
夕餉はビュッフェスタイルで、鯛や鮃、鯖、さざえ、鮑、伊勢海老の刺身やお寿司、焼き魚や煮貝、海藻のサラダ、根菜のポトフ、クリームシチュー、イノブタのビーフシチュー、甘納豆の赤飯や栗のおこわ、その他の料理で溢れている。
もちろん、澄酒や麦焼酎、葡萄酒に果実のジュースもある。
「主上、温かいご飯がこんなに美味しいなんて、内裏に来て以来ですわ。」
「お局様、生のお刺身やお寿司なんて、生まれて初めてですっ。わさびと醤油がとても合います。」
「海藻もいいけど、トマトや胡瓜の野菜にいろんなタレがあって美味しいわ。」
「わーい、赤飯の甘いお豆だけほしいっ。」
「やれ、こんな賑やかな夕餉は初めてじゃな。もしかしてこれから毎日か。ははは。」
「主上、2年ご辛抱ください。小太郎が必ず都にお帰しまする。」
「そこは、義輝様が、ではないのですか。」
「小太郎に任せる。儂は、今の自由のままが良い。はははっ。」
「小太郎、ここは良いところじゃ。皆が戦に怯えず良い景色の中で、安心して過ごせる。
帰る頃には、都には帰りたくないと言い出す者がいるかも知れぬぞ。」
「気に入っていただけたなら、良かったです。この島は都より温かいですから、皆様の心と体を休めるには良いかと思います。」
「そうよの、奥の者達は体が弱い者が多いから、ちょうど良いか。」
それから間もなく、朝廷の勅使が大名達に遣わされた。
『此度、征夷大将軍足利義輝が職を辞した。従って幕臣にある者の職は無きものとなる。
新たな征夷大将軍は任ぜぬ。
朕が自ら新政を行う。朕に従う者は今すぐ戦を止め謹慎せよ。』
公家衆は、三河と駿河に分けて庇護した。
放置しても、大名を頼るとまずいからだ。
それに、大名やら旧幕臣の対応をやらせるつもりだ。帝の所在は教えないけどね。




