乙女ゲー界に燦然と輝くクソ乙女ゲーに転生したガチめのゲーマーである俺、ポイント集めてのりきろうと頑張る
「あなたがわたしに微笑んでいる」。2000年発売の家庭用ゲームソフト。
ジャンルは女性向け恋愛シミュレーション、当時大きくはやっていた作品を後追いして、株式会社ウォーターフォールアプリケーション開発事業部がつくった、家庭用のゲームだ。ここはそれ以降、数十作のゲームを出して、それなりのヒットもあるけれど、「あなたがわたしに微笑んでいる」は今現在に至るまで続編もなければ移植もされておらず、配信もされていない。っていうか、存在自体がなかったことにされているっぽい。
この、「あなたがわたしに微笑んでいる」(以下「あなわた」と略す)は、正しきクソゲーだ。
クソゲーといっても色々だ。クソな部分もあるけど面白い、通好み、という意味の作品もあれば、クソすぎて面白いというものもある。
だが「あなわた」は、クソなのだ。
まず、面白くない。
「中世ヨーロッパふう」のウールシュケル王国というところが舞台で、主人公は平民の少女。平民だというが、スチルでもムービーでもかがやくような美貌なので、街なかでは浮きまくっている。
その子が前々王が70すぎてつくった娘だったとわかり、宮廷に呼び出される。
そこで主人公は、王女としての教育をうけることになる。ちなみに今の王さまは、彼女の年の離れた兄の孫なので、彼女は王さまの大叔母にあたる。
攻略対象は、やたら詩的なきらきらイケメンの第一王子、ショタの第二王子、尊大なメガネ(宰相である侯爵の息子)、最年少の騎士団長(こいつが馬にのっているシーンをついぞ見たことがない)、遊学中の隣国の王子(変わり者設定なのにその設定が死んでる)、宮廷道化師(ヤンデレ)。
ここにまずクソな部分がある。攻略対象が最初の段階だと、明らかに主人公に対して上から目線なのだ。ほかはともかく、メガネと騎士団長はお前不敬で首が飛ぶぞと心配した記憶がある。
ついでに、メイン攻略対象である第一王子だが、エンディングで「君とこうやってしあわせになることを前の妻も喜んでいるだろう」とのたまう。どうやら離婚して主人公をとったらしい。衝撃にも程がある。
ミニゲームは面白いのだが、ミニゲームでパラメータを上げまくって全部MAXにしても、特定の条件(対象キャラ全員と偏らずに一定以上なかよくする、遠征でひとりも敗走させずに全部勝つ、お茶会イベントみっつ以上に王さまが出席している、など)を達成していないと、正統エンドである「女王エンド」にすすめない。反対に、ミニゲームなんてしなくても条件さえ達成すれば女王になれる。頑張って鍛錬していれば女王になれるかもしれないと取説に書いているので、男そっちのけで鍛錬してたのに「他国へ嫁ぐ」エンドになって「は?」と思ったひとも多かったらしい。
まあ、女王エンドも、「好きなひとと結婚して女王になる」というものなので、どうやら男系継承らしいウールシュケル王国で王家とまったく関わりのない道化師が女王の伴侶になったりするのだが……。
ゲーム性もよくない。
セーブできる場面が少なすぎるのだ。
四日間ひとつの鍛錬(ミニゲーム一回)をして、その後の一日にお茶会などの避けられないイベント(パラメータが上がるのでよしとする)がはさまり、ふつかの休みがある。これが基本のスケジュールだ。
休みの間は自習したり、街へ出て買いものしたり、デートしたり、なかよくなったキャラに個人教授してもらったりする。
のだが、セーブできるのは休みが終わって次の四日間の予定を立てる段階のみ。後はロードしか無理という地獄の仕様だ。
一応、この年代のゲームにしてはめずらしく、クイックセーブ&クイックロード機能はついている。ただし高確率でバグる。体感、25%といったところか。四回に一回はバグるのだ。それも、運が悪いとゲームのセーブデータそのものが破壊される。そんな自爆スウィッチみたいな機能、誰がつかうか。
それに、イベント発生がランダムすぎる。
休日や平日に、行く先々で攻略対象や王さま王妃さま、モブキャラなどに会うのだが、完全にランダムなのだ。誕生日設定や血液型設定(中世ヨーロッパふうでどうしてABO式血液型がわかるんだよ)ができ、そこから相性というものが割り出されているのにもかかわらず。
ついでに、キャラごとに好きな場所や好きなものが設定されているのだが、それはデートの時にプレゼントしたりデート場所として提案すると親密度が上がるというだけで、そのキャラが好きな場所へ行ってもモブのおっさんとのなんでもない会話がはじまったりする。情報くれるんならともかく、「今日はいい天気ですじゃ」みたいなのはまじで殺意を覚える。ロードしたらミニゲームからやりなおしなんだぞ。
こんな情況なので、「親密度200以上の時、休日午前に酒場で発生」みたいなイベントが、お目当てのキャラが来ない為にリアルで二時間リロード続けてやっと起こるみたいなあほなことになる。
更にだるいのが戦闘パートだ。
主人公はそれぞれのキャラと一緒に遠征に行ける。道化師とか隣国の王子がどうして一軍任されるんだよというつっこみどころだ。どっちも戦闘力が高いというか、後述する理由で戦いに向いているので仕方ない。のみこんでほしい。この辺りは、設定との矛盾がないので、まあそういう世界だからそういうこともあるよね、と優しく受け容れられている。
ただし、戦闘はだるい。
まず、主人公には攻撃手段がほぼない。「魔法」のパラメータが高いと攻撃魔法を手にいれることができるが、急いでも中盤、もしくは終盤にしか取得できない。
そのくせ、味方キャラ(攻略対象と兵士数人)は勝手に動く。このAIがあほすぎて、一回の戦闘にリアルで30分くらいかかる。敵のAIもあほなので、お互いなにもしない状態が続くのである。主人公は支援しかできないので、めちゃくちゃもどかしい。
しかも味方は、HPが一定を切ると即座に退却する。敗走である。女王エンドの要項を充たせなくなるので、そうなったらゲーム機の電源を落とすことをすすめる。だって、そこから戦闘パートが終わるまで時間がかかるだろうし、戦闘パートの後は攻略キャラが遠征の感想をだらだら喋り、その間ロードはできない。さっさと電源切って、もう一回起動させるのがはやい。
そして、遠征を更にだるく、正統エンドへの道を尚更困難なものにしているのが、「ポイント」という奇妙なものである。
この世界には「ポイント」というものがある。これは、いいことをしたりすると与えられる。後は、他人の賞賛もポイントにかわる。意識してポイントを与えることはできない。
で、この「ポイント」、魔法や特殊な技のリソースになっているのだ。
つまり、「ポイント」を持っている人間ほど、戦闘で有利なのである。
そして、遠征でモンスター退治をすれば、王国の人間が喜んで無意識でポイントをくれる。だから、また遠征へ行ける。
これが罠なのである。
主人公はミニゲームでいい成績をとるとポイントがもらえる。それから、イベントをこなすことでももらえる。このイベントでもらえるポイントはかなりのもので、どうでもいいモブキャラとのイベントが莫大なポイントの源だったりする。まあ時間がかかるからやりたくないんだが。
システム的な問題なのか、主人公はそのポイントで買いものもできる。っていうか、そのポイントでしか買いものできない。プレゼントやドレスを買う金くらい渡せや王さま、と何度きれたかわからない。
エンディングを迎える為には、ある程度以上のポイントを保持していないといけない。取得したことがある、だけではだめなのだ。なのに、最終決戦でポイントがめりめり減っていく。だから、買いものは最小限にしないといけない。
「あなわた」はこの、ゲームバランスの悪さ、操作性の悪さ、キャラ設定の酷さ、パラメータを無視する展開、エンディングの置いてけぼり感、諸々含めて「いらいらさせられるクソゲー」として、乙女ゲーを知る人間の間では名前が通っているのである。字義どおりのクソゲーとして。
ただし俺はこのゲームが好きだ。
主人公に転生なんてことになるまではな。
主人公は正式名称なかったのだが、初めて知った。ミシスだ。ミシス・トリマ。
俺は豪華な鏡張りの壁の前で座りこんでいた。さっき、「礼法」のミニゲーム、隣国王子とのダンスの途中、ミシスは足を滑らせて転んだ。軽く頭を打ったミシスは……俺だ。
前世では、「魔法訓練」のミニゲームが面白すぎて、ひたすら「あなわた」をやりこんでいた、乙女ゲーマーを姉に持つ男子大学生。それが俺である。姉は「こんなクソゲー捨てる」といっていたが、ミニゲームが楽しいので俺がひきとった。
で。
「ミシス?」
隣国の王子、カラ王子が、心配そうに俺に手を伸ばしてきた。俺はその手に縋り、立ち上がる。「も、申し訳ございません、カラ王子」
「いや。気分が悪いのなら、もう部屋へ戻っては?」
カラの言葉には、わずかに面倒そうな調子がある。こいつは遊学という名目で、隣国の政治争いから逃げてきているだけで、別に勉強するつもりはないのだ。そこに突然「王女」があらわれ、年代が近いということで勉強に付き合わされている、不運なやつなのである。
俺は震える、可愛らしい声でいう。
「お付き合い戴いて、ありがとうございます」
「送りましょう」
「いえ、庭でいい空気を吸って参りますので」
カラはほっとした様子で頷いた。俺もほっとしている。口調は自然に、丁寧なものになった。主人公は誰に対しても終始敬語なのだ。
俺はお目付役の女官達をひきつれ、中庭に出て、ベンチに腰掛けた。項垂れると、濃紺のたてロールが目にはいる。ミシスは濃紺たてロールのツインテ、きらきらしたエメラルド色の大きな瞳、通った鼻筋にばら色の唇、すんなり細い首、華奢な体付きの、美少女だ。さっき鏡で見た。
俺はそのミシスになっている。
記憶は段々とよみがえってきた。ミシスのものが、だ。
ミシスは平民の家庭で、ごく普通に、しあわせに育った。両親は森に捨てられていたミシスを拾って、我が子として育ててくれたのだ。両親はミシスにそのことをいわなかったし、弟や妹が生まれてもミシスを差別しなかった。
でも、モンスターが村を襲って、そこに騎士団がかけつけた。ミシスは極限状態で魔法の才能を開花させ、王家にしか伝わっていない光の魔法である「グィーグァ」をつかって、怪我人を癒した。ただ、彼女の家族は死んでしまった。
本来王族しかつかえない筈の魔法をつかえたことから、ミシスは騎士団に拘束され、王都へつれてこられた。そこでひと月間、王都内の修道院へ留め置かれ、その間に裁判があって、ミシスがとある貴族女性と前々王との間に生まれた子どもだと判明。当時の宰相の命令で森へ遺棄されたこともわかり、王さまが各方面へ処分をくだしてから、ミシスは宮廷へ迎えいれられた。
そこで、ミシスは王女の称号を与えられ、その称号に相応しい淑女になるよう、様々な訓練や勉強をこなそうとしている。
さっきのダンスは、初めての「作法」ミニゲームだった。ミシスは田舎の村育ちだ。踊りなんて、お祭りの時にみんなではねまわるやつしかしたことがない。彼女は焚き火をジャンプするのが上手なので有名だった。
ここに来てから、「剣術」、「魔法」、「学問」の勉強はもうしている。どれもミシスには未知のもので、彼女はそれぞれの教官役の攻略対象から呆れられている。
「ポイント」
はっとした。ポイントを確認しよう。
ポイント確認は、この世界では誰でもできることだ。「ポイント確認」
ぱっとウィンドウがあらわれて、ミシスの総獲得ポイントと、現在ポイントが表示された。総獲得ポイントは、癒しの魔法が効いたのだろう、なかなかに高い。だが、現在ポイントはたったの138だった。
どうやら、修道院に居る間に、怪我人や病人を治療していたらしい。相手は意識がない人間がほとんどだったし、ミシスはそういう善行をやったと自慢するタイプではない、というか無口で、こっそりやっていたので、誰もミシスのやったことだとわかっていないのだ。だから、ポイントはごっそり減っている。これじゃあ、二回「グィーグァ」をつかったら、すっからかんだ。
宮廷内では、おもにミニゲームからしかポイントを入手できない。ゲームと違い、鍛錬は楽しいものではなかった。ミシスは文字を読めないから、そこから勉強しているし、読めない文字の羅列を前に叱られながら座っていないといけない時間は彼女には途轍もない苦痛だったらしい。
剣術も、ミシスは華奢なので、まず剣を握ることも難しい。次からは短剣術を、と、最年少の騎士団長、リダラが面倒そうにいっていた。
魔法に関しても、ミシスはポイントが少ないので、基礎論ばかりやっている。所持しているポイントの少なさに、散財したのではないかと王さまからお叱言をもらった。
積んでいる。
ゲームでは、モグラ叩きみたいな魔法訓練が楽しかったのだけど、ポイントを消費しなくてもできた。それなのにこれは、あんまりだ。
ミシスもミシスである。わたし頑張って治療したんだよ! くらいいえばいいのに。
その後俺は、女官達に支えられながら部屋へ戻った。それとなくききだした情報によると、俺がやった治療は、修道院長の手柄になってしまったようだ。修道院長は政争に負けたもと・王子だから、癒しの魔法をつかえるのである。
虚しい。クソゲーなのはいいけど、現実になったら多少は優しくしてくれ。
少ないセーブでさえありがたいと身に染みた。
俺は、なのか、ミシスは、なのかわからないが、とにかく訓練も勉強も、ことごとくうまくいかない。剣術は短剣で自分の手を傷付けるし、文字はなかなか覚えられないし、ダンスをすれば転ぶ。魔法も、ポイントが乏しいので実践ができない。どうやら俺は幾つかの魔法を取得しているらしいのだが、つかってみることができないのだ。
おまけに、いい成績を上げない俺に対する周囲の反応は冷たく、だからポイントは増えない。剣術の訓練で怪我したのを自分で治療したら、残りポイントは2になってしまった。
俺は庭の、ひまわり畑に隠れ、泣いていた。笑うなら笑え。俺だって、もともとはめそめそするタイプではなかったのだ。だが、なんだか訳も解らずクソゲーに転生し、転生したらゲームよりも余程クソで、周囲は冷たいし期待には応えられないし、どうしたらいいのかわからない。泣いたってしょうがないだろ。
今日はお茶会がある。泣いた顔で出席すると、俺に唯一優しい王妃さまが心配するので、とっとと泣きやみたいのだが、うまくいかない。
俺は立ち上がり、ひまわり畑をぬけたところにある泉を目指した。第一王子、エンとの一連のイベントが起こる場所だが、エンとの親密度はきっととても低い。だから大丈夫だ。
そう思ったのに、泉で顔を洗い、かすかに甘くて冷たいおいしい水を飲んでいると、襟首を掴まれて立たされた。「なにをしている!?」
びくっとする。
襟首を掴んでいるのは、ストレートの短い金髪、サファイアみたいな瞳、きらきらイケメンのエン王子だ。
俺は口に含んでいた水をごくんと飲み、ドレスで手を拭いた。エンは険しい顔で、俺から手をはなす。白い服は、俺をひっぱる時についたのか、膝やコートの裾が土で汚れていた。
「ミシス。あなたが宮廷に慣れていないのは理解している。わたしはこれでも、あなたがなじめるように努力してきたつもりだ。父母もそうだ。かような真似をして、父や母の名を汚すことは辞めてほしい」
「はあ……」
なんだかめちゃくちゃ怒っているので、俺は首をすくめた。とりあえず、謝ろう。
「申し訳ございません」
「まったく、女官どもは何故あなたをひとりにしたのか……」
「あのう、こういったところでお水を飲むのは、なにか、礼儀にかなっていないのでしょうか」
同じ轍を踏みたくないので訊いた。もしかしたら、王族はちゃんとコップをつかって水を飲まないといけないのかもしれないし。
エンがぽかんと大口を開けた。
「……みず?」
「はい」頷く。「ここのお水はおいしいので、たまに飲みに来るんです。あ、エンさまもですか?」
エンがどうしてここに来るのか、イベントでは明かされてないけど、エンは歳若いながらも遠征にばりばり行っている武闘派王子だ。鍛錬の最中、咽の渇きを癒しに来ていたのかもしれない。
そう思って訊いたのに、エンはぷっとふきだして笑った。きょとんとする俺を尻目に、エンはどんどん笑いを大きくする。
「み、水を飲みに? そ、そうか、ミシス。あなたはその……」
後は笑いで、言葉になっていない。俺はむっとして、しゃがみこみ、おいしい水をもうひと掬い飲んだ。だってここの水、おいしいし、気分がすっとするんだよな。それを笑わなくったっていいじゃないかよ、既婚王子。
エンはなんだか機嫌がよくなり、俺の腕をとった。「お茶会があるでしょう。エスコートします」
「はあ……ありがとうございます」
断るのはまずいと判断し、エンについていった。エンは静かにいう。
「先程は突然怒鳴ったりして、すまない」
「いえ」
「わたしはてっきり、あなたが命を絶とうとしているのかと思って……」
はあ。
ミシスが針のむしろ状態だと、エンはわかっているらしい。俺は死ぬ気ないけどね。逃げようと思っているが、ポイントが乏しいからそれもできない。
エンは何故だか俺を気にいったみたいで、今度の剣術の授業は自分も行くといってくれた。結構、いいやつのようだ。ゲームみたいなきざったらしい喋りかたでもなかったし。
エンにつれられてお茶会にやってきた俺に、集まった面々は吃驚したらしい。
お茶会といっても、小さなテーブルを数人で囲むようなものでも、勿論お茶室でわびさびを感じるものでもなく、中庭に大きなテーブルを幾つか出して、そこにお菓子や軽食を並べ、王さまと王妃さまが招いた人間が立食パーティをする形式だ。北野の大茶会みたいな感じかなあ。
今日のお茶会は、俺のお披露目も兼ねている。今までは王族の、しかも王さまに近しいひとしか招いていなかったが、今日は騎士団長達や各国から来て逗留しているひと達、大貴族なども含まれている。
エンが俺をエスコートしてくれたのは、俺にとってはラッキーだった。エンはそつなく俺を導いて、国王夫妻への挨拶の時もそれとなくフォローしてくれたので、もともと美少女なミシスにポイントが集まったのだ。といっても、見た目や所作が美しいことではいるポイントはそもそも微々たるもの。120くらいだった。それでも、「ポイントが加算されました」という通達は初めて見たので、ありがたい。
通達を視野の端に捉えつつ、お茶会はエンのエスコートでつつがなく終了した。部屋に戻って、ベッドでごろごろしながらポイントを確認し、初めてのポイント取得ににまにましていた俺は、気付いた。
ポイント画面の下に、「新着ポイント確認」とある。それがちかちかして、新着ポイントがあることを伝えているのはいい。その下に、今まで見たことのない文言があった。「お気に入り登録/確認」「ポイント編纂」。
なにこれ?
「お気に入り登録/確認」。これは簡単にわかった。タップすると、名簿みたいなのが出てきたのだ。一番上に、エンの名前がある。その下には、国王夫妻や、第二王子のドー、隣国の王子カラ、最年少騎士団長リダラ、宰相の息子キアルヴァル、道化師のファル・グリンなど、宮廷内で顔を合わせたひと達の名前が並んでいる。それぞれの名前の前に四角があって、それにチェックをいれ、上部にある「お気に入りに登録する」というところを押すと登録できた。
その更に下には、灰色になった名前欄がある。これはどうやら、知り合いだけれど亡くなっているひと達のようだ。ミシスの家族の名前があった。
お気に入り登録すると、各人の能力や親密度の確認ができる。これは、ゲームだと普通にできていたことなので、あってもおかしくない機能だ。……エンとの親密度、もう300越えてるんだけど?
「ポイント編纂」は、この世界においては相当凶悪な機能だった。
ゲームでいう、「ブロンタナス」という魔法だ。つかったことは一切ない。
自分が持っているポイントを、他人へ渡すことができる。そういう機能だ。
これはもしや、所謂……チートではないか?
ブロンタナスは、全攻略対象と均等になかよくし、遠征で三回以上完全勝利(全員のHPがまったく減っていない状態(回復つかうのはあり)で戦闘を終了する)を達成し、修道院のシスターとの会話を五回以上し、学問で好成績をおさめていると、魔法屋で買えるようになる。ブロンタナスを持っていないと女王エンドを迎えられないので、少々高いが毎回買っていた。イベントでも手にはいるらしいが、面倒&運ゲーなので俺はそっちのルートはやってない。
それを、最初期の今、俺は持っているのと同じなのだ。
ポイント編纂に気付いたものの、俺は日々の勉強にていっぱいで、それを試そうとはしなかった。そもそも少ないポイントをどうして減らす必要があるのか教えてほしいね。大体、お気に入り登録してると相手の所持ポイントもわかるのだが、攻略対象も国王夫妻もとんでもない量のポイントを持ってるんだぜ。寧ろ分けてほしい。
ただ、鍛錬以外の場面でも、俺のポイントは徐々に増えていった。エンからのものかもしれない。毎日2とか3とか、凄く少ないけど、増えてはいっている。剣術の授業も、エンがたまに来てくれるので、そこそこうまくいくようにはなっていた。少なくとも、もう自分の手を傷付けるようなことはない。
それから、俺は唯一、現実でもうまく行くミニゲームを発見した。「窓磨き」だ。
こちらの世界は中世ヨーロッパふうのくせに、がらす製らしい鏡やら、がらすの大窓やらが普通に存在する。一応、海に面した国で材料の砂が沢山手にはいるという苦しい説明はあったが、あんな透明度の高い均一ながらす、ここの技術力でつくれるもんか。
しかし、現実にがらす窓は存在する。そして、がらす窓というのは汚れると目立つ。だから掃除は必要になる。
ゲームでは、すべてのパラメータがほんのわずかだけ伸びるミニゲームだ。例えば剣術をやると学問が下がるなど、ほかのミニゲームにはデメリットもあるのだが、窓磨きにはそれがない。ついでに、大成功するともらえるポイントが大きい。だって、窓が綺麗だったらいろんなひとが喜ぶ。
俺は一番動きやすいドレスを着て、毎朝はやくに大きな窓がある場所を巡り、特に汚れているところを磨くようにしていた。
女官達は見ているだけで手伝わないが、一応王女である俺が窓を磨いているのは、修道院での治療と違い、隠しようがないことである。最初はうまくできなかった作業も、ポイントを消費して脚立やばけつ、窓磨き用の薬などを入手し、手際がよくなっていった。
ちなみにポイントを消費しての買いものは、精霊の店でできる。人間同士ではポイントの譲渡譲受はできないが、精霊はポイントをとっていいと言質をとれば人間からポイントをとることができるのだ。ここの店主がシュピーラグという隠し攻略対象で、ほかの攻略対象全員を一回以上攻略してエンディングを迎えないと攻略できない。
そうそう。こういった「行為」に付いたポイントは、通達ではっきりと「窓磨きによる」などの注釈が付く。容姿が美しいとか、所作が綺麗で感動させたとか、そういうポイントだと、明示されない。だから、窓磨きや鍛錬以外ではいるポイントは、どうして増えたのか推測するしかない。
俺は窓磨きで得たポイントを、窓磨きの道具を集めることに費やした。脚立含め道具運びは女官がしてくれたので、俺は女官達にちょこっとずつポイントを分けてあげておいた。
俺がミシスと同一化して二ヶ月足らず。とうとう、遠征の時期がやってきた。
この時の為に、俺は力をつけ、ポイントをためてきたのだ。窓磨きのおかげで、パラメータははじめと比べればそこそこある、と思う。
さらに、ポイントは5000もたまっている。当然だ。最近は窓磨きだけでなく、靴磨きや床掃除にまで手を出しているからな。ゲームには存在しなかったが、現実だからそういう事柄は存在する。
それがポイントを得るのに有効な行為であるから、王女なのにはしたないとか、そういうお叱りはうけていない。ポイントがないと、魔法や技が役に立たないからな。
寧ろ、少しでもポイントを得ようと、普通は下女や下男がやるような仕事をしている俺に対して、攻略対象達の態度が軟化してきている。だから、遠征に一緒に来ないかと、複数人からお誘いがあった。
だが、俺はエンを選んだ。だって、エンだけははじめっからよくしてくれたし、最初のポイントはエンのおかげでもらえたもん。俺はうけた恩義は忘れずに返すタイプなのだ。
遠征先は、ブン・ナ・シュペーラの密林。王国の端っこにある、魔界と隣接している場所だ。ここから向こうはモンスターの天国で、密林を乗り越えて沢山のモンスターが流れこんでくる。
普段から騎士団が駐屯しているところだが、二ヶ月に一回は大規模な討伐をする。この世界にはにはそういう、魔界と隣接している場所が沢山あって、どこも二ヶ月に一度くらい遠征するのが常識だ。
移動にはワープポ-タルが用いられた。くそ、ここでポイントを1000も消費するなんて、聴いてないぞ。
馬車移動もできるが、時間がかかるし物資の輸送に不安がある。だからポータルをつかうそうだ。こんなのゲームでは出てこなかったが、そういえば大きな国らしいのに端っこまで一日で移動してるのはおかしい。気付くべきだった。
ブン・ナ・シュペーラの密林前には、騎士団が陣営を築いていた。俺とエン、エンの儀仗兵達は、騎士団長と会談し、翌日の戦闘に備えた。
のだが、モンスターも二ヶ月に一度の討伐をわかっていたのだろう。俺達が動くのに先んじて、襲いかかってきた。
寝こけていた俺は、悲鳴で飛び起きた。今のところ、満足に扱える魔法はグィーグァだけ。つまり俺にできることは、負傷兵の治療のみだ。エンからも、密林にははいらないようにといわれている。
テントを飛びだした俺は、エンが儀仗兵達と密林へ走り込んでいくのを目にした。心配にはなったが、どうしようもない。俺は身をまもることすらできないのだ。
「怪我人は?」
だから俺は、声を張り上げた。「わたしが治療します。怪我人はこちらへ運んでください!」
治療はうまくいった。持っている魔法のなかで一番ポイント消費が少ないグィーグァを、俺は数回つかったことがある。おもに、自分の治療でだが。だからまあ、慣れていたのだ。
負傷兵達は次々に元気になり、密林からあふれたモンスターをばったばったとなぎ倒した。治療の結果、俺にも嬉しいのは、ポイントが増えていることである。これは怪我をした兵達の感謝がポイントになったものだ。治療行為による、と注が付いている。
陣営近くが静かになり、最後の怪我人を治療した俺は、密林を見た。エンはまだ帰ってこない。
騎士団長と精鋭の騎士達が密林へはいっていった。じりじりと時間が過ぎ、俺は我慢できずに、密林へ向かって走り出す。「王女殿下!」
騎士達が追いかけてくる。すぐに追いつかれた。
「エンさまが戻りません、もしかしたら怪我をしているのかも」
「しかし、王女殿下を密林へ近付けるなと、王子殿下からの命令です」
「それじゃあわたしが命令します! エンさまのところへつれていって!」
やけくそだが、俺の必死さが伝わったようだ。騎士達は頷いて、ひとりが俺を背負い、密林の奥へと駈けていった。
血の匂いと煙に気付いた。次の瞬間ひらけたところに居て、儀仗兵達と騎士団長、騎士達が必死に、大きな鳥のようなモンスターと戦っているのが目にはいる。
エンは倒れ、儀仗兵達がその前に立って、モンスターの攻撃を弾き返していた。
「エン!」
騎士のせなかを飛び降り、エンへ駈け寄る。俺をここまでつれてきてくれた騎士達は、早速モンスターとの戦闘に加わった。
俺はエンの傍に膝をつき、エンの手を握る。エンは息も絶え絶えで、出血も酷い。白いはずの服がくらい色をしている。
グィーグァをつかった。何度もだ。次第にエンの呼吸が落ち着いていった。
ほっとしたのも束の間、騎士団長がモンスターの攻撃で弾き飛ばされた。騎士達がその穴を埋めるが、誰も魔法や技をつかわない。ポイント不足だ!
俺はメニューを開き、ろくに考えもせずに、この場の全員にポイントを振り分けた。操作をミスって、俺の所持ポイントはゼロになる。
だが、ポイントが増えた騎士も儀仗兵も、魔法や技をつかい、モンスターを後退させる。騎士団長が大剣をモンスターの脳天に叩きこんだ。
が、モンスターはとんでもなくタフだ。けーんと一声鳴いて、囲んでいた兵達を全員弾き飛ばした。
モンスターが俺を見ている。兵達は気を失うか、怪我で動けないかだ。このままでは死ぬ。
「ミシス」
声がした、と思ったら、エンが飛び起きて、モンスターにぶつかっていった。
数秒、間がある。
モンスターが地響きをたてて倒れた。
エンが振り返る。まだ怪我の影響が残っているのだろう、首がすわっていないみたいな動きをする。
「ミシス。わたしの愛……」
そういって、エンは倒れた。
ゼロになった筈の俺のポイントは、何故か2000以上に増えていた。多分、俺に治療された騎士達のうちの、意識を失っていたひと達が、目が覚めてからミシスが治療してくれたと聴いたのだろう。感謝が加算されたのだ。
俺はそのポイントをつかって、その場の全員の治療をした。エンは目を覚まさないが、呼吸は安定し、歴戦の騎士団長も、この状態なら心配は要らないといってくれた。
エンは騎士団長が背負い、俺は快復した騎士のひとりに背負ってもらって、密林を出た。
帰りはワープポータルをつかわない。ポイントの無駄になるから。
だから、馬車に揺られた。同じ馬車には、予備の服に着替えたエンが居る。エンは、治療の礼は云ってくれたが、あれからまともに会話してくれない。
多分、俺に対して愛がどうのこうのといったことを悔いているのだろう。ゲームのとおりなら、エンは既婚者である。この国では一夫一妻が基本で、離婚もかなりはずかしいことなのだ。
民間レベルならば愛人だのなんだのはあるかもしれないが、王族にはそんなことはない。だからこそ、前々王の娘であるミシスでさえ、婚外子であったことから森に捨てられたのだ。
前々王もその相手の女性(ミシスの実の母だ)も死んでいること、前々王は妃を失って以来独身だったこと、相手の女性も結婚さえしたことがなく、更にミシスを生んですぐに亡くなっていることなどから、結婚はしていなかったものの神の前にはずかしくない関係であったと判断があって、ミシスの存在がまともに認められたのである。
だから、既婚者のエンが、ミシスを口説くようなことはしてはいけないし、愛がどうのこうのなんて口が裂けてもいうべきではない。それなのに、複数人が居る場所で(その半分は気絶状態だったといえ)エンは俺に対して愛がなんとかとかかんとかとかいってしまったのだ。このことがもれたら、エンの評判は地に落ちる。
馬車に揺られて数日、王都が近付いた頃、俺は相変わらず黙りこくっているエンにいった。
「エンさま、あのお言葉は聴かなかったことにいたします」
「……ミシス、なにを」
「わたしは立場を弁えています。なかったことにいたしましょう」
そのほうがエンも、そしてミシスも助かる。露見すればエンがそしりをうけるのは当然だが、ミシスだって、エンを惑わせたと評判が悪くなるかもしれない。
だからそう提案したのに、エンは不満そうに顔をしかめ、ぷいとそっぽを向いてしまった。なんだよ、王子のくせに、王家の評判を落としたいのか?
宮廷に戻ってしばらく、エンはまったく俺の前に姿をあらわさなかった。俺は早速窓磨きや靴磨き、床掃除、それからお風呂掃除とトイレ掃除でポイントを稼いだ。掃除は細かいルールもないし、礼儀作法なんて存在しない。綺麗になればそれでいい。だから、気が楽だ。掃除用の薬を買うようになったので、読み書きできる文字も増えたし、動きまわっていると体力も付く。いいこと尽くめである。
宮廷に戻って五日後、お茶会の日だが、今回はお茶会がおやすみになった。かわりに、俺は国王夫妻に呼ばれ、夫妻の私的な居間へ通された。
女官達もその部屋にははいってこない。部屋は、王妃さまがつくったというクッションやぬいぐるみ、繊細なレース編みであふれていた。王妃さまはその凄まじいまでの裁縫の腕でポイントを稼ぎ、遠征では遠距離への攻撃魔法でモンスターを屠りまくっている。
棚やなにかは王さまの手になるものだ。王さまも、大工仕事でポイントを稼ぎ、戦場では首がとれそうな兵でさえ癒すという。国王夫妻は王国の最終兵器なのだ。
王さまが育てているというお茶を戴いた。職人系夫妻である。
「ミシス、正直に答えてほしいのだけれど」
王妃さまは前置きもなにもせず、俺の向かいに座っていった。
「エンがあなたと一緒になりたいといっているの。あなたはどう思っているのかしら」
「はあ」
気の抜けた声が出た。だって、エンは既婚者だぞ。
俺はマグカップを置く。
「あの。わたしは立場を弁えているつもりです。エン王子には……」
もう奥さん居るでしょ、とはいいがたい。俺は言葉を濁した。国王夫妻は困った顔になる。
話はその後も続いたのだが、なんだか嚙み合わずに終わった。
それからはエンも、いつものような態度に戻った。いや、いつもよりはよそよそしいかな。でも、王族のため、王国の為には、評判を落とすようなことはしないほうがいいのだ。エンはちゃんとわかっているらしい。
次の遠征は、キアルヴァルとにした。侯爵の嫡男で、魔法と剣術両方の天才だ。ただし人間性に難があり、口が悪い。のだが、俺が毎日宮廷中を駈けまわって掃除をしていることを知っているのか、態度は柔らかかった。
キアルヴァルの難点は、派手で効果の高い魔法や技を濫発するところだ。すぐにポイントが枯渇する。けれど、俺はためこんでいたポイントを彼に贈ることで、ポイントの枯渇を防いだ。
結果、遠征は大成功。ひとりの死者も出さず、俺達は王都へ凱旋した。
そういえば、前の遠征でもひとは死ななかったらしい。それって、凄いことなんだって。
次の遠征はリダラとだった。最年少騎士団長だ。こいつは物理系の大技を複数所持していて、やはりポイント消費が激しい。
俺は王さまのゆるしを得て、王都の貴族邸や大商人の家などでも窓磨きをするようになっていたので、ポイントはたっぷり持っている。リダラやリダラの配下達にそれを与えて、その遠征もうまくいった。
次の、道化師のファル・グリンとの遠征も、うまくいった。ファル・グリンは目眩ましやバフデバフなど、トリッキーな魔法や技を多く持っている。俺が渡したポイントで彼はそういう魔法を沢山つかい、モンスターに騎士達の姿を見せることすらなく討伐を完了した。
その次はカラ、隣国の王子がどうして遠征に? と思ったが、どうやらカラはこちらの王家と血のつながりがあるらしい。
その遠征も、うまくいった。カラは剣の鬼だ。リダラは一対一の技しか覚えないが、カラは複数のモンスターを一瞬で殺すような大技を持っている。ポイント消費が凄まじいそれを、俺の窓磨きが支えた。
もしかして、ブロンタナスって、有用な魔法だったのか? 全然つかってなかったけど、ポイントあったらこいつら超絶強いし、遠征もすぐに終わるじゃん。
俺が宮廷に来てから一年。
俺が同行した遠征では人死にが出ないと、俺は幸運のおまもりみたいな扱いをうけていた。最初は冷たかった女官や官吏、貴族達も、今では俺がお茶会に出席するだけで、大きな拍手を贈ってくれる。きはずかしいからやめてほしい。
窓磨きを含め、清掃を請け負うのも、慣れてきた。最近では一般家庭の清掃も請け負っている。孤児院で、モンスターの襲撃で親を失った子達を雇い、部下もできた。もはや清掃業者だ。
それに、遠征での活躍(といっていいのか?)のおかげで、今ではなにもしなくてもポイントがはいってくるようになった。まあ、楽しいから清掃はしてる。気が紛れるしな。
そんなある日、俺はエンから呼び出された。ひまわり畑の奥の泉にだ。
「やあ、ミシス」
エンは正装していた。剣も佩いている。俺はお辞儀して、その傍へと歩いていった。
「エンさま、お話ってなんでしょう」
「ああ……」
エンは剣を鞘ごと、ベルトからぬいて、泉の前へ置いた。
そのまま、片膝をつく。
「ミシス、わたしと結婚してほしい」
は?
啞然とする俺に、エンはたたみかける。
「あなたの優しい気持ちはわかっている。たしかに、わたしの死んだ妻のことを考えれば、まだ再婚ははやいかもしれない。妻の家に不義理であるかもしれない。だが、あなたがわたし以外と結婚するかもしれないと思うと、わたしは……」
「ちょっと待ってください」
まじで。まじで、待って。
死んだ妻? どういうこと?
あ。そうか。エンって、「前の妻」っていってた。「別れた妻」じゃない。
エンが若いのがあって、勝手に離婚だと思ってた。ていうか、ユーザーのほとんどがそう思ってたし、イベントでもエンはなんにもいわなかった。制作会社もなにも。
でも、そうか。再婚は死別してないとできない世界観だったっけ。てことは、前の妻っていうのは死んでるものと思ってくれるって、制作サイドはそう考えたってことか?
いやいやいやいやいやいやいやいや説明しろよ!!
いつかの会談で、国王夫妻と話が嚙み合わなかった理由も解った。多分、王都の人間なら、エンが奥さんと死別したことは知っているんだ。俺は、ていうかミシスは、田舎の村で生まれ育ち、国王に何人の子どもが居るのかすら知らなかった。
ってことは、エンは俺に結婚を申し込んでも、俺のことを愛しているといっても、なんの問題もないんだ。
俺はエンに、前の奥さんのことを訊いた。エンは俺がなにも知らないとは思っていないみたいで、単に、前の奥さんの家が反発しないかを心配しているととったらしい。前の奥さんは、さる侯爵家の娘で、エンとはいとこ。生まれた時からの許嫁だった。結婚してほんの数日で、王都がモンスターに襲われ、たまたま王都にある実家の邸に居た奥さんは、亡くなってしまったらしい。
それは、ミシスの村が襲われる半年くらい前のことだ。だから、エンが俺に対して愛だのなんだのといった時はまだ奥さんが亡くなって一年経っておらず、エンはそれで、俺が立場がどうのこうのという話をしたと思っていた。一応、王家に列なる者が死んだ場合、その伴侶は一年は喪に服すものだから。
成程なあ。シナリオもクソだと思ってたけど、説明不足なだけだったのか。まあ、ゲーム性を考えるとやっぱりクソゲーだけどさ。
「ええと、わかりました」
「ミシス!」
エンは嬉しそうに、ぱっと立ち上がった。「結婚を承諾してくれるのか?」
頷く。だって、特に断る理由がない。
いや、中身は男だしとか、あるよ。あるけど、だからって俺がここから逃げても、なんにもならない。ていうか無理。王女の称号をもらっちゃった以上、王族の責務がついてまわる。
それに、エンっていいやつだしさ。
エンはにっこりして、それはもう嬉しそう。俺もつられて笑顔になってしまった。
その後は話がとんとん拍子に進んだ。
俺は前々王の娘で、現王の嫡男と結婚するので、女王になる権利があるそうだが、それは遠慮した。面倒ごとはごめんだ。エンと結婚するのは承知したけど、これ以上公務が増えるのは勘弁してほしい。
国王夫妻は残念がったけれど、仕方のないことだ。
結婚式は、エンが最初の奥さんと死別しているし、俺も家族を失って浅いので、宮廷内での地味なものにした。それでも、参列したひと達から沢山ポイントもらえたけどね。
それからも、特にかわりはない。清掃業者として王都のなかを駈けまわり、遠征でモンスターを倒す手伝いをする。ああ、それに、たまにエンとデートするっていうのが加わったくらい。
そんな感じで、俺は今日も、エンと一緒に遠征に出る。所持ポイントは60000ちょい。これを、エンや、儀仗兵、一緒に戦ってくれる騎士団に分け与えれば、俺が60000ポイントつかってできることよりももっと大きなことができる。いろんなひとが助かって、しあわせになって、救われる。
クソゲーだけど、やっぱり俺は「あなわた」が好きだ。