渡したい相手がいるんだ
カナの家に招かれたのは、土曜の昼下がり。
いつもと変わらない彼女のオタク部屋。漫画やCDが並ぶ棚には、また物が増えていた。
カナが俺を呼び出すときは、大抵ろくでもない「実験」と称した用ばかりだ。
「フフッ……そろそろバレンタインですなぁ」
彼女の声はいつも、口の中でこもる様に出すからか、聞こえづらい。
「デュフヒュ……いや別に私は世間の流行に乗るわけじゃないんだ。けどもぉ」
そう言うとカナは部屋を出て行き、ほどなく大皿を抱え戻ってきた。俺の目の前に置かれる大きな皿には、小分けにされた物体が点々と乗っている。色とこの甘ったるい匂いで、何となくチョコだという事は分かる。
「あの、渡したい人がいて、作ってみたから。フヒッ……食べてみて」
半笑いで話す口調は、いつも以上に早口だ。
ああ、こいつも何だかんだで女子だ。とうとう3次元の男子が気になったのか。
「言っておくけど、ア、アナタノタメニ、ツクッタンジャナイカラネー」
「棒読みキモい。つまり今日、俺は試食で呼ばれたのな」
皿に手を伸ばしかけた俺は、手を止めた。
「……おい、なんか入れてないだろうな?」
「大丈夫。毒は入っていない。安心して食べてくれたまへよ。ンフフ」
まぁどうせ拒否しても、口に押し込まれるだけだ。
俺は手前のひとつを手に取ると、口に放り込んだ。そして見事にえづいた。
「なんだこれ……中になんかモニュっと」
「フヒヒっ。夜の精力剤・ウナギ蒲焼入りチョコ。こっちが白子入り、これがリポDチョコ、これが……」
案の定ヤバそうなネタしか入ってない。これを渡される奴が、気の毒で仕方ない。
俺はそれ以上食べるのを拒否しようとしたが、いつも通り彼女に口の中へ押し込まれ、食い合わせの悪さか、俺は夕暮れまで気を失ってしまった。
そして当日。チョコを渡した様子はなく、カナはいつも通り、終日机に突っ伏していた。
「おい、あげなくても良かったのか?」
そう聞く俺に彼女は言った。
「も、もうあげたから、いい」