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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【異界夜話】天狼

 ロメオは男爵家の跡取りだったが、単調な田舎暮らしに嫌気がさして冒険者に憧れ都会に出て来た。

 家から持ち出した【飛燕の槍】は、自在に空を飛ぶ魔法の槍で、それを操れる自分は、きっと勇者に繋がるものだと信じて疑わなかった。


 しかし冒険者となっても、新米のくせに気位の高いロメオとパーティを組みたいという人はいなかった。それでも青臭いプライドは捨てられず、皆に後ろ指をさされながら一人でこなせる依頼を鬱々とこなす毎日だった。


 ある日、近く王都に向かう商隊の護衛に誘われたロメオだったが、ベテランのガロアにからかわれ、口論となってしまう。

「お前よりかその辺の犬っころでも連れて行った方が、まあよっぽど役に立つだろうよ」

「あんたのような見る目の無いやつの下につくのはこっちから願い下げだ!」


 結局一人で人里離れた山に入り薬草採取の仕事をするロメオだったが、ふと視線に気づくと、滝の上の大岩で天狼の子供がこちらを見ていた。

 天狼は人に神託を授ける霊獣という面もあり、時には山の神と呼ばれたりもする。


 天狼の子は、初めて見る人間に興味津々で、はしゃいで岩の上を飛び跳ねていた。

 しかしロメオはその動きが癇に障って、つい槍を投げてしまった。

 槍に驚いた天狼の子は、はずみでそのまま谷底へ落ちていってしまう。


 ロメオは怖くなって逃げようとするが、途中で母親の天狼に追いつかれ、組み伏せられる。

 恥も外聞もなく命乞いをするロメオ。

「俺はこんな所で死んでいい男じゃない! 俺は勇者の末裔だ。これからたくさんの人を救う! 俺にはその力がきっとある!」

 その言葉に天狼がわずかに興味を示す。

「その言葉に免じて命は取らずにおこう。言を違えればその場でお前を食らうぞ。忘れるな」

 命拾いして山を下りたロメオは、ガロアに詫びを入れ、護衛に加えてもらった。


 護衛の途中、商隊は盗賊の待ち伏せに遭った。

 30人からの荒くれが左右から商隊を挟み撃ちにしようと崖を駆け下りてくる。

 しかしロメオの投げた槍が先頭の馬を転倒させ、足止めに成功する。

 その後も槍は敵を翻弄し、護衛たちは盗賊を返り討ちにした。

「馬鹿野郎、そんだけの腕があるなら薬草取りなんかしてないでうちに来い!」

「あ、ああ!」

 ガロアに認められたロメオはようやく一歩を踏み出した。


 その後、ロメオは着実に力をつけていった。

 オールレンジをこなす飛燕の槍と、正々堂々としたロメオの行いは高く評価され、後にガロアの右腕といわれるようになる。


 あるとき脱走してきた傭兵たちが、領境いの村を占領し、立てこもる事件が起きる。

 村に派遣されたガロアたちを待っていたのは、領主の娘シンシアだった。

 彼女は明日村に潜入するから、手伝いをしてほしいと言い出した。


 最初は難色を示したガロアたちだったがシンシアは言う。

「貴族の娘だからこそ、扱いを間違えば罪が重くなります。それに加えて美味しいものを食べ、酒を飲めば剣先も鈍くなるのが人の常というもの。それにいざとなれば、私にはこれがありますから」

 そう言うシンシアの手には、小ぶりな【飛燕の槍】があった。


 夜になり、シンシアはロメオに槍にまつわる伝説を話す。

 【飛燕の槍】はもとは聖騎士の使う長槍だったのだという。

 そして聖騎士が命を賭して魔王を封印したとき、長槍は封印の鍵として雌雄一対に分けられたのだと。


 そしてシンシアもロメオと同じ、冒険者になる夢を持っていた。

「父にはここにきた事は言ってないの。この槍も勝手に持ってきてしまったし。皆には内緒にしておいて頂戴ね」

「まったく! とんでもないお嬢様だ。怪我しても俺は責任取れませんからね」

「大丈夫よ。傷物になってもあなたに貰ってくれなんて言わないわ」

「そんなこと冗談でも言うな!」

「あら、じゃあ貰ってくれるの?」

「な、なんでそんな話に! …なるんだよ」

「ふふっ、でも冒険者のパートナーだったら考えてくれるのかしら?」


 翌日、シンシアは食料とワインを手みやげに村に入った。

 自分が人質になるかわり、村人の半分を解放するよう傭兵のリーダーと交渉する。

「大したもんだ。肝が据わっていやがる。そのうち尻に敷かれるぜ、お前」

 ガロアはそう軽口をたたくが、ロメオは気が気ではなかった。

 お互いの槍を通じて意識を共有しているロメオの中には、シンシアの不安や緊張が伝わってくるのだ。


 夕方になるとシンシアが村の出口へと歩き出す。

「もう帰らなくちゃ。父が心配しているだろうし」

「そういう冗談はいただけねえな。お嬢様には夜もきっちりサービスしてもらわねえと」

「お決まりのセリフですわね。でもおあいにく様。こっちはいかが?」

 シンシアの槍を合図に、ガロアたちが突入する。

「シンシア! シンシア、大丈夫か! どこか怪我は?」

「ええ平気よ。でも、気が抜けたら立てなくなっちゃったみたい…」


 その後シンシアは冒険者となり、ガロアのもとに押しかけてきた。

 そしてロメオとシンシアのコンビが、【比翼の燕】として名を馳せるのにさほど時間はかからなかった。


 数年後、二人は結婚し女の子を授かった。彼女はエクラットと名付けられた。

 しかしエクラットは、魔王を滅ぼす聖騎士となる運命を背負っていた。

 

 エクラットの後ろ盾となって教会の復権を目論む教皇。

 魔王復活を企みエクラットを魔王の依り代にしようとつけ狙う魔族。 

 そして復活の先触れであるスタンピードを封じるため、エクラットを人柱にしようと画策する王侯貴族。

 ロメオたちは三つどもえの大きな闘争に巻き込まれていく。

 ロメオに手を貸し、追っ手と戦ってくれるガロアたち冒険者。

 

 …だがついに、戦いの中でシンシアが倒れてしまう。


 エクラットを抱え、なおも孤独な逃走を続けるロメオ。

 途中山に分け入ると、奇しくもそこは天狼の棲むあの山だった。

「久しいな、勇者の末よ」


 救いを懇願するロメオに天狼は二者択一を迫る。

 ロメオが聖騎士となり魔王と戦い、かわりにエクラットは一切の祝福を失う。

 天狼がエクラットを保護し育てるかわり、ロメオは人柱となり封印の時を稼ぐ。

「どちらか選ぶがいい。…追っ手が来る。迷う暇はさほど無いぞ」


 数瞬を待って、ロメオがわが身を差し出す。

「エクラットを頼む。強い子に育ててくれ」

 ロメオの首筋に天狼の牙が食い込む。




 …だが目を開けると、ロメオはあのときのまま(・・・・・・・)山の中にいた。

 状況が飲み込めないロメオに天狼が告げる。

「言を違えて最後に人の情を取ったか。それもよかろう。今度は(・・・)もっとうまくやるがいい」

 そう言い残し天狼は去っていった。

 その後ろには母の後を追う天狼の子の無事な姿があった。


 ロメオは小半時もその場に呆けていた。

 結局ロメオは天狼の手の上で踊らされただけだった。

 そして人の命もその未来も、彼女にはどうでもいいことなのだと改めて気づく。




 ロメオは村に帰り、家を継いだ。

 その後に領主となり、皆の厚い信頼を受けたという。

 【飛燕の槍】は領主の部屋を離れず、ロメオの生涯もまた、長く穏やかなものであった。


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