第9話 邂逅
前話から少々時間が空いてしまいました。
申し訳ありません。
どれだけの時間が経ったろう、日が傾き始めた。
ルディさん、心配してるだろうなあ。
女性を突き飛ばしてから、この鬼たちの的にされ続けている。
(翔殿は何をしているのだ!あんな奴ら、拙者を使えば簡単に!)
『我が主は刀なんぞ使えねえよ。昨日言ってただろうが』
もう何度死んだかわからない。
矢が刺さるたびに、なまくらの刃に斬られるたびに死んでいる。
「諦めろよ、お前ら……。いい加減しつこいぞ!」
これだけ時間が経っても引き下がる様子を見せない。早くどこかに行って欲しいものだけれど。
それよりも、あの女性は大丈夫だろうか?
ちゃんと逃げきれているかな。
とかいうことを、半分意識が飛びながら考えている。
「GUGYAGYA!」
鬼の一体が醜悪な顔をさらに歪めながら笑う。
まるで壊れないおもちゃを見つけたような顔だ。いや、彼らにとっては実際にそうなのだろう。
僕は死なないと言っても、こうして反撃もできないのであれば意味がない。
力があればな……。
(翔殿!諦めて逃げるのだ!このままでは勝てぬ!)
『無駄だ、無駄。こいつの頭に「諦める」って言葉は入ってねーよ』
いつ頃かはわからないが、僕は諦めることが嫌いだった。
勇には、「こいつが諦めるのは物理的に不可能な時だけ」って言われたっけ。確かにあきらめの悪さには自信がある。
それに僕がここで諦めたら王都はどうなる?
こいつらの目的はわからない。でも、大変なことになるのはわかる。
こいつらをこのまま、放置したら、少なからず被害が出てしまう。そうなるくらいなら僕が痛い思いをした方がマシだ。少なくとも死人は出ない。
「ぐぁっ!」
飛んできた矢が僕の右肩を捉える。
……こいつら、ここにきて甚振りにきたな。
相変わらず下卑た笑みを浮かべる鬼たち。
悔しいなあ。
こんな奴ら相手に、いいようにされて。
尚も続く鬼たちの攻勢により、体はさらにボロボロになる。
「でも」
それでも。
僕は。
「僕は!諦めたくない!お前らを王都に入れてたまるかあああ!!!」
力を振り絞り腹の底から声を張り上げる。
非力な体で力み、倒れまいと踏ん張る。
腕を広げ、鬼たちに対峙する。
倒れるわけにいかないんだ!
僕が!ここでこいつらを食い止める!
「ふむ、よく吠えた」
突然、背後からの声。
鬼たちの様子が変わった……?
何かを警戒するような……否、恐怖しているような。
「そのまま小鬼の攻撃を受け続けるのなら、こうして我が前に出ることはなかったろう。」
現れたのは、ボサボサの黒髪を後ろで無造作に縛った、上半身裸の、銀色の瞳が特徴的な大柄の男だった。
「憤ッ!」
その男は鬼たちに向かって突進したかと思うと、一瞬で距離を詰め、右足で蹴りを喰らわせた。
蹴りを喰らった鬼は消滅した。吹き飛んだのではない。悲鳴ひとつあげず、初めからいなかったかのように消えていた。
「破ッ!」
そのまま体を一回転させ、左足の踵を振り抜く。またもや消滅する鬼たち。
この辺りから鬼たちは焦り始め、反対方向に逃げていくもの、果敢にも向かってくるものに分かれた。
鬼たちが牽制に放ってくる矢をものともせず、蹴りで撃ち落とすと、勢いはそのままに距離を詰めて消滅させる。
矢は効かないと悟った鬼たちは錆塗れのカトラスのような剣を持ち出し突進してくる。
「効かぬわ!」
しかし、剣の腹を的確に蹴り抜いて折ったかと思えば、鬼たちを蹴る。そうしているうちに向かってくる鬼はいなくなっていた。
「すごい…」
『化け物だな」
(我が父より強いのではないだろうか)
男は気を緩めず、逃げていった鬼を追う。
「逃げられると思うてか!」
鬼は既に背中が見えないほど遠くに行っており、それを追うために男もまたハイスピードで駆け出した。
その姿はまるで本物の「鬼」のようだった。
遠くから戦闘音が聞こえてくるが、それもすぐに止んでしまった。
そう思ったときにはいつの間にか目の前にいた。意味がわからない。
「大事ないか」
「は、はい。怪我はすぐに治るので」
「……」
「……」
話が続かない!ていうかよくよく考えればこの人誰!?
「えーっと、あなたは……」
そう言いかけたとき、後ろから鎧を着た一団が現れた。鎧の形状から見るに、先程の女性が所属する団体だろう。
「遅くなり、申し訳ありません!無事ですか!?……っ!」
どうやら先頭にいるのは女性本人のようだ。
「《武術王》!?なぜ貴殿がここに!?」
「はぁ、誰かと思えば貴様か、《剣術王》」
剣術王?武術王?よくわからないけど2人は知り合いらしい。
「我は修行だ。それよりも、そろそろその重そうな鎧を脱いだらどうだ?貴様の剣術には無駄なものだろう」
「……!そ、それは……」
「大方先の戦いでのトラウマが原因か。そのせいであの程度の小鬼にも手こずるとは」
「……」
剣術王さんが俯く。
それなりに深刻な話をしてるのは読み取れるんだけど、僕もうここにいる必要ないよね?鈴蘭もどきを採り直して帰りたいなあ。と、思いつつも、この雰囲気の中動く勇気はない。
「一般人の少年に救われるほど落ちぶれているとは思わなんだ。その称号、返却してはいかがか」
「……そうだな。貴殿に諭されるのは不本意だが、それも真実。これを機に一兵卒からやり直すべきだろう」
「我は戻る。小鬼は全て屠ったが、騎士団連中で確認のみ頼むぞ。万が一があっては面倒だ」
武術王さんが、騎士団が来た方向、つまり王都に向けて歩き出す。
テンプレだけど、ここはこう聞いた方がいいかな。
「待ってください!名前を、教えていただけませんか!?」
「……王都最強が一角、《武術王》ロイド。ただのロイドだ。少年、もし強くなりたければ、いつでもいい、西区の路地裏に来い」
「西区の、路地裏……」
「ではな」
ロイドさんは肩越しにこちらを一瞥し、そう短く言って、王都へ戻っていった。
残ったのは僕と騎士団の人たち。
「お前たち、散開し、辺りを確認せよ!」
「「「はっ!」」」
否、今の号令で僕と剣術王さんだけになった。
すると突然、剣術王さんは頭を下げた。
「改めて、謝罪と礼を。一般人を危機に晒すなど、あってはならないことだ。申し訳なかった」
「あ、頭を上げてください!言ったじゃないですか、僕は死なないって。大丈夫です!あ、でも、背中に刺さった矢を抜く手伝いだけして頂けませんか?」
「それくらいお安い御用だが……抜かない方が止血にはなるぞ?」
「どうせすぐ治るんで大丈夫です。一思いにお願いします!」
自分の手が届く範囲の矢は全て抜いてしまったが、背中など手が届かない場所にある矢は当然手付かずだ。正直なところ痛みはないが違和感はあるので、全部抜いてしまいたかった。刺さったままだと言うのもおかしな話だし。
「……貴殿の名前を教えていただけないだろうか?」
剣術王さんが矢を抜きながらそう聞いてきた。
「僕の名前はショウです。貴女の名前をお聞きしても?」
「私はラァキッシュ・バグダート。王都最強の一角、《剣術王》だ。とは言え、戻ったらこの称号は返却するがな」
「どうしてですか?」
「……私は鎧を付けない剣士だった。私の剣術においては邪魔なものでしかないからだ。しかし聖山近くの町に派遣された際の戦闘で、初めて傷を負った。そのことがトラウマになっていると同時に、醜くなった私の顔と体を見せることを恥じたのだ。それ以来こうして鎧を付けるようになった。それから私の剣術は衰え始め……そして今回のこれだ。わかってもらえたか?」
聖山……。召喚されてすぐの時に見せてもらった。王様曰く魔族との戦いで付けられた傷なのだろう。
残念だとは思うが、同時に仕方がないとも思う。
王と付くぐらいだ、よほど強くなければなれないはず。
彼女も本気を出せばロイドさんレベルの強さを持っているのだろう。
「……はい。いつか、鎧を脱げる日が来るといいですね」
「フフッ、応援、感謝する。……よし、これで最後だ」
背中側にあった違和感が消える。全て抜いてくれたらしい。助かった、そのまま帰るわけにもいかず、それなりに困っているところだった。ていうか抜く時も痛みはないんだ。かえしがあって肉が抉れると思ったんだけど。
「しかし本当にすぐ治癒するのだな。回復魔法を使っている様子もなし、特異体質か?」
「他人に見えないスキルがあるんです。それのおかげですね」
本来ならばステータスプレートを見せて証拠にするべきなんだろうけど、ほぼ初対面の相手にあの意味がわからないプレートを見せるわけにはいかない。それが例え、王都最強だと言われている人であってもだ。
「他人に見えないスキルか……。不思議なこともあるものだ」
それでもラァキッシュさんは納得してくれたらしい。苗字があるあたり貴族なのだろうし、込み入った事情があると思ってくれているのかもしれない。
「それじゃあ、僕は行きますね。冒険者依頼の途中なんです」
「ああ、わかった。改めて、謝罪と礼を。貴殿の道に光が差しますように」
ラァキッシュさんは頭の鎧を外すと、跪き、おもむろに僕の手の甲に口付けをした。
っっっっ!!!???
口付けを!?なんで!?
顔が赤くなるのを感じる。
「助けてもらった相手に対し、何もしないのは騎士としての名折れだ。礼として、受け取って欲しい」
立ち上がってそう言ったラァキッシュさんを見る。
背は僕より少し高いくらい。サラサラの金髪は肩口で切り揃えられ、そよ風にたなびいて木漏れ日を反射し、きらきらと輝いている。翡翠色をした瞳には僕の顔が映り込み、僕を見据えているのがわかる。王子様と言われても違和感を覚えないくらいの中性的な顔立ちには、その左半分を覆うような火傷の痕があった。
「こんな顔の私がこのようなことをしても、嫌なだけだろうがな」
「そ、そんなことは」
「わかってるさ。他でもない、自分のことだ」
ラァキッシュさんは困った表情をする。
「ん?どうした?」
「い、いえ、なんでもないです」
でも僕は、見惚れていた。
火傷痕なんか気にならないくらい、ラァキッシュさんは美しかったから。
「やはり、嫌だったか?」
「そんなことはないです!その、ラァキッシュさんが綺麗だったから、言葉に詰まって……」
「私が?綺麗?そんなお世辞はいいさ」
「お世辞じゃないです!本心です!」
「……」
口を半開きにしてキョトンとするラァキッシュさんに失礼かもしれないが質問を一つ投げかける。
「それよりも、その傷はもう大丈夫なんですか?」
「あ、ああ。これはかなり前についたものでね。時間経過のせいで、見れば分かる通り完全には治りきらなかったが、ある程度は回復魔法で治癒したよ。視力が回復したのは不幸中の幸いだった」
「じゃあもう痛みはないんですね。よかったです」
「フフッ、ありがとう。そんなことを言われるとは思わなかったよ。少しは自信をもってもいいのかもしれないな」
「それじゃあ、僕は戻ります。失礼しました!」
「ああ、依頼の途中だったな。引き留めて悪かった」
「いいえ、楽しかったです!さようなら!」
このまま会話を続けるのも楽しいだろうけど、もうそろそろ帰らなければ。低ランクの依頼、それももう何度も受けた依頼でここまで時間がかかってしまうと、ルディさんに心配されているだろう。
「早く帰らないと」
鈴蘭もどきが生えているところまで逃げるように走って戻ってきた。採取して放置したものはなくなっている。
まあ当然だな。それなりに時間が経ったし、動物にとられでもしたんだろう。
また採取し直しだ。
『お前、ああいうのがタイプか』
(翔殿はああいった女性が好みなのか)
「いきなりなんだよ……」
……まあ確かに?美しいし綺麗な人だとは思ったけど?
「そもそも僕はもう、人を好きにならないって決めてるんだから」
(何故に?)
『ああ、お前、まだ引きずってんのか。いや、そりゃそうか。あれはな』
(何かあったのか?)
「秘密です」
そうして指定本数の鈴蘭もどきを採取した後、組合に戻った。
もう辺りは暗くなっていた。
さらに当然と言えば当然なんだけれど、あんなことがあって服がボロボロだったから、二重の意味でルディさんに心配された。
……明日から本当に気を付けよう。
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