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第11話 癒衣さんと

 「とりあえず似合いそうなやつ買ってきたんですけど、これでいいですか?」

 「サイズはこの際気にしないとして……はい、問題ありません。ありがとうございます、こんなにしていただいて……」

 「じゃあまた少し買い物してくるので、その間に着替えててください。」


 さすがに後ろを向くだけではだめだろう。女性が着替えてるところの近くにいるのはさすがに(はばか)られる。だからついでに食べ物を買ってこようという魂胆だ。


 「わかりました」


 天神切さんも渡してるし、とりあえず安全は確保できたと考えていいだろう。

 さて、これからどうするか……。


 「あ、おじさん!焼き串2本ください!」

 「おお、君か!銅貨4枚ね!」

 「はい!」


 一昨日、つまり天神切さんを買った日に焼き串を一本おまけしてくれたおじさんがいた。

 おじさんがどこに住んでいるのかわからないためいつもはどこに露店を出しているのかわからないが、王城の近くなら売り上げもなかなか多いのではないだろうか。


 「はい、どうぞ」

 「ありがとうございます!」


 2本買ったのは当然復田さんのためだ。あ、でも王城にいたほうがおいしいもの食べてたりするのかな?

 そんなことを考えながら焼き串を頬張る。

 やっぱり美味しい。間違いなく一番だ。


 「いつも通り美味しいですけど、どうですか?お客さん来てます?」

 「ぼちぼちさ。でもこっちの方が客は多いねえ。ありがたい限りさ」


 組合の近くに来ないなら、もうあんまり買うことはないかもしれない。でもまあそれはそれでいい。こういうのは一期一会なんだから。また次会った時に買う、それだけだ。


 「じゃあ、そろそろ行きますね」

 「今後ともご贔屓になー」


 おじさんの露店から離れる。すると次のお客さんが焼き串を買いに来ていた。このまま人気になってくれれば嬉しい。

 さて、そろそろ着替え終わっただろうか。

 ワンピース系の服を買ったから、着替え自体は早く終わると思うんだけど……。


 「もう大丈夫ですか?」


 路地裏付近に戻って外から声をかけてみる。


 「大丈夫です」


 路地裏に入ると、僕が選んだ薄いピンク色のワンピースを着た復田さんがいた。

 よく話したことはないから性格はわからないけど、清楚系の見た目によく似合っていると思う。


 「どうですか?その服」

 「いいですね、これ。気に入りました。」


 その場でくるくると回って確認する復田さん。

 足元には切り刻まれたドレスが落ちている。


 「あの、これは……」

 「脱げなかったので借りた刀で切りながら脱ぎました。切れ味いいですね、この刀!」

 (ま、まあ喜んでくれるならこれも本望よ……)


 天神切さん落ち込んでるよ!?

 まあ一人で着替えるためにはしかたなかったんだと思うけど。


 「それと、これ、焼き串です。一つどうですか?」

 「いいんですか!?頂きます!」


 すごい勢いで僕の手から奪うようにして焼き串が掻っ攫われていった。

 いいもの食べてそうだけど……。


 「こういうのが食べたかったんですよ!もうマナーとかうるさくてうるさくて!」

 「ああ、そういう……」


 貴族と同じようなマナーを要求されていたのだろう。現代日本人には荷が重い。

 「いただきます」と「ごちそうさま」を言えれば食事は大体それでよかった生活だ。急にマナーがどうとか文化が違いすぎる。もちろん元の世界でもマナーがないわけじゃないけど。

 たとえいいものを食べられても、それが休まらない時間になるなら味などわかったものじゃないだろう。


 「ん~~~~~!美味しい!」

 「それはよかったです。あ、これくらいなら僕の奢りでいいですよ」

 「本当ですか!?翔さんいい人ですね!」


 焼き串にガツガツとかぶりつく復田さん。

 ……もしかしたら見た目ほど大人しい人ではないのかもしれない。

 食べ終わって一服ついたところで、やっと本題に入る。


 「さて、これからどうしますか?」

 「お兄ちゃんたちがいるので王城に戻りたいんですけど……。しばらく戻れそうにないですね」


 復田さんは小太りのおじさんに求婚されて結婚させられかけて全力で逃げてきたのだ。しばらく王城に戻ることはできない。戻ったらまた同じことの繰り返しになってしまう。


 「ついていってもいいですか?」

 「宿取ってるだけですよ?それに再三言いますが僕男ですし……」

 「あのおっさんと結婚するのと比べれば些細なことです。」


 まあ、普通の感性を持つ日本人女性ならそう思うよね。

 チラッとしか見えなかったけど小太りでてっぺんが、その……髪が……薄い……うん、薄いおじさん相手に結婚は難しいわ。

 それに多分復田さん僕と同じで学生だし。


 「じゃあほとぼりが覚めるまで待ってから動きましょう。ここから宿まで1時間ほどかかりますが、夕方になってからでもいいですか?」

 「見つかるよりマシです。それとその……」

 「?」


 何か言いづらそうにもじもじしている。

 何かあったのだろうか?


 「同年代くらいみたいですし、敬語やめませんか……?」

 「あー、そうですね。なんか会話しにくいですもんね」


 敬語ってなんか神経使うもんね。使わなくていいならその方が会話しやすくていい。というわけで復田さんの案に賛成する。


 「えーっと、アタシのことは癒衣(ゆい)でいいよ。お兄ちゃんも復田だから」

 「じゃあ、その、よろしく、癒衣さん。僕のことも翔でいいよ」

 「うん、よろしく、翔くん」


 癒衣さんと握手する。

 こんなこと考えるのは変だけど、柔らかい。

 数年間女性と関わらない生活をしていたため、女性に対する免疫がない。

 まずい。


 「翔くん、手柔らかいね。ほんとに女の子みたい」


 体が固まる。なんかピキって音がした気がする。まるで石がひび割れるような音。

 頭の中で「女の子みたい」というフレーズがぐるぐる回る。

 こっちに来てから知らない女性にもそう言われるなんて……。もう諦めた方がいいのかもしれない。


 「翔くん?」

 「ハイ、慣れてるんで、いいです」


          ☆・☆・☆


 それから僕たちは当初の予定通り、日が傾くのを待ってから行動を開始した。

 癒衣さんの黒髪は否が応にも目立つため、あの後帽子も買った。癒衣さんは今帽子の中に長い黒髪を入れ込んで目立たないようにしている。

 さらに天神切さんも癒衣さんが持ってるから、滅多なことじゃばれないと思う。


 「もう結構歩いたけど大丈夫?」

 「大丈夫。後どれくらい?」

 「半分くらいかな。お腹空いたら露店で何か買うけど」

 「そこまでしてもらうわけにはいかないよ」


 宿までの帰り道を、特に急ぐわけでもなく、のんびりと歩いていく。むしろ急いだ方が怪しまれるという癒衣さんの判断だ。

 ここまで来れば路地裏の道は大体把握してる。万が一見つかっても撒けるだろう。


 「あれから何をしてたの?」

 「商売のノウハウがあるわけでもないし、冒険者になって薬草採ったり街の掃除したりして生活してるよ」

 「冒険者とかあるんだ」

 「ギルドじゃなくて組合だけどね」

 「意味一緒じゃん」


 そう言いながら笑い合う。

 そんななんでもない話をしながら宿に戻った。

 そして着いて思い出した。


 「部屋割りどうすんの?」


 宿に入ってからのセリフである。

 思い出すのが遅い。

 すでにカウンターにいる。


 「2部屋にするかい?」

 「そんな予算ないですよ、おばさん……」

 「アタシは翔くんとなら同じ部屋でいいよ?」

 「だからね?」

 「襲えない人でしょ?」


 空気が凍りつく。やっぱこの子見た目通りに大人しい人じゃない!どうして真顔でそんなことが言える!?


 「ベッド一つで銅貨10枚、二つで15枚、二部屋で20枚さね」


 おばさん手慣れてるわ。

 顔は引き攣ってるけどあくまで冷静を装って接客している。

 銅貨を15枚取り出して渡す。


 「ベッド二つね。はい鍵。変なことするんじゃないよ」

 「しませんよ!?」

 「できないでしょ」

 「うるさいよ!」


 健治さんこんな人制御してたの!?超人か!?

 ……案外してなかったのかもしれない。

 いくら諦めの悪い僕でもこれは諦めるしかないかもしれないな。

 部屋の基本的な構造は変わらなかった。ベッドが二段になってる程度。


 「アタシは下でいい?高いところってどうにも苦手で」

 「いいよ、じゃあ僕が上ね」


 机の上にホルスターごとバレルを置く。

 癒衣さんに貸していた天神切さんも一緒に置いておく。


 『これでいいかなっと。俺の声聞こえてる?』

 「どうしたの?バレル?」

 「今の声は……何?刀とは違う声だけど」


 癒衣さんにもなぜかバレルの声が聞こえているらしい。


 「僕にしか聞こえないんじゃなかったの?」

 「設定いじった」

 「設定とかあるの……」


 バレル、というか古式拳銃を手に取って見せる。


 「ハァ……。今のはこっちの銃の声」

 「銃も喋ってる……」

 『俺が喋ってるだけで普通銃は喋らねえからな?』


 その自覚があるなら銃として振る舞ってほしい。

 そもそもいまだにバレルの正体がわかっていない。このナマモノはいったい何なのだろうか。


 「翔くんは不思議な生き物?を2匹飼ってるんだね」

 「どう見ても無機物だよ……」

 『(無機物だ)』


 君たち何でそんなに仲いいの?

 いつの間に声合わせられるくらい仲良くなったのさ。

 いや、そんなことよりも今はこれからのことだ


 「癒衣さん、今後どうする?このまま戻るわけにはいかないでしょ?」

 「そうねえ、そのまま戻ったらまた逃げ出すことになりそう」


 現代日本にいた僕たちは当然のことながら貴族の風習に詳しくない。

 (一応)結婚を目前に逃げ出した(ことになっているだろう)癒衣さんは今どのような扱いをされているのだろう。

 それからあの優しそうな王様は一体何をしていたのか。

 疑問は尽きない。


 「貴族側の暴走だヨ。王は止める暇もなかったネ」

 「うわあ!リトリーさん!?」

 「ヤ、さっきぶリ」


 何もない場所から唐突にリトリーさんが……。心臓に悪いから突然現れるのはやめてほしい。

 さっきの去り際でそういうことできるのはもうわかってるから。

 そしてやっぱり思考を読んだり監視したりしてるらしい、僕のプライベートを返してほしい。


 「オレとしては君に興味津々なんダ、これくらい許してほしいネ」

 「そんな理由がまかり通ると思ったら大違いなんですよ」

 「それより今後のことだろウ?癒衣、君はどうしたイ?」

 「アタシは……」


 リトリーさんに気を取られていたが、そういえばこの部屋にはもう一人いた。

 リトリーさんが名指しで呼ぶってことは二人は知った仲なのか。

 というかさらっと流してほしくないことだったんだけど……この人本当にマイペースだな。


 「王城に勤めてるからネ。彼ら彼女らの魔法の指導はオレがやってるんだヨ」

 「相変わらずですが思考を読まないでください」

 「アタシの方が驚きなんだけど。()()()()()()()さんと翔君って知り合いだったんだ。何?リトリーさんって」

 「その呼び方は彼にしか許してないからしないでネ」


 リトリーさんがものすごい形相で癒衣さんを睨む。見た目清楚な女性に何やってるんだ。

 しかし驚いた。リトリーさんは全員にそう呼ばせているわけじゃないらしい。

 だんだんこの人がどういう人なのかわからなくなってきたな……。

 そういう雑談は置いておいて、話題はだんだんと癒衣さんの結婚問題になっていく。


 「それで、王様は何やってたんですか?」

 「その辺の説明には貴族と王の関係から説明する必要がいるけド……理解できル?」


 正直できる気がしない。多分この国の成り立ちがどうとかって話になる。

 現代日本人になじみがなさ過ぎて理解不可能だ。


 「アタシは無理」

 「僕も遠慮しときます」

 「にこやかだネ。マ、王は残念ながら止められなかったんだヨ。じゃあこれからどうするか考えようカ。といっても簡単ダ、魔法をかけてあげよウ」


 リトリーさんすっげえ怪しい顔してるんだけど。

 笑ってるのだけはわかるけどそれ以上はわからない。

 あと指を虚空でくるくると回している。この人似合わないなこういう動作。


 「「魔法……?」」

 「君たちにある魔法を伝授しよウ。それを使ってこの状況をひっくり返すんダ」

 「「ひっくり返す……??」」


 リトリーさんの言うことが理解できない。いや理解はできるけど意味が分からない。

 要は魔法を覚えて自分たちでどうにかしろと。

 というか僕も巻き込まれている。


 「今からオレが教える魔法ハ……端的に説明して洗脳魔法だネ」


 おっと不穏な空気になってきたぞ。

 洗脳魔法ってそれ大丈夫か?

 などとのんきにそんなことを考えていたその時。


 「あの豚貴族にはオレも辟易してたんダ、名前も呼びたくないネ」


 一瞬背筋にぞくっと悪寒が走った。今のは一度食らったことがある。あれはそう、ここにきて初めての夜、槍で殺される直前食らったのと同じものだ。

 もっとも、質が違う。本当に死んだと思った。

 リトリーさんの表情は変わらない。陰気な中に鋭い眼光がのぞいている、さっきまでと変わらないリトリーさんだ。


 「え?……あ……」

 「癒衣さん、大丈夫?」


 その場にへたり込んだ癒衣さんにそう聞いてみるも反応はない。殺気にあてられたらしい。


 「リトリーさん」

 「ああ、悪いネ。あの豚は本当に嫌いなんダ」


 この人が何を考えているのか、本当に理解できない。

 わからないなりにほんの少しだけこの人を理解できた気になっていた自分が憎い。結局何もわからない人なんだ、この人(リトリーさん)は。


 「魔法の伝授は一瞬で終わるヨ。頭の中に直接流すからネ」


 そう言って僕と癒衣さんの頭に指を押し付ける。

 その瞬間、頭の中に膨大な情報が流し込まれる。なんだか変な感覚だ。癒衣さんは……。


 「あ……あ……」


 決して女性がしてはいけない顔をしている。彼女の名誉のためにリトリーさんから彼女を隠し、ベッドに運ぶ。


 「倒れない精神力はさすがというべきだネ、魔法は使えなくとモ」

 「今は……出て行ってくれませんか?次は来る前に連絡をください。不可能じゃないでしょう?癒衣さんのことも考えてください。」


 自分の声に怒気がこもっているのを感じる。怒っているのか、リトリーさんに対して。

 リトリーさんは答える代わりに肩をすくめ、その場から消えた。

 癒衣さんの問題を自分で解決させるのはわかる、でもこれは少し強引すぎる。事前説明を求めたいところだ。

 さて、魔法を覚えたのはいいがこれからどうするべきなんだろうか。


 「……とりあえず癒衣さんが起きるのを待つか」

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