第10話 《魔術王》
いいぞお、この調子だ、頑張れ俺!
あ、こんにちは、第10話です、お願いします。
「どうしようかな……」
昨日あんなことがあって、依頼を受ける時は気を付けようと思ったわけだけれど、よく考えれば、いや、よく考えなくてもそもそも服がない。初日に買って毎日洗いながら来ていたあれはもう服と呼べるものではなくなった。
「買わなきゃな……でも買いに行くための服がないんだよな……」
堂々巡りだ。
『もう上半身裸でいいんじゃねえの?昨日のやつもそうだったじゃねえか』
「これまで上半身裸の人を1人しか見たことないよね!?」
バレルは僕を揶揄うように笑いながら言う。ロイドさん以外にそんな格好で出歩いてる人を見たことがない。それはつまり、あの格好は普通ではないと言うことだ。
「仕方ないか……」
リュックから学生服を取り出す。
そう、左胸に穴が開いている例の学生服だ。「不滅の肉体」の影響で血はついていない。
下にボロボロの服を着れば見た目マシになるだろう。
「ん、しょっと……どう?」
『……さっさと服買おうな』
(これはないな)
微妙だったか。いやそりゃそうだ。ボロ服の上にボロ服を着てるだけなんだもん。
☆・☆・☆
結果から言えば、服を買うことはできた。
針の筵になる気分と引き換えに。
見た目ボロボロだもんね、仕方ないよ……。
それはともかく、買ったのは黒いズボンと青い半袖Tシャツ。それから薄い水色の長袖のシャツ。どれも無地のものを買った。
さすがにボロ服のままというのはいただけないので、路地裏でひそかに着替えておいた。
天神切さんは紐を使って腰に差している。
「バレルを入れる場所を考えなきゃね」
『元の世界じゃねえんだし、ホルスターとかどうだ?』
「そもそも銃がないから一から作らなきゃいけないし、難しいんじゃないかなあ」
バレルは当然リュックの中だ。
ちなみに城まで結構近づいた。宿の近くになりのが少し……いやかなり、面倒だった。
「なア、そこのあんタ」
「?僕ですか?」
唐突に黒いフード付きマントに身を包んだ男に声をかけられた。猫背だけど身長は僕より高い。全体的に暗い雰囲気で、声も少し低い。フードから見え隠れする暗い赤茶色の髪の奥には、視線で人を殺せるのではないかというほど鋭い眼があった。
……どう見ても怪しい。
「どなたですか?」
「こいつぁ失礼、オレは王都最強の一角、《魔術王》のユスティーツァ=ステナ=リトリーヴァダ。リトリーでいイ。セルバンテスとバグダートが話してる内容を聞いて興味深くなってネ。あとお前に用事があってネ」
この人がロイドさんとラァキッシュさんと同じ「王都最強の一角」?なんかそういう風格がない。
ていうかセルバンテスって誰?
「疑ってんだロ」
「ええ、そうですね。二人よりもそうは見えないというか」
「クカッ!その通りだナ!マ、オレは裏方だからわざとそうやってるってのもあル」
リトリーさんは突然目を見開いて空を仰いで笑い出した。
えぇ……怖……。
何この人ぉ……。
「ふゥ、笑った笑っタ。で、用事ダ。えーっト、お前の親友の勇者は元気してるゼ。」
「!」
なんでこの人がそのことを!?召喚者についての情報は出回ってないはずなのに!
「あの召喚はオレが取り仕切ったからナ。あア、安心しロ。お前がここにいるのは誰にも言わン」
この人があの召還を……。それを考えればこの人が《魔術王》なのも頷ける。もしそれが本当のことならば、の話だが。
そっか、勇は元気にしてるんだ。よかった。
「後はこれを渡すために来タ」
「……ホルスター?」
「オレくらいになれば思考を読む程度どうってことないからナ。適当に作って持ってきてやったゾ」
都合がよすぎる。よすぎるけどありがたいからもらっておこう。
「勇者が心配してたからナ。ほレ」
「あ、ありがとうございます」
「受け取ったナ?」
「え?」
リトリーさん怪しげな笑みを浮かべる。
あ、交換条件アリですか、そうですか。
まあそんなうまい話があるわけないよね。
「バグダートのこト、よろしく頼むヨ。お前はあいつと交差する運命にあるらしいからナ」
「ラァキッシュさんですか?」
「そウ、あいつは近いうちに《剣術王》の称号を返却するガ、そのあと君と運命を共にすると見えてネ」
確かにラァキッシュさん、称号を返却するとは言っていた。でもそのあと僕と「運命を共にする」?意味が解らない。一緒に行動するとかそういう意味かな。
「それも《魔術王》だからわかるんですか?」
「そうサ。いくつにも分岐する未来の中デ、そのことは確定してル。彼女の傷を治せなかったのはオレダ。回復魔法でハ、無いものは治せないとはいエ負い目は感じてるんだヨ。」
「回復魔法って、全部治せるわけじゃないんですね」
「あれは厳密に言えば被術者の治癒力を高めるものダ。人間は何をしても切り落とされた腕が生えてくることはないだろウ?ケガが酷すぎると痕くらいできるのサ」
やれやれと言ったように肩を竦める。
回復魔法も万能ではないのか……。そういえばラァキッシュさんが、「時間経過」と言っていた。もっと早く治療を受ければあの傷もできなかったのかもしれない。
「治す方法ってあるんですか?」
「回帰魔法なら治せるだろうネ。あれは時間を戻す魔法だかラ」
「使える人はいないんです?」
「内容は口伝でネ。文献に残ってるのはその効果だけサ。マ、暇な時に使える奴を探してみればいイ」
「わかりました」
それがあればラァキッシュさんの火傷痕を治せるかもしれないのか。それなら少し探しに行くのもいいかもしれない。問題はどうやって王都から出るかってことだけど……。これはまあ今は考えなくていいや。
「それとセルバンテス。彼への弟子入りは早めにした方がよさそうダ。例え「愚か者」でも強くなる必要があるヨ」
「さっきも言ってましたけど、セルバンテス、って誰ですか?」
「ロイド・セルバンテスのことだヨ」
「ロイドさん貴族なんですか!?」
「そうだヨ?何でそんなこト……あア、「ただのロイド」とか言ってたっケ。訳ありだヨ。理由はいつか彼の口から聞きなさイ」
衝撃の事実!《武術王》ロイドは貴族だった!
ていうかさらっと聞き流してたけど弟子入り?確かに「強くなりたければ西区の路地裏に来い」って言ってたけど、それのことかな?
「ア、そうダ、もう一ツ。プレートを出しなさイ」
「えっ……プレートですか?」
「君のプレートの内容はわかってるかラ」
しぶしぶといった感じにプレートを渡す。
あ、-26レベルになってる。あの2、3時間の間に26回も死んだらしい。
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古川翔 《愚か者》 Lv.-26
HP 800 攻撃 800 防御 400
魔力 0 魔法防御 800 筋力 400
スキル
禍成長 :死亡時に閲覧可能。レベルが下がるよう
になり、下がるほどステータスが成長す
る。通常よりステータスが上がりやすく
なる。死に至る時レベルが下がる。
不滅の肉体:死亡時に閲覧可能。望む限り、その肉体
が壊れることはない。
不屈の精神:死亡時に閲覧可能。望む限り、その精神
が折れることはない。
言語理解 :この世のあらゆる言語が理解できる。
親友との絆:遠くにいる親友の生死が判別できる他、
親友と共に戦うとステータスの実数値に
2倍の補正がかかる。
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ていうかステータスめちゃめちゃ上がってるな。元の数値の8倍か。なんで?
まあ相変わらず魔力は0だけど。0は何かけても0だもんね……。
「-26カ。スキルもなかなか面倒なことになってるじゃないカ」
「スキル見えるんですか!?」
「《魔術王》舐めんナ。余裕だヨ。……ほいっト。-が見えないように偽装したヨ。あと名字を隠しておいタ。対象はお前以外の生物全テ。もし偽装を見破った奴がいたらどんな手を使ってでもオレの元に連れてきて欲しイ」
返されたプレートを見ると、名前の欄は「翔」だけに、レベルの欄からは-が消えていた。
いや、よく目を凝らすと元に戻る。これで実際のプレートがわかるってことだろう。
「何で連れてこなきゃいけないんですか?」
「実は魔法ってのは基本格下相手にしか通じないんだよネ。レベルがってことじゃなイ。精神面での話ダ。だから魔法使って戦う奴らは必死に自分を磨ク。オレもそろそろ隠居したくてネ。この偽装が通じない奴……オレより格上の奴がいたら《魔術王》の座を譲りたいんダ。そういうわけデ、頼んだヨ。期限は君が死ぬまでダ。」
「僕が死ぬまで……って、先にリトリーさんが死んじゃいませんか?」
「オレはエルフダ。これまで350年ほど生きタ。あと600年くらいは生きれル」
目の前にいる怪しいフードをかぶった男は(自称)《魔術王》でエルフだったらしい。しかも350年ほど生きた。
情報過多だよ!
ていうかあのエルフ?長寿で美男美女が多いっていうあの?
「失礼だナ。エルフにもいろいろいるんだヨ。オレみたいな暗いやつもナ」
考えを読んだ!?
「舐めんナ、って何回言わせる気ダ。まあいイ、帰ル。用事は終わったしナ。頼んだゾー」
「あ、ちょっ……!」
あれ?瞬きせずにじっと見てたのに……消えた?
どこに行ったんだろう。
ま、いいや。
もらったホルスターをベルトに固定し、バレルを入れる。
「どう?」
『何もんだよあいつ。なんで俺を見てねえのにピッタリなホルスター作れるんだよ』
(よかったな、バレル殿)
思わぬ乱入(?)があったけど目的は達成できたし、それ以上の収穫もあった。
王城周辺ですることは……もう何もないかな。
「じゃ、とりあえず帰ろうか」
王城に背を向けて歩き出す。
太陽(?)ももう登り切っており、後は傾くだけという時間になった。
帰ったら何をしようか、とりあえず昨日と同じようにまた薬草を採りに行ってもいいかもしれない。
それともロイドさんが言っていた、西区の裏通りに行ってみようか。
「バレルは何が見たい?」
『俺は別に。どこだろうとついていきますよ我が主』
「天神切さんは?」
(そうだな……拙者は景色を見るだけで十分だ。なにしろ数百年ずっと祠の中に放置されていた故な)
バレルはいつも通りだし、天神切さんの要望は薄い。
んー、じゃあ今日はのんびり帰ってのんびり薬草採取でもしようかなあ。
早めに行けって言われたけど、1時間ほど歩きっぱなしのこの足で行ってもまともに動けそうにないし、ロイドさんのところに行くのは明日にしよう!
「あ!そこのあんた!匿って!」
とかなんとか考えてたら、どこかで聞いたような声が後ろから。
確かにここは王城の近くだし、可能性は0じゃないと思っていた。
でも本当にここで会うとは思わなかったよ……。
服を買いに針の筵になり、《魔術王》と会話した後のこれだ。今日は厄日か?
「何やったのか知りませんけど、とりあえずこっちに来てください!」
事情も聞かずにその人を路地裏に押し込むように案内する。
しばらくすると王城側から、白いタキシードのような服を着た小太りのおじさんがのっしのっしと歩いていった。
道端の人たちは、誰もおじさんと目を合わせようとしない。
「ええい、どこに行ったのだ!」
おじさんはそのまま通り過ぎて行ってしまった。
「行った?」
「もう行きました。で、何があったんですか?えーっと、復田さん、でしたっけ」
そう、声をかけてきた人は一緒に召喚されたうちの一人、復田癒衣さんだった。
何があったのかは知らないが、繊細なレースがあしらわれ、金の刺繍で飾られた純白のドレスを着ている。
……何があったのかは知らないが、何が行われようとしていたのかは想像に難くない。
「ハァ、ハァ……え?アタシのこと知ってるの?」
「弱いという理由で避難もとい追放された古川翔です」
「ああ、珍しい黒髪の人がいると思ったら、イケメンの隣にいたかわいい子か!」
イケメンの隣にいたかわいい子……そんな認識か。確かに勇はイケメンだ、それは一番近くにいた僕がよくわかってる。でも……かわいい……。
いいよ!言われ慣れてるよ!
「ちょっと、息、整えるから、待ってて」
きっとわき目もふらず一心不乱に逃げ出してきたのだろう。
長い黒髪が、汗で肌に張り付いている。
正直に言わせてもらうなら、上気した肌と息切れした呼吸が、汗と合わせてとても色っぽい。
美しいと思う。
「ふう……。ごめんなさい、ありがとうございます。」
「お礼はいいですよ。それよりも何があったんですか?いや予想はできますけど……」
「予想通りだと思いますよ。あのおっさんが2、3日前に求婚してきまして。嫌だと言っているのにあれよあれよと準備が進められこんなことに……。どうやって戻ろう……。」
完全に予想通りだった。
本人の意思を無視してそんなことを……。確かに復田さんは美しいと、僕でも思う。
でも正規の手続きを踏んだ上で本人の了承がないとしちゃだめでしょ……。
「……とりあえず服を買ってきます。その恰好じゃ目立つでしょうから。少し待っててください。あ、天神切さん、お願いできますか?」
(任された)
「刀が喋った!?」
まあそうなるよね。
刀って普通喋らないもんね。いや銃もしゃべらないけどさ。
「振り回すだけでも戦力にはなると思うので。すぐ戻りますから」
また何か面倒なことに巻き込まれそうな予感がする。
いや、予感って言うかもう巻き込まれてるね、これ。
掃除して薬草採取して暮らす僕の平穏は何処に……。
面白かったら評価、コメント等お願いいたします。
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