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私を世界の果てへ連れて行って

——小さい頃、こんなお話を誰かからか聞いた覚えがあるの。


——道に迷ってごらん。でもそのまま歩き続けてごらん。何処かに必ず世界の果てという場所があるから——


 その言葉が忘れらず、私は今まで生きてきた。そして今の私は道に迷うのが大好き。熟知している道も、初めてきた道もそうじゃない道も、わざと道から外れて迷ったフリをするの。


 迷って……迷って……迷い続ければ、きっと世界の果てへ辿り着けると信じてきたから。


 他の人からすれば何やってるのだろうと間違いなく思われる。そして“道に迷った”なんて答えられるわけもなく、だから私はこうやって誰もいない町外れの路地裏や廃墟、山道なんかを選んでわざわざ道を外れて迷うの。


 そんなことをして何が楽しいのと人に話せば必ず言われるだろうけど、別にいいの。これが私にとっての楽しみだし——生き方なの。


 でも楽しみと言ってもただ単にこれが趣味とあらば私はただの変質者なのかもしれない。——少なくとも私を見かけた全ての人たちは私の事をどう思っているのかぐらいは想像がつく。


 私ね……世界の果てを探してるの。ううん、そんなの無いことくらいわかってる。私たちが住んでいるこの地球は丸いんだもの。ひたすら同じ方向に進めば必ず元の場所に戻ってくる。そういうもの。


 でもね、何となくだけどこの世界の何処かに『果て』が存在すると私は思い続けている。


 私たち人間が作り上げた道、鉄道や航路。そんな決められた道を通ってても世界の果てなんてあるわけが無いじゃない。だから私は、そんな道をわざと外れて……世界の果てを探すの——



「——キミ、そんなとこで何やってるの?」

「……」


——まただ。路地裏で平べったい木材を下に敷き横になって寝ているところに『今日も』警察の人尋ねられた。今日は意外と早かった。まだ早朝の七時か八時くらいだろうか。いつもなら夜中の、みんなが寝静まった頃に見回りの警官に見つかることはよくあったけど、何で今日はこんなに早く見つかってしまったのだろう。


 そんなことを考えつつ私は少し寝ぼけてたのかもしれないけど、虚ろな瞳で警察の人を見た。


「キミ……名前は?」

「ほぇ……。あ、えっと……神崎(かんざき)です。神崎胡桃(かんざきくるみ)


 私は覚束ない言葉で応えた。そして名前を言い終わるとふと大きく欠伸をしながら腕を伸ばした。


「神崎さん、キミ家は? こんなところで寝てたら親が心配するだろ」

「……別にいいじゃないですか。あなたには関係ないことですし」


 今度は素気ない言葉で返した。なんだろうね、人の事をあれやこれや詮索されるのって心の奥底から嫌な感じがするっていう。今まさにそんな感覚になってるかも。


「関係無いことじゃないよ。ほら、ちょっと交番まで来て。話を伺おう」

「え、ちょ、それはダメ……さよなら!」

「あっ、キミ!」


 私はそれだけ言うとそそくさと立ち上がり路地裏から一目散に逃げ出した。ここの辺り一帯は古い住宅地で狭い路地裏連なっているから、ジグザグに角を曲がったりしておけば多分追いかけてこられないと思うよ。——とりあえずこれだけ走れば大丈夫かな。まだちょっと向こうから警察の声が聞こえてきそうで怖いけど。


 そして大きな道に誰も居ない事を確認しつつ、私は路地裏から何時間かぶりに道に出てきた。そこからは路地裏のジメジメとした感じもなく朝の太陽が私を照らしていた。街の方に耳を傾けてみるとサーという音も聞こえてくる。きっと車の走る音か、何かかな。——あ、やばい人だ。


 そう思い、私はあたふたしながらまた元の路地裏に身を潜めた。家の壁に身を寄せながら人の姿を目視すると、ちょうど私くらいの歳かしら。制服を着た女子学生が友達と一緒に話しながら歩いてゆき、私の居る路地裏を通り過ぎて行った。


「ふぅ——」と私はふと溜息を付く。別にやましいことをしている訳でもないのに。何故か私は人を避けてばかりだ。


 正直こんなバカみたいなことはやりたくなかった。けど普通の生活に戻る方がよっぽどバカみたいに感じてきたから、私は今こうしているの……


 そして再び辺りを見回し、誰もいないことを確認すると私は道へ躍り出ては何食わぬ顔で道を突き進んで行く。


「もう学校、授業始まった頃かな……」


 私は天を仰ぎ、太陽の傾きでそれを判断した。といっても私の格好は学校へ行く為の制服ではなくて家で着るような普段着。フード付きの、前に手を入れられるポケットが付いてあって、下はヨレヨレのジーパン。——髪は腰まであるような長い髪だけど、さっき寝起きから急に走ったりしたからきっとボサボサね……。


 平日の朝、九時を回った頃かな。時計持って来てないからわかんないや。街に出ない限りはこの大きな道も静かで小鳥の囀り程度しか聞こえない。そしてポケットに手を突っ込みながら私は左右に振り向く。右を向くと山……その奥に小さな小屋が見える。左を向くと……T字の交差点。なら今日はこっちかな。


 私は何の迷いも無く右手の山の方へ足を進めた。そしてしばらく歩くと舗装された道路が無くなり、砂利道がずっと続いていた。それに——こっちの方が断然迷いやすいと思ったから、ただそれだけ。


「あの小屋、誰か居るのかな……」


 山の方へ歩き出してからずっと気になっていた。道から外れたといっても誰かが歩いている、足を踏み入れてる場所ならあまり行きたくはないかな。でもなんだろう、凄く気になる……。まるで小屋が、私を導いてるみたい。目で小屋を見つめながらその物体は徐々に私に近づいてくる。


「へぇ、結構大きいかな」


 山奥というわけではないけど、茂みの中にちょっとはいったところにポツンと建っている小さな小屋。でも小さいといっても二階建てで築四十年といったところかな。草木が壁の一部にへばり付いていたり食い込んだりしている。遠くからみたら今でも誰かが住んでいそうだったけどここから見ると本当にただの廃屋みたい。


 一応廃屋の周囲を歩き回って調べてみる。——いや、別に意味は無いと思うんだけどさ、なんでこんな廃屋に私が吸い込まれるように来ちゃったのかなあって気になるじゃん。だからね、一応だよ。


 ガサガサと草むらを掻き分ける音と風で木の葉が擦れる音だけが私の耳に入ってきていた。はぁ、私ったら何やってるんだろうと思う時もあるよ、いつもの私なら今頃、学校の自分の教室で教科書とノートを開いて必死に黒板の字を写してる頃だもん。それが日常だった。


 でもいつからだろう、そんな日常が嫌らしくなったのは。毎日のように学校に通い、友達と同じような話しをして馬鹿みたいに笑いあったり……そんな日常に満足できずに、今はこうしてこの場所に立っているわけで。ホント、私ったらどうしちゃったのかな。あ、はは——はは……。


 あれ、ここ隙間空いてる……。廃屋になってからの手入れが無かったからなのかな。廃屋の壁に大きな穴が空いて、その奥になんだろう……材木と毛布と——あと、人の足。————え! 足?


 私は一瞬自分の目を疑った。なんで? 誰かここに住んでるの? いやまさか……そんな。てことは、死体——なわけないよね。ああもう、とりあえず中を見てみれば全てがハッキリすることだわ。うん、しっかりするのよ私。


 自分の頬をぱしぱしと二回ほど手で叩き気合を入れたところで大きな穴が空いた壁から中を覗き込んだ。

 中は薄暗くてカビ臭い。そして視線の先には——やはり人間の足があった。そこだけ光が当たってよく見えるけど、よく目を凝らして見ながら足の根元を探っていくと胴体と……そして顔が目に入った。


「……な、なに?」

「あ、うん……こ、こんにちは」


 とりあえず私は微笑みながら手をあげて挨拶をしてみた。久しぶりに見つかってしまった人に私の心臓はドキドキで額からはわずかながら汗も流れてくるのがわかった。


「キミ誰?」

「いや私は……ただの一般人ですよ」


 苦し紛れにあたふたしながら応える。んー、別に怪しいことやってるわけじゃないのになあ。どうしてこんな口調になっちゃうんだろう、ハァ——


 中にいたのは男の人だった。それも見た目は私より少し……下かな? 少年という感じが漂っている。


「そう、でも一般人がこんなところに何の用?」

「——たしかに」

「え?」

「あっ、いや、なんでもないの。うん」


——っはぁ。もう一度私は溜息をついた。そうよね、一般人がこんなところを覗くはずないもの。私はこれ以上の口実が思いつかず、頭が真っ白になってしまったの。でも、一つだけ聞きたい事があった。


「あなたはここ……この家の持ち主なのですか?」

「いや、違うよ」


 予想はしていたけどやっぱり違っていた。だよね、常識に考えてみれば確かにそうだよね。


「じゃあ何でこんなところに居てるんですか?」

「僕は今自転車で日本全国を回る旅に出てる最中なんだ。今は休憩でここに居てるだけさ」

「へぇ、なるほど」


『ホラ』といって少年が指した先にはし彼のものと思われるマウンテンバイクがあった。

 この男の子、まだ小さいのに自転車で全国を回るだなんて……私以上に凄いことをやろうとしてるのかもしれない。話を……伺ってみようかな。


「是非お話を聞かせてもらっていいですか?」

「いいよ、もちろん」


 彼は即答してくれた。そして私は大きな穴から廃屋の中へ入り込み、彼が下に敷いていた毛布の上に座った——



 そしてあれから何時間が経ったのかな。少年が昼飯にと缶詰やらいろいろな物をわざわざ私に与えてくれて、話の続きをしてくれた。


 少年の名前は秋山聡(あきやまさとし)くんと言って、私の町からじゃあ手が届かないくらい遠い町に住んでいるらしいの。毎日同じ景色を眺めていて見飽きたので、学校そっちのけで急に全国を自転車で回る旅に出かけて、さっきここに辿り着いたばかりだと言っていた。歳は今年で十二歳だってさ。私より五歳ほど年下なのに……。彼の方がよっぽどご両親が心配するんじゃないかな。それに聡くん自身も、寂しいとか思わないなんて偉いなぁ。


 そして明日の朝には出発するってさ。小さいのによく頑張るよね。私なんかと大違い……なんだか嫉妬しちゃうな。


 聡くんが話し終わる頃には日が西に傾いていて真っ赤な太陽が廃屋を照らしている。割れた窓から差し込む西日からそれは伺えた。


「君さ、家に帰らなくて大丈夫? もう大分日も落ちてきたけど」

「いいの、帰りたくなるような家じゃないから……」


 悔しいけれどこれが現実。普通なら『それじゃあ私帰るね』と言っておしまいでしょう。でも私はそんな気持ちには絶対ならない。何故なら——


「そうなの? んじゃ——」

「へ?」

「まだ聞いてなかったよね。君はなんでこんなところに? 何でもなくてこんなところに来るはずないし、言ってみなよ」


 聡くんがニコニコとしながら追求してくる。んー、変なのに捕まっちゃったのかなぁ。でも彼の話をずっと聞いてたわけだし、私だけ話さないなんて不平等だもんね。よし、話す!


「——私、世界の果てを探しているの」

「世界の果て?」

「うん」


 私がそう言った瞬間聡くんは案の定驚いていた。へぇといった表情をしていて、その顔は私の恐れていた馬鹿にするような表情とはまったく別のものだった。その顔見て私はそっと、ようやく一安心をしたの。


「なんでそんなところを探そうと思ったの?」

「……」


 私は口篭った。やっぱり言いづらい。こういうのって認められるかどうかわかんないんだもん。——でも、話してみようかな。


「実はね——」



——私は日常が嫌いだった。毎日毎日、同じ事の繰り返し。朝起きて顔洗って朝ごはんを食べて登校して授業受けて友達と馬鹿みたいに騒いだり喋ったり。そして私の周りだけじゃなくて、社会もまたそうだった。永遠に今ある状況が変わるわけでもない。ずっと敷かれたレールの上を走らなければならないなんてこんな苦痛があっていいものなのかしら。考えただけでも反吐が出てしまいそうなの。


 両親にもそのことを伝えたけどちっとも分かってくれようともしなくて、頭ごなしに怒鳴るだけ。ならもういいよ。私は——自分自身で答えを見つけてあげるから。


 だから私は家を出たの。両親が寝静まったのを見計らって。そっと窓から外へ出た。


 そして人間が社会という敷かれたレールの中で生活する道路なんか私にはいらない。外れた道を歩き続けることで私の欲求が満たされる他無い様に感じられた。社会に逆らう事で私の思っていることが実現するものかと思われた。


 けど実際のところは全く違っていた。なんで私だけこんな辛い思いをしないといけないのだろう。私はただ……敷かれたレールを踏みたくなかっただけなのにね。なんでみんなはそれを邪魔するのかな……。でも、私は信じるよ。迷い続ければ必ず何処かに“世界の果て”はあるって。


「——なるほど」


 聡くんは深く頷いて考え込むような姿勢になってしまった。私の勝手な理想が少年をちょっと巻き込んじゃったのかな。少し反省……


 そこからしばらく沈黙の間が流れた。日は地平線深くに沈み、元々薄暗かった廃屋内はほとんど前が見えなくなっていた。


 しかし、屋内がほぼ真っ暗になろうとしていた瞬間、間をぶち破るかのように聡くんがよいしょと声を上げて立ち上がった。


「明かりをつけるよ」

「あ、うん……ありがとう」


 ぱあっと一気に明るくなった屋内。私達の周りだけ見ても昼間よりかは明るい。そんな中で私と聡くん、二人だけの顔が浮かび上がってきた。


「君、名前はなんていうの?」

「私? 私は神崎胡桃」

「へぇ、神崎さんって言うんだ」

「うん。ねぇ、なんだか似てない? 私たちって」

「……そうかな?」

「そうだよ」


 聡くんと私。理由は違っていても何かを求めて自分の道を進んでいる。そうだ、私たちは似たもの同士。違うと言われても私は決して否定はしない。


 ふふっと笑みが毀れ、安堵に満ちた。今までの切羽詰った様な心の苦しみとは違った、安らぎを得たように落ち着いていて、話を聞いたり話しているうちに心に余裕を持てるようになった。——きっと私は、誰かに私の思いを打ち明けたかったんだと思う。そしてそれをわかってくれる人が欲しかった。


 今までは両親、友達なんかに私の思いを伝えた。けど一向にわかってもらえなかった。そして私は苛立ち、こんな世界には居たくなかった。だから私は家を出たんだ。そして彼と出会った。彼は私の話を真剣に聞いてくれて、それだけで私の心が満たされるような気分になったの。


 でもそんな彼が、明日の朝にはもうここから居なくなってしまうなんて……悲しいよ。せっかく、これから友達にでもなれると思ったのに——な。


「明日の朝には、ここから居なくなっちゃうんだよね」

「うん、そうだよ」


 彼は相変わらず何の躊躇いも無く即答する。それは何の感情も持ってないのか、はたまた次に旅立つ場所に関心抱いているからだろうか。そんなこと、私にはわからないけど……なんだか寂しい。聡くんにはもっとここに居て欲しいのに。


「……そっか。元気でね」

「うん」


 私は悲しみを堪えつつ、もう一度、聡くんに向かって微笑みを見せてみた。すると聡くんも私を見て微笑み返しをしてくれた。


「それじゃ……僕もう寝るね。明日は朝早いし、疲れてるんだ」

「そう、おやすみ……あ、聡くん——」

「なに?」

「……やっぱなんでもない。おやすみ」

「そう、おやすみ」


 そう言って聡くんは横になって毛布に包まり眠りについてしまった。私も喉まで声が出かかったけど、やっぱり言えなかった。そして明かりも消されてしまった今の私が居るこの廃屋の中では何も聞こえなくて、何も見えない。ただ、真っ暗な闇が広がっているだけだった。ただわかっているのは、目の前で聡くんが寝ているということだけ……。


 私はそんな中でまだ眠たいというわけでなく、若干目が冴えていた。だから突発的に私は外へ出てみようという衝動に駆られた。別にこんな夜遅くからでかけるというわけでもなく、ただ、山から見る星を見てみたかったの。今までは町の中や私の家の窓からでしか見なかった星。一体どのように見えるのだろう。それが気になって仕方なかったの。


 そんなわけで私はすっと立ち上がり廃屋の外へ出てみた。若干木が邪魔して夜空を見上げても星なんてあまり見れない。でも少し移動するとちょうど草木が生えてない場所があった。人工的に刈られた跡なんかがあったけど、別にそんなことはどうでもよかった。そしてそこから私は大の字になって天を仰ぎ、見える星たちを延々と見つめていた。


 そんな中で私は、こんな話を思い出した。


 渡り鳥というのは、星を見て移動しているんだってさ。どっかの研究者が、プラネタリウムに鳥を入れて星空を動かしてみると、ちゃんと鳥は南の空に向かって飛ぼうとするんだってさ。不思議だよね。でもこうやって、渡り鳥もずっと旅をしてきてるんだよね……聡くんみたいに。


 きっと聡くんも渡り鳥なのかな。星空ではないけれど、太陽が出たら動き始める。それが彼にとっても目印なんだろうね。——はぁ、この星空……聡くんにも見せてあげたいなぁ。でも寝てるところを無理に起こすわけにもいかないよね。



——でも聡くんはきっと、鳥に憧れて旅に出てきたのかな。自由に空を羽ばたきたい。そんな気持ちが聡くんを……旅に行かせたのだと、私は思ってる。ううん、そう思いたい。




 朝目覚めると、廃屋の何処を探してもやっぱり聡くんは居なかった。マウンテンバイクも無くなっていた。


 私は星空を見終わった後、聡くんのとなりで横になって寝ていたけど、彼が出て行ったことにまったく気付かなかった。呆然とした感覚だけが私の中に取り巻いていた。


 でも朝起きた時には、寝たときに被っていなかった毛布が未だぬくもりを持っていた。きっと、聡くんが起きた時に私に被せてくれたのかな。一期一会の仲だったけど……やっぱり彼は優しかった。


 私が聡くんが寝る前に伝えたかったこと、それは——私を聡くんと一緒に旅に連れて行って欲しかったの。


 私から見れば彼は渡り鳥そのものだったんだもの、渡り鳥だけが世界の果てへ辿り着けたのかも知れない。でも無理だったんだよね——だから私に声をかけずに、彼は出て行ってしまった。私の夢を乗せて——空高く、何処かの空へ旅立ってしまったの。


 私は、聡くんがいないとわかっていても——何度も何度も同じ場所を探してしまった。それだけ、彼の印象が強かったのだろうと自分でも思ってる。


 そして本当に居ないと分かった時、私は泣いた——思う存分大声で泣いた——



 その後、私は山を下り、今日限りで道に迷う事をやめて、何日かぶりに家に戻った。玄関のドアを開けると、お母さんがドタドタと足音を立ててこちらに向かってきては、私の姿を確認して涙を浮かべて抱きついてきた。私はそれに無言で応えるしかなかった。——ごめんなさい、お母さん——と。


 こうして私の夢は潰えました。そして嫌っていた社会のレールという名の日常に戻るわけです。でもどうしてでしょうか、家出する前に比べて、とても気持ちが楽になっています。自暴自棄というわけでなく、全てを許せてしまう——そんな感覚です。


 昨日までの事はなんだったのだろう。思い起こせば単なる幻や、長い夢でも見てたかのようだったけど……それを気付かせてくれたのは間違いなく彼だったのかもしれない。



——私を世界の果てへ連れて行って。ううん、世界に果てなんて……無かったのかもしれない。


 私はただ、迷いたくて迷っていたのではなくて、何かに出会いたくて迷っていたのかもしれない。日常に戻りつつある今となっては、そう感じるようになってしまった。


 私は鳥じゃない……ただ無作為に歩き回っていただけなんだと。そんなので果てが見つかるわけないよね。


 でも仮に聡くんが渡り鳥だとしたら——彼はきっと世界の果てに辿り着いてるよね。なら私も、南の夜空を見上げてみることにする。そしたら、きっとまた何処かで聡くんに会える気がするの。そしてその場所が、私の心に存在する——世界の果てじゃない?

2つ目の投稿になります。 比留川あたるでございます。


この作品は10年以上前にその場の勢いで書いてしまったものではあります。

若干哲学的な中身ではありますが、読んでいただければ幸いでございます。

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