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ロスト・ハート  作者: 羽兎てる
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第一話 ただの、きっかけ。

RPGって、いいですよね。

 つまらない。空虚だ。こんな生に、何の意味があろう。無駄だ。無価値だ。意味などない。

 毎日の虚しさが、俺を圧し潰そうとしている。そう感じながらの生活は、ただでさえ摩耗していた俺の心を、さらに削り取るには十分すぎた。

 ユリウス・フォンダン―――トロス帝国の貴族・フォンダン家の一人息子として生を受けた俺は、ある意味”大事に”育てられた。愛されて育てられたか、と言われれば、甚だ疑問は残るが。

 幼い頃から、魔法、芸術、勉学、運動…その他、貴族に必要とされるものを、また、家を守るために必要な禁じ手等を,徹底的に仕込まれた。家の主となるべく、ではなく、家の道具となるべくして。やれなければ執拗にいたぶられ、できたらできたでさも当然とばかりに、次へ次へと叩き込まれた。そこに恐怖は無かったが、ただ、心の重心が下がるような気がするのだった。

 たまに褒めてはもらえたが、その言葉に俺への気持ちも何も籠ってはいないことなど、最初から分かっていた。

 そんな生活も、悲しいなどとは思わなかった。いや、思えなかったといえば正しいか。家のために道具のように尽くし、家筋を守ることのみを教えられていた。

 家が俺に求めていたのは、跡取りとしての俺ではなく、傀儡としての俺だった。そこに俺自身、疑問を抱いてはいなかった。当然だと、思っていた。

 「ユリウスは我が家の道具だ。感情を持つ必要はない。家の存続ことを考えていれば、それでいいのだ。」

 父がメイド長にそう話していたのを聞いたのは、つい最近のことだ。本当にただの偶然であった。

 知っていたことではあったが、いざ本人の口から聞いてしまうと、些か心が揺らいだ。このままでいいのか。変わるべきではないか、と。空虚な心に、微かに何かが宿った気がが、それすら何時しか、思い出すことすら無くなっていた。




 19の歳を迎えた頃。どうせ変わることなどないと思っていた、ある日のこと。その日こそが、全ての始まりの日となった。

 起床時間になり、身支度を整える。食事の時間や教育の時間に遅れれば、「なっていない!」とまた調教が始まるので、時計を確認しながら少し急ぐ。時間に遅れないよう、いつものように朝食の席へ向かうが、珍しく誰もいなかった。不審には思ったが、命令されていない行為をしようとすると激しい調教が始まるため、面倒だと思い、確認に行かずに待っていた。すると、酷くやつれた顔で、メイド長の初老の男性が朝食を運んできた。

 「おはようございます、ユリウス様。本日の朝食でございます。」

 メイド長の様子を怪訝に思ったが、何も言ってこないので何も聞き返さない。深い関心はなかった。

 出来合いのものだったのか、珍しく簡素な食事だったが、ナイフとフォークを手に、気にせずゆっくりと食す。味に興味はない。食事に感動など、今更なかった。そもそも、味など感じなくなっていたが。

 メイド長が、顔色を悪くしながら、話しかけてきた。

 「あの、ユリウス様…?」

 「あぁ、なんだ?」

 しかし、会話が続くことは無く、俺は怪訝に思いながらも食事を続ける。

 「えぇと…ユリウス様。お話ししたいことがございます。」

 しばらくして、改めて話しかけてきた。何なのだ今日のこいつは。

 「なんだ。言いたいことがあるなら最後まで言ってくれ。」

 メイド長は、少し躊躇いながら、質問を投げかけてくる。

 「ユリウス様は、こちらでの生活は、如何でしたでしょうか…?」

 そこにどんな意味があったのか、この時の俺は読み取ることができなかった。メイド長の態度に違和感を覚えながらも、状況その他に対して不自然だ、と感じていなかった。

 「何も感想はないが?質問の意味が解らんな。」

 メイド長は、悲しそうな表情をしながら、失礼しますと礼をして退出する。去り際に、申し訳ございません、と、言い置いて。

 食事の時間も終わり、流石に今日の予定の時間が迫っているのを確認すると、父を探しに動く。今日は、父と共にさる貴族のもとへ訪問する予定だった筈だ。父の機嫌を損ねる行為かもしれないと思いながら、念のためだ。


 廊下に出て、屋敷内に人の気配がないことに、今更ながら気付く。違和感は膨れ上がり、ぼやけていた思考がクリアになるのを感じる。どうやら感覚を狂わされていた、と気付くのに、そう時間はかからなかった。

 俺はこれでも、英才教育を受けてきたと自負している。それなりに気配や空気に対する感覚を鍛えられている。だから、人並み以上に感覚が鋭敏な自負はあった。が、それでもなお、気付かなかった。いや、気付けなかったことに今気付いた、という方が正しいか。思考に靄がかかっていたという認識も、今まで感じることが出来なかった。

 この世界には、物理的に何か現象を引き起こす、”魔法”。視覚や嗅覚、聴覚等に働きかける"幻術"等が存在する。恐らく、幻術の類にかけられていたのだろう。少し考えればすぐに気付けそうな茶番劇に、まんまと付き合わされていたわけだ。

 メイド長の態度とといい、几帳面すぎる家族が食卓に揃わないことといい、家族より先に食事を口にして違和感を抱いていなかった自分といい、おかしな点はいくらでもあった。この程度も気が付かない人間には育てられていないはずだ。仮にも俺は,この家の”道具”なのだから。

 ふと、鼻先に嫌な、鉄っぽい何とも嗅ぎたくない匂いが流れ込んでくる。確認するまでもなく血だろう。匂いの先は、父と母の寝室だ。自然と手が心臓のあたりを握りしめようとするのに気付き、首を振り、抑える。恐怖でも、事象への拒絶でもない。自身の存在が否定されることへの、名前の付けられない自身の気持ちだったのかもしれない。それは、憎しみとも悲しみともまた違う気がする。晴れやかでないのは確かだが。

 寝室の扉の前へ立つ。血の匂いは濃くなるが、躊躇せずに扉を開ける。中では、予想通りの惨状が広がっていた。

 天蓋付きのベッドの上には、純白のネグリジェを真っ赤に染め上げた母の姿が。ベッドの足元には、驚愕に目を見開いたまま、首にナイフを突き立てて仰向けに寝ている父の姿があった。食事後に見る光景にしては、些か以上に胃に悪い光景だった。いざこの景色を見ると、さすがに胃が捩れるような感覚がして、そのまま戻しそうになった。いくら少しばかり”教育”されている身とはいえ、これはなかなかに堪えた。

 見るに堪えず、部屋を後にする。まだ確認すべき点…祖父母の部屋があった。とはいえ、この様子では、同じような状況だろうが。

 両親の部屋の隣の部屋が祖父母の部屋である。当然のようにこちらからも、鉄のような匂いがした。

 扉を開け、中を確認する。こちらは、二人とも体はベッドの上にいた。だが、綺麗に首から上は無かった。ベッドの足元に、鮮やかに跳ね飛ばされていたのだ。

 切り口を見るに、同一犯ではなく、複数犯なのかもしれない。あのひ弱なメイド長にこのような技術は無かったはずだ。首を飛ばすには、余程”すじ”が見えなくてはならないのだから。あのメイド長も犯人の関係者、または犯人の一人なのは、今朝の言動を見るに、間違いない。

 吐き気を堪えながら分析を終え、この後の自身の行動を考える。

 俺の、存在理由を、奪われた…?そう考えると、寒気が襲ってきた。どうすればこの寒気は消える?

 部屋の隅の時計の針は、動いていなかった。


 とりあえず、メイド長を探すことにした。メイド長の行動パターンは、至って簡単だった。近所の寂れた教会で、祈りを捧げていた。

 「相変わらずあんたは、何かあるたびにここに来るんだな。」

 芯に刻まれた行動は、なかなか抜くことが出来ないのかもしれない。縋る意味でも、この場に来ざるをえなかったのだろうか。それとも…。

 「あぁ、ユリウス様…やはり来てしまったのですね。わたくし、分かっておりましたとも、ええ。」

 何もしなくても干からびてしまいそうな程、メイド長の気配はやつれていた。

 「わたくし、かれこれ10年になりましょうかね…。あのようなあなたへの仕打ちを見始めてから。」

 メイド長は、懐かしむように、それでいて憐れむような口調で、昔語りを始める。

 「あんなにも可愛らしかった坊ちゃんを…ユリウス様を、言葉と体罰をもって追い詰め、何もかもを詰め込もうとしていた旦那様方…あのような愛無き仕打ち、わたくし、もう見ていられなかったのでございます。5年にわたってメイドたちと準備を進め、ようやく、方々への根回しも済んだのですよ…?長かったです、ユリウス様をお救いするまでに、これほどまでにかかってしまいました。お許しくださいませ…。」

 さも、自分の言葉が俺に届いているかのように語り掛けてくる。内から湧き出るのは、形容しがたい気持であった。これを俺は理解できず、口をきつく結ぶ。

 何者かの気配がした気がした。そのおかげか、ふと、思考が急激に冷静さを取り戻してきた。

 「後はユリウス様があの家の頂点に立つだけです。それだけで、我々の努力も報われるというものです。さあ、さあ!」

 緑の石が飾られた腕輪をつけた手を差し伸べてくるメイド長。その手を俺は…。

 袖に隠していたナイフで、綺麗に切り落としていた。

 「!?…え?ぁ…あぁぁぁぁあああ!!」

 何が起きたのかわからないという顔で、叫びながらのたうち回る。

 「ふぃ!?あぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあ!!」

 血に眉をひそめながら、俺は努めて冷静に、質問する。

 「他のメイドたちは、どこだ?」

 メイド長は、喉も枯れ、だんだん声を発せなくなっていった。失血による衰弱もあるのだろう。

 諦めて、周囲の気配を探す。が、この周囲にはもう、先ほどの気配以外、何の気配もない。こんな様子ではあるが、こいつは恐らく、こうなる可能性も計算していあのだろうし、どこかに匿わせているのかもしれない。そうだった場合、早急な”お掃除”が必要かもしれない。。

 わざとらしくため息をつき、あえて言う。

 「こうなるのが分かっていたのなら、お前は逃げれば良かったんだ。もっとも、もう意識も飛んで聞こえてないんだろうが。」

 もう一つの気配が消えるのを尻目に、白目をむき痙攣するメイド長に、一瞬同情の視線を向け、最後に一言だけ添える。

 「こういうやり方しか、できないんだよ。」

 全ては、俺の胸の内に秘めておくとしよう。その時が来るまで。

 




 時はフォンダン家での事件の一年後。俺は、帝国の隣国、アルヒ共和国の北にある、砂漠のど真ん中にいた。

 必要最低限の荷物を手に、砂漠を歩く。別に、手配されて逃亡している訳でもないが、目的があって動いている。決して、帝国での何もかもが面倒で、逃げてきたわけではない。決して。まあそもそも、あれからすぐに国を出たから、どうなっているかも知らない。

 外のことをあまり知らなかった俺は、家を出て相当に苦労したのだが、その話はまた追々。

 ―――家族を殺す計画を立てた本当の主が、砂漠の都市に潜伏している。ある筋の情報屋に、多額の金を流し込んでやり、様々な情報を集めた。そして散り散りになっていたメイド達のもとに訪問し、ついでに少しばかり”お掃除”しながら裏付けを得てきた情報だ。

 己の存在意義を見つけるために。今は少しでも歩を進めなくてはならない。

 直射日光に照らされながら、俺は進んだ。町に向かう途中にオアシスを見つけ、立ち寄る。

 陽の光を浴びて輝く水を、顔に勢いよくかける。少し、思考がクリアになった気がした。

 ふと、オアシスの対岸を見やる。人影だ。気配を掴めなかったことを考えると、隠蔽だろうか。いや、暑さで鈍っているだけか…?

 油断し切っているのか、はたまた気付いていて無視しているのか、そちらの人影は、日光を避けるべく厚めに全身に巻いていた布をすべて取っ払うと、あろうことかオアシスにダイブした。

 なんてことない、無視すればいいと思っていたが、一瞬でその思考は切り替えられる。

 飛び込んだ人影は、少女だった。ただの少女だったら、無視していただろう。しかしそいつは、あろうことか、情報屋から伝えられていた特徴、そのままだった。

 少しクセの目立つ美しい黄金の長髪、140cm程の小柄な体躯、端整な顔立ち、何より…背中の髑髏のような紋。間違いない、こいつだ。

 対象を認識した瞬間、周囲の時がスローになった気がした。すぅ、と息を止め、一瞬で終わらせるため、揺らりゆらりと動き始める。確実に仕留めるために。あの家の技を使う。殺意を確実に消しながら。

 対象の死へのカウントダウンがゼロになる、その瞬間。

 「やめときなって、キミ、それ以上動いたら、死んじゃうよ?」

 耳元で、抑揚の少ない声がした。油断した気はない。しかし、現実はそうではなかったのだろうか。先ほどオアシスに飛び込み、泳いでいたはずの少女。ついさっきまで、俺が見ていたはずの少女は、瞬き一つの間に、俺の耳元にいた。

 抑えることのない鋭利な殺気に射抜かれ、俺は動けなかった。

 「やっぱりか。キミ、そんなんじゃあ私は殺せないかな?」

 言い返せなかった。言葉を返すことすら出来ない程、硬直してしまっていた。冷汗が頬を伝う感覚は、あまりに久々だった。どうやら、久しく忘れていた恐怖を、感じているらしい。瑞々しい裸体を眺めている余裕すら、無かった。

 「キミに綻びが残っていてよかったよ?うんうん。」

 飄々とした明るい声で話しかけてくるが、その空気から、微かにでも動いたら死が待ち受けている事がうかがえた。明確に、殺意を放っていた。

 殺意をこのような形で当てられて竦んでしまうとは…。いや、竦んでいるというより、直感が、動いてはならないと体を縛り付けていると言った方が正しそうだ。

 「さて、キミ。その右腕の毒武器…うーん、注射かな?それを外してもらえるかな。怖くてたまらないんだよねー。」

 鋭い眼光で射すくめられ、言うことを聞く。

 「うんよろしい。キミの体はよくお分かりのようだ。えらいえらーい!」

 何なのだ、こいつは。言葉の一つ一つに、逆らえない何かを感じる。ようやく鋭い殺気は消してくれたようだが。

 「あと、その靴の底ね。取り外せるよね。そいつも、外させてもらうよ。」

 靴底の仕込みナイフも、容易く見抜かれ、即座に剥ぎ取られていく。

 「あと、その義歯の裏に仕込まれた針も、ね?」

 本当に何なのだ。ここまで的確に、丸腰にされると思わなかった。

 「楽にしていいよ。その代わり、これらはこうしてこう。だけどね。」

 彼女が指さすように動くと、仕込み道具のすべてが、目の前で、まるで粘土になったかのように溶けていった。一体これは…。

 「あー、これ?聞きたい?ねぇ、聞きたい!?」

 別に、聞いてないのだが。

 「これは魔法だよ。知らない?いや、キミなら知ってるよね、何たってあの名門、フォンダン家の道具”だった”男だもんねぇ…?」

 魔法と言えば、フォンダン家の十八番である。当然、俺も教育を受けていたが、如何せん、才能がなかったので、あまり行使することはできなかった。

 むっふー、と言いながら得意げにしていた目の前の少女は、空中に指で輪を描く。すると、溶けた武器が砂のように消えていった。

 「俺を殺すのか?」

 俺の口からは、簡単にこの言葉しか出なかった。が、少女はわかっていたと呆れるかの如く、首を横に振る。

 「いんやー?私はキミを殺さない。殺しちゃったら意味がないからね!私、意味のない人殺しはしないから。」

 俺の家を破壊した首謀者は、さも当然とばかりに言ってのけた。あれだけの行為をしておきながらよく言うとは思ったが、同時に、何故あのような行為に及んだのか、そこに疑問があった。

 聞きたいことが山ほど浮かんできたが、とても聞ける立場でもないので、今かけるべき声を、俺への処遇を少女に問う。すると少女は、事も無げにこう答えた。

 「キミには、私、リュシカの専属ボディーガードをしてもらおうと思う!!」

 リュシカと名乗る少女…いくら調べても、その実態は掴めなかった、今目の前で内心の読めない笑みを浮かべる少女の言葉に、何故か俺は、逆らうことの出来ない運命のような何かを、感じていた。心では、俺の存在理由を奪ったこいつを殺すべきだと思っているのに…。どこか深くで、こいつの真意を知りたいと、そういう感情も生まれてしまったのかもしれない。

 本当の分岐点であることを、俺はまだ知らなかった。彼女の手を取ることで、狭い世界しか知らなかった俺の景色が、幾億もの可能性の星を見つけることを。失われていたと思っていた、大切なものを、少しづつ取り戻していくことを。

長ったらしい文章を読んでくださったことに、心より謝辞を。頑張って書くから、続き読んでもらえると嬉しいかな、なんて思ったり?

様々な作品の影響を受けながら、あれいーなーとか、これいーなーとか、むべむべ迷走しながら書いてます!

まだ始まったばかりですが、こっから色々詰め込んでいきたいので、どうかよろしくお願いいたします!

あ、偽り姫?そのうち書きますよ、そのうち…にっへっへ。

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