第6章 チョロすぎる女騎士はお好きですか?
「ちえええぇい!!」
【王家の墓】へと向かう旅路の途中、俺たちの前に立ち塞がったモンスター、ゴブリン。
身長40センチぐらいで、手斧を構えつつ旅人を襲ってくる凶暴なやつだが、まあはっきり言ってザコ中のザコだ。ドラゴンよりもずっと弱い。
俺のいた村では、剣や魔法を覚えたばかりの子供が最初の実戦相手として選ぶモンスターが、近くの森の中にいるゴブリンだった。
で、その弱いゴブリンを、両手持ちしたこんぼうで、ひたすら撲殺してまわっているのがアイネスだ。
さすがに彼女はゴブリンより強い。しかしときには反撃をくらい負傷する。そんなときは、
「アイネス、大丈夫? ……【ポアル】!」
と、ルティナ姫が回復魔法【ポアル】を使って治療してやるのだ。
ルティナ姫は、戦闘能力は皆無に等しい。だが彼女は、簡単な回復魔法や補助魔法を使うことができるのだ。
「……おい、エルド」
「ん? なんだ、アイネス」
「なにを冷静に観察しているのだ。先ほどからゴブリンがやたら現れているのだぞ。お前も少しは戦いに加勢したらどうだ」
「いや、そうしたいのはやまやまなんだけどよ。このものほしざお、なんかスミのほうが黒く変色していてさ。こんなので攻撃して大丈夫かなって」
「ああ、これ、きっと、雨の中でも外に置きっぱなしだったんですよ。だから腐ってしまっているんです」
「マジかよ、やっぱりな。こんな武器じゃどうしようもねえわ」
「申し訳ございません、エルド様。父の用意した武器がよりにもよって、ものほしざおだなんて」
「ルティナ姫のせいじゃないって。王様のせいでもない。貧乏が悪い」
「お前も悪いんだ、お前も!」
アイネスが、ポニーテールの金髪を揺らしつつ俺に食ってかかってくる。
「お前が家宝のレイピアさえ折らなければこんなことにはならなかったんだ! 私ともあろうものが、こんぼうなんか振り回すはめになってしまって! こんな攻撃力の低い武器……屈辱だ!」
「え、あれ家宝だったの。……いや、悪いことした。すまん。修理費用はちゃんと払うから勘弁してくれ」
「自分の犯したあやまちの責任はきっちり取るエルド様。すてきです。ぽっ……」
ちなみにアイネスのレイピアは、旅立つ直前に王宮付きの武器職人に預けて修理を依頼してきている。
「くそっ、やはり信じられない。こんないい加減な男がドラゴンを倒したなんて。私のレイピアを折ったのだって、なにかのマグレに決まっているのだ……」
アイネスは小声で、なにやらぶつぶつ言っている。
なんだろう、よく聞こえないが。
「「「グギャグギャグギャグギャ!!」」」
そうこうしていると、またゴブリンが何匹か現れた。
俺の時代では、森の奥の方にしか少数しかいないモンスターだが、この時代だとやたらめったら徒党を組んで現れるな。
「くそっ、キリがない!」
アイネスは再びこんぼうを構えると、ゴブリンの群れに向かって突撃していった。
こんぼうを、振りかざす。
殴る、殴る、殴る。ひたすら敵をぶん殴る。
ときには敵の反撃が来る。避ける。防ぐ。そしてまた殴る。
数体のゴブリンを相手に激闘を続ける彼女を見ながら、よし、こうなったらもう、ものほしざおでも構わない。俺も敵と戦おうと決めてアイネスのところへ向かった。
で、ものほしざおを槍のように構えつつ――
しかし俺は、戦う前にアイネスに向けて尋ねたのだ。
「なあ、アイネス」
「エルド、お前は引っ込んでいろ。マグレは何度も続かないぞ!」
アイネスはゴブリンと戦いながら、大声を返してくる。
そんな彼女の罵倒を俺はあっさりスルー。そして先ほどから、というかバトル開始のときからずっと思っていたことを質問した。
「あのさ、お前。さっきから馬鹿正直にゴブリンひとりひとり殴ってるけど。なんで【スキル】使わねえの?」
「は? ……【スキル】?」
アイネスはもちろん、後方に控えていたルティナ姫もきょとん顔である。
え、俺、なんか変なこと言った?
「だからさ、【スキル】だよ。ザコモンスターの群れを魔法なしでいっぺんに倒す方法」
「なんの話だ。お前がなにを言っているのかさっぱりわからん」
「いや、だからさ。……えっと。……さおよりはこんぼうのほうがいいか。ちょっとこんぼうを貸してくれ」
「あ、おい」
俺はアイネスからこんぼうを借りると、目の前にいるゴブリン数体に向けて、上半身を大きくひねらせ、
「はあああっ! 【螺旋斬り】っ!」
全身を激しくきりもみ回転させながら、ゴブリンの集団の中に突っ込んでいったのである。
ごすごすごすごす!!
こんぼうが、次から次へとゴブリンの肉体を殴りまくっていく。ギャル、ギャル、グギャグギャグギャグギャル! ……ゴブリンたちは雄叫びをあげながらどんどん吹っ飛び、あたりにぶっ倒れていった。
数秒後。
ゴブリンの群れは全員地べたに突っ伏していた。
で、土煙の立ち込める中、俺は「ふー」と、別に疲れてもいないのにそれっぽく息を吐き出してから、こんぼうをゆっくりと下げたのだ。
地面はずたずたに切り裂かれ、草原の真ん中なのに草があたりに飛び散ってしまっている。
さらに土くれや石ころまで、そのへん一帯に転がっているその様子は、まるで嵐でも来たあとのようだ。
「な、な、な……」
「え、エルド様……これは、なんという……」
アイネスは、その場にぺたんと尻もちをつき、ルティナ姫もまた碧眼を大きく見開いている。ふたりは俺のやったことにやたら仰天しているようだが、
「やっぱこんぼうじゃ、これくらいがやっとかあ」
俺はこの結果に不満だった。
思っていたよりも、威力が低めなのだ。
この技はもっと相手に与えられるダメージが大きい技なのに。
はがねの剣を装備していれば、もっと強い威力が出せた。こんぼうじゃこの程度か。まあ、ものほしざおよりはたぶんマシだが。
「30点だな」
自己採点する。
すると俺のその声を聞いたアイネスが「な、何点満点で? 30点満点だろ……?」と、ひとりごとのようにうめくのが聞こえた。
1000点満点に決まってんだろ、こら。
「エルド様。い、いまのはいったいなんですか?」
と、そのときルティナ姫が、震える声で尋ねてきた。
「なにって、だから【スキル】でしょ」
どうもさっきから、彼女たちと話がうまくかみ合わない。
「【スキル】? 【スキル】って、なんですか?」
「え? 【スキル】知らないの? 嘘でしょ? 基本じゃんかよ!」
【スキル】――
それは各職業によって習得していく特技のことだ。
この世に生きとし生けるもの皆、15歳になるとおのれの職業を選択し、そのことを、神父様を通じて神に報告する。すると神の祝福を受けて、みずからの職業が決まる。例えば《戦士》、例えば《僧侶》、例えば《商人》、例えば《忍者》など。《農民》や《職人》、《船乗り》のような職業もある。その中で、俺は武器攻撃と魔法のすべてをオールマイティーに使いこなせる職業《魔法戦士》を選んだわけだ。
で、その職業になって、ある程度の経験を積むと、神の祝福が発動して、その職業特有の特技を覚える。それが【スキル】ってわけだ。
僧侶や魔法使いなら分かりやすく、攻撃魔法や回復魔法、補助魔法を覚えていく。
《忍者》なら【二刀流】とか【手裏剣投げ】とか、攻撃のスキルを覚えていくし、《商人》なら【アイテム鑑定】や【値切り】のスキルを習得する。そして《戦士》だったらさっき俺が見せた【螺旋斬り】などを覚えるのだ。複数の敵に対していっぺんにダメージを与えていくスキルね。
俺の職業《魔法戦士》は、戦士、僧侶、魔法使いの三大職業のスキルをすべて覚えていく。俺にとってはそれがとても魅力的だったのでそうした。……ただ、すべてのスキルを習得していく代わりに、得なければならない経験はとにかく多い。先ほどの【螺旋斬り】だって、普通の戦士なら敵と30回戦えば覚える基本技だけど、俺は60回戦わないと覚えないし。
……ま、とにかくそういうわけで。
【職業】とそれに基づく【スキル】。
これは基本的な知識だと思っていた。
それなのにルティナ姫とアイネスは、まるで知らないという顔をしている。マジかよ。
俺はてっきり、ふたりの戦闘スタイルから、ルティナ姫は《僧侶》、アイネスは《戦士》だと思っていたんだが。
『ザザザ……エルドよ、この世界に職業とスキルの概念ができたのは6代目勇者の時代からじゃ。いまそなたがいる時代には、そんなものはない! ひたすらおのれの腕力と武器の攻撃力に頼って戦うか、独学で覚えた魔法を使うしかない、そういう時代なのじゃ! ……ザザザ……』
また『宝玉』がなんか言ってる。
たぶんリプリカ様がメッセージを送ってきているんだろうが、やはり雑音混じりで全然聞こえん。
そう、そのリプリカ様とアークのやつだけは特別だった。《魔女》と《勇者》。世界にたったひとつしかない職業に就いていた。選ばれし者ってやつだな。
「エルド様。あなた様はやはりすごいです。魔法だけでなく、あんな技まで使ってしまうなんて!」
「……これまでのことはマグレではないのか……やはりお前は、ドラゴンを倒した男……。……さ、先ほどの【螺旋斬り】とかいう技……化け物か……?」
ルティナ姫は瞳をきらきらさせて、アイネスは怪物を見るような目で俺を見ている。
いや、そんな反応されても。俺、全然大したことしてないのになあ……。
その日の夜。
俺たちは、大木の下に寝転がって、野宿をしていた。
王宮を旅立つときに持ってきたパンと水を頬張ってから、ごろりと横になる。
草のにおいが、なんだか心地よかった。
夜空の星が、涙が出るほど美しくきらめいている。
久しぶりだな、こういう感覚。なにせ俺としては、しばらくぶりの冒険だからなぁ。
「エルド」
ん?
隣から、突然声が聞こえてきた。
顔を向けると、アイネスがこちらを見つめてきていた。寝たと思っていたが、まだ起きていたのか。
「なんだよ、アイネス」
「これまですまなかった」
「え? どうした、いきなり」
「私の態度の数々を詫びたい」
アイネスは、いやに殊勝な態度でくちびるを動かす。
「初対面のとき、いきなり剣を突きつけたり、あるいはお前の活躍をマグレなどと言ったり。……申し訳なかった。許してくれ」
「なんだ、そんなことか。なに言ってんだ、最初から気にしてねえよ。こっちこそ、レイピアを折っちまって悪かった。改めて謝るよ」
「ふふっ、するとあいこだな、私たちは」
アイネスは、にっこりと笑った。
おっ、初めて見るぞ、アイネスの笑顔。
「なんだ、そんな可愛い顔もできるんじゃん」
俺は何気なく言った。
それは偽らざる俺の本音だったのだが、するとアイネスはカーッと赤くなって、
「か、か、か、可愛いだと? なにを言っているんだ、お前は!! 言うに事欠いて、なんて、なんてことを……!」
「な、なんだ、どうした。え、わ、悪かったか? なら謝る、すまん……」
「い、いや。……悪くはない……けど……」
アイネスは、だんだん声が小さくなる。
かと思うと「も、もう寝る!」と小さく叫んで、反対側を向いてしまった。
「…………いきなりなにを言うんだ……生まれて……初めてだ……そんな、可愛いなんて……言葉……」
ブツブツと、小さなセリフが聞こえる。
が、やっぱりよく聞こえない。……なんなんだ、いったい。
俺は何度かまばたきをしてから、まあいいかと思って再び夜空の鑑賞に入った。
『……ザザザ……アイネスとやら……チョロい……。チョロすぎる……チョロ騎士か……』
また、宝玉が雑音を発したが、もう気にしなかった。
それから数日後。
俺たちは野宿を繰り返しながら旅をし、ついに【王家の墓】の前までやってきた。