第5章 だから王様ってケチだったんスか
「魔王だ! 魔王の手先が――魔族があらわれたぞ!」
「皆のもの、集まれ! 魔族をこの場から叩き出すぞ!」
わらわらと、皮の鎧を着込んだ兵士たちが集まってくる。
そして彼らは銅の剣を引き抜いて、俺に突きつけてきた。
……なんだあ?
魔王の手先、だと?
「待て待て、どういうことだ。俺は魔法戦士エルド。見ての通り人間だぞ」
「黙れ! その手に乗るか!」
何十人と集まってきたお城の兵士の中から、一人、細身の剣――レイピアをたずさえた女が出てきた。
セミロングの金髪を、一つ結びの、いわゆるポニーテールにした、10代後半の女の子である。布地の長袖長ズボンの上に、鉄製の胸当てをつけている。彼女だけ少し装備がいいな。
しかしいかにも生真面目そうな、キリッと引き締まっている整った顔立ちだ。
だが険しい眼差しを俺の方に向けている彼女は、白桃色のくちびるを動かして叫んだ。
「お前はいま、突然我々の目の前に現れた。そんなことができるのは魔王の手先だけだ!」
「そうだそうだ! アイネス様の言う通りだ!」
「さすがはアイネス様、王宮付きの騎士だ。抜群の見識だ」
「みんな、油断するなよ。こいつは魔王の手先だ」
レイピアを持った少女は、アイネスとかいう名前らしい。
それも騎士っていわれてるな。装備の良さといい、彼女の身分は普通の兵士より上っぽい。
ところで、そのアイネスのセリフを聞いて、俺はピンときた。俺の瞬間移動魔法を見て、こっちのことを魔王の手下だと誤解しちゃったわけだ。
「見れば見るほど、魔族っぽい輩め。この王宮になんの用か知らないが、このアイネス・リルヘイムに見つかったのが運の尽きだったな」
アイネスとやらは、微妙に得意そうな顔で剣を構えた。
それに続いて兵士たちも次々と獲物を構える。おいおい、待てよ、マジで戦う気? ちょっとはこっちの話を聞いてくれ――
「皆のもの、いい加減にしなさい!」
そのときだ。
俺の後ろにいたルティナ姫が一歩前に出て、アイネスたちを怒鳴りつけたのだ。
「えっ、る、ルティナ姫様!?」
「ほ、本当だ。みずぼらしい格好だが、姫様だ」
「さ、さらわれたはずの姫様がなぜここに?」
兵士たちは、がやがやと騒ぎ出す。
「こちらは魔法戦士エルド様。わたしを魔王の部下のドラゴンから助けてくださった方です。魔族だなんてとんでもない」
「えっ!? こ、この男が、姫様を!?」
アイネスは、琥珀色の瞳を大きく見開かせる。
「そうですとも。――申し訳ございません、エルド様。王宮のものがとんだ粗相をいたしまして」
「いや、構わねえよ。にしてもルティナ姫は慕われてんなあ、みんな心配してたみたいだぜ? ははは」
「ま、待て、貴様! 魔王の手下でないのは分かったが、姫様に対してなんたる口の利き方を!」
「いいのですよ、アイネス! エルド様はいいのです」
「し、しかし……。……このヒョロヒョロした男が……魔王軍最上級モンスターのドラゴンを倒して姫様を助けた? そんなバカな……どうやったのだ。どうやったらそんなことができるのだ……」
「アイネス! いい加減にしなさい!!」
ルティナ姫は金切り声をあげ、女騎士アイネスはまだ疑り深い眼差しで俺のことを見つめてくる。
どうやったのだ、どうやったのだって、ずっと言い続けている。いや、そんな風に言われてもなあ。
「どうやったもなにも、大したことはしてねえんだよ。実際、ドラゴンなんてザコだしさあ」
「ザコ? ドラゴンが? 貴様、なにを言っている?」
「いやだって、本当にザコじゃん。ドラゴンなんて瞬殺だぞ? 軽くはたいただけで倒せたし。こんなふうに」
ひょい。
パキィン!!
「…………え?」
俺が軽く左手を振った瞬間、アイネスが持っていた剣の先端が至極あっさりと折れ、横に向かって吹っ飛んで、そのまま地べたに突き刺さった。
あ。
やべ。
折っちゃった。
「な……なに? え? わ、私の……はがねのレイピアが……? まさか、素手で……? あ、ありえない……」
「悪い。まさか折れちまうなんて。軽く叩いただけのつもりだったんだけど……」
うわー、しくった。これは弁償だな。いくらするんだ、このレイピア。
まあ、こんなにあっさり折れるんだから、大した値段じゃないと思うけど。
……って。
あれ? なにこの空気?
アイネスをはじめ、兵士たちは全員唖然とし、何か化け物を見るような目で俺のことを見ている。
俺、なんかそんなに驚かれるようなことしたかな?
「け、剣を折りやがった」
「し、しかも素手で……?」
「あれ、アイネス様のはがねのレイピアだろ? それをあんなにあっさりと……」
何をそんなに驚いてるんだ?
はがねのレイピアを折るくらい、俺の仲間なら誰でもできる。全然大したことじゃないのに。
「まあまあ、さすがはエルド様! 本日も絶好調のようで何よりです!」
「え。あ、ああ……」
ルティナ姫は、呆然としている集団の前でただ一人ニコニコ顔だ。
「皆の者、分かりましたか? エルド様はこのようにとてもとてもお強いのです。私をお助けできたのも当然のことです」
「は、はい……。分かったような気がします……。しかし、それにしてもレイピアを折るなど……」
アイネスはまだ呆然としている。
「レイピアはお父様にお願いして、修理していただきます。さあ、それよりもエルド様、お城の中に入りませんか? きっと父はエルド様のことを大歓迎してくださるはずです」
「あ、そうか? うん、よし。じゃあ行こうかな」
ルティナ姫に促されて、俺はディヨルド王宮の中へと向かっていく。
兵士たちも、俺たちと共に王宮の中に一緒に戻っていく。
ただ一人アイネスだけは、まだ疑惑の気持ちがあるらしく、
「ありえない……魔法戦士エルド、だと……? 素手でレイピアを……ありえない……」
ありえないを連呼して、折れたレイピアをじっと見つめていた。
「いやはや、見事! 見事なり、魔法戦士エルドよ! まさかルティナを助けてくれる者が現れようとは……。けほ、けほけほ」
「お父様、ご無理をなさらないでください。お体にさわりますよ?」
ディヨルド王国の国主、ディヨルド7世は、痩せぎすの身体でせきこみながら、俺の功績を讃えてくれた。
年を取ってからようやく授かった一人娘、ルティナ姫のことを溺愛していたらしい王様は、それだけに娘がさらわれたことを心の底から悲しんでいたらしい。それが今日、ルティナ姫が戻ってきたものだから、1か月ぶりに笑顔を見せたそうだ。で、王様が笑顔になったもんだから、城の大臣や家来、兵士たちも喜びの表情を見せている。よかった、よかった。
「エルドよ。おぬしこそ、我が国に現れた救世主じゃ。頼む。魔王を倒してくれい」
「もちろん、そのつもりッスよ」
この世界に現れるべき初代勇者がいないのだ。
それなら、俺がやるしかなさそうだもんな。
「頼もしい言葉じゃ。エルド、頼むぞよ。――う、ごほ、ごほごほっ!」
「お父様! ああ、こんなに病が深刻になって……。回復魔法も効かないし、どうしたらいいのかしら」
「おそれながら、姫様」
と、口を開いたのは例の生真面目女騎士ことアイネスだった。
「この城の北西にある【王家の墓】の最下層には、どんな病もたちどころに治してしまう『癒やしの杖』があると聞きます。その杖を持ってきてはいかがでしょう?」
「ごほ、ごほごほっ! アイネス、いかん、それはいかんぞ。……【王家の墓】はその名の通り、我がディヨルド王家が7代前まで使っていた墓じゃ。その入り口には厳重な封印が施されていて、王家の者以外は立ち入りできぬ。よって、洞窟の中に入ることができるのはルティナだけじゃが……。
【王家の墓】にたどり着くまでには、数々のモンスターが現れるのじゃ。我が王家がその墓を使わなくなった理由はそこにある。せっかく無事に王宮に戻ってきたルティナを、そんな危険な旅に出すわけにはいかん!」
「私が姫様を護衛いたします。それならば――」
「ごほごほっ! それもならぬ。アイネス、おのれの腕を知れ。おぬしは確かに我が国では一番の剣の使い手。しかしモンスターの群れはそれ以上に手強い。おぬしではとてもルティナの護衛は務まるまい」
「く。そ、それは――」
……なんか、やたら揉めているようだが。
要するに北西にある【王家の墓】までルティナ姫を連れていけばいいんだろ?
「あの、それなら俺がルティナ姫を護衛しましょうか?」
「エルド様が!?」
「なに……お前が?」
「ごほごほ! おお……エルド、そなた、やってくれるか?」
ルティナ姫、アイネス、王様。
三者が三様の反応を示す。俺は彼女たちに向けてうなずき、
「それくらい、お安い御用ッスよ。だいたい、人間ひとり救えずして、どうして国や世界を助けられますか」
おっ、俺いまちょっといいこと言った?
てか言ってみたかったんだよな、こういうセリフ。
「よくぞ申した、エルド。……ごほごほっ! では旅立ちの支度として、そなたに良いものを授けよう! 誰か、宝箱を持ってまいれ!」
王様に命じられた家来が、大きな宝箱を持ってくる。
おおっ、なんか旅立ちっぽくなってきた。
昔を思い出すな。勇者アークといっしょに、あの時代のディヨルド王宮に赴いて、王様から似たようなことを言われて、はがねの剣や鉄の鎧など最初の装備と、支度金10000バルクを貰ったんだ。
当時の俺たちにとって、その装備と金はめちゃくちゃテンションが上がるものだった。その日の夜はあいつとふたりで、豪勢な夕食を摂ったっけ。
「さあ、その宝箱を開けるがよい!」
「ははっ!」
俺はその場でうやうやしく礼をすると、大喜びで宝箱を開けた!
ものほしざおを手に入れた。
こんぼうを手に入れた。
10バルクを手に入れた。
……。
…………。
………………え、なにこのアイテムとお金。しょぼくね?
「すまぬ、エルドよ。ごほごほ、我が国は魔王軍の侵攻によりただいま財政難なのじゃ。この程度のアイテムと現金しか渡せなくて本当にすまぬ。げほげほっ」
「ああ、お父様、ご無理をなさらないで! エルド様ならば大丈夫です。ものほしざおやこんぼうでも、きっとモンスターをぎったんぎったんになぎ倒していってくれまますとも!」
「魔法戦士エルド。お前だけに良いかっこうはさせぬ。私も【王家の墓】に行くぞ。姫様の警護も必ず私が務めてみせる……!」
『ザザザ……。なるほど、そういうことじゃったか……。初代勇者は最初、たった10バルクとものほしざおとこんぼうだけを手渡されて、王宮から旅立ったと伝わる。仮にも勇者が、なんでこんなにしょっぱい初期装備で旅立ったのか、それはディヨルド歴史学の長い謎であったが――まさか当時の王国が財政難だったとは! 貧乏ならば仕方がない! ……ザザザ……』
例によって三者三様の反応。
それと『時の宝玉』が雑音を発する中、俺はとりあえずものほしざおを手に持った。
竹でできている、本当にただのさおだった。
こんなもんで姫様の警護をすんのかよ。
なめてんのか、おい。