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第3章 シリーズ内でも貨幣価値ってけっこう変わるもんだからね

 さて、とにかくこんな薄暗い洞窟から脱出するか。

 ルティナ姫も、1ヶ月だっけ? こんなところに監禁されていたんだ。

 相当くたびれているだろうし、まずどこかで休ませてあげないと。


「……あの」


「ん?」


「改めて、お礼を言わせてくださいませ。ありがとうございます。助かりました。わたしはルティナ。ディヨルド王国の第一王女でございます」


 ディヨルド王国……。

 のちの時代では俺たちパーティーの旅の拠点だった国だ。

 この時代でも、初代勇者の冒険はディヨルド王国から始まるはずだが。

 その初代勇者アリアはこの世界にいないらしいんだよな。ほんと、なんでだろ。


 とにかく、笑顔を見せるルティナ姫に向けて、俺はひらひらと手を振った。


「いいってことよ。俺、そんなに大したことしてねえし」


「ご謙遜を。……あっ、そういえばまだあなた様のお名前を頂戴しておりません。よろしければ、どうかお教えくださいませ」


 上目遣いにこちらの名前を尋ねてくるルティナ姫は、湿っぽい洞窟の中でさえ、なお美しかった。


「……エルド。魔法戦士エルドだ」




「ひゅっ!」


「きゃっ!」


 というわけで洞窟から脱出した。

 もちろん歩いたりはしてない。そんな面倒なことできねえよ。【レターン】っていう脱出魔法を使ったんだ。


「す、すごいです。脱出魔法なんて、わたし、初めて体験しました。こんな魔法がこの世にあるなんて!」


 また驚かれた。

 なんでそんなにビックリしてるんだ?

 俺、大したことしてないと思うんだけどなあ。


『ザザザ……脱出の魔法は、3代目勇者の時代に誕生したものじゃ。初代の時代にはないんじゃぞ、エルド……ザザザ……』


 宝玉が、またなにか声らしき雑音を発している。

 おそらくリプリカ様だろうけど、やっぱり、全然聞こえない。


「それより、ここはどこだ?」


 目の前には岩肌と、枯れ木がポツリポツリと点在しているだけの、殺風景な世界が広がっている。どうやら山の中のようだが。

 数千年の時間の隔たりはあっても、俺がいた元の世界と基本的には同じ地形のはずなんだが……。見覚えはまったくない。

 くそっ、こういう時にパーティーの一軍だったらなあ。世界の隅々まで冒険してただろうから、景色になんとなく見覚えがあったかもしれないのに。


「あっ、エルド様。ご覧ください。あそこにいくつか煙が上がっております」


 ルティナ姫がはるか遠方を指差した。

 見ると、確かにそこには薄い煙が、いく筋か立ちのぼっている。あれは炊事の煙かな?


「よし、まずはあそこに行ってみるか」


「は、はい。……日が暮れる前にたどり着けるといいのですが」


 ルティナ姫の言う通り、煙が見える場所はずいぶん遠くだ。

 歩いていったら、半日、いやへたしたら丸1日くらいかかるかもしれない。

 疲れ果ててるお姫様を、そんなに長く歩かせるわけにはいかないな。


「そんじゃ、これも魔法でなんとかしますか」


「え?」


 戸惑い顔の姫様の肩に、そっと手を置いて、


「【ローベ】!」




 ひゅんっ! ……バッ!!




「え。……え、え、え?」


「はい、到着。おおっ、なかなか大きい村じゃん」


 俺は瞬間移動魔法【ローベ】を使った。

 頭の中に思い描いた場所に、一瞬で移動する魔法だ。

 この魔法を使えば一瞬で、町や村に戻れるので、アークと旅をしていたころは重宝した魔法だ。

 この魔法の便利なところは、目に見えている場所ならば、そこにも瞬時に移動できるところだ。だから、今回みたいに山奥を移動しているときにも便利ってわけだ。


 で、俺たちの目の前には、木造の家屋が何十軒か、立ち並んでいる。

 宿屋、武器屋、道具屋と、お店もいくつか見えるぞ。

 ここならルティナ姫をゆっくり休ませてやれそうだ。


「あ、あ、あ……。い、いまのは……いまのも魔法、なのですか……?」


 その姫様は、あわあわ言いながら混乱している。

 目が、ぐるぐる目だ。あかん。またなにかビックリさせてしまったらしい。 


『ザザザ……当ったり前じゃ……! 移動魔法ローベも、4代目勇者の時代に……勇者の仲間のひとり、賢者メビウスが開発したもの……! ザザザ……その時代にはないんじゃぞ……ザザザ……!』


 宝玉が、また雑音を発する。

 リプリカ様がなにか言っているんだろうけど、聞き取れない以上、どうしようもねえ。


「え、エルド様。あなたは、あなた様は、いったい何者なのですか? こんなすさまじい魔法を次から次へと使うなんて!」


「うーん、俺、大したことしてないと思うんだけどなあ。これも初歩の魔法だし」


「しょ、初歩!? こんなとんでもない魔法が初歩だなんて! 王宮の魔法使いでも、こんな魔法を使うのは無理っ……!」


 ルティナ姫は驚愕の表情だ。

 そんなに驚かれても、なあ。なんだか一桁の足し算ができて褒められてる程度にしか感じないぞ。

 ま、とにかく村に入ろう。宿をとって、食事を食べて、あと姫様のために新しい服くらい買わないとな。




「ひとり一泊15バルク。おふたりさまだと30バルクになります」


 宿屋に入るとヒゲを生やした親爺さんからそう言われて、俺は「ほい」と10バルク銀貨を3枚、差し出した。

 すると親爺さんは、いぶかしげな表情を見せる。


「なんだい、こりゃ。……あんた、これどこの銀貨だい?」


「え? どこって、ディヨルド王国が発行している銀貨――あ」


 そこで俺は、はっと気が付いた。

 そうか、この銀貨は、俺がガキのころに作られた新しい銀貨だ。

 この時代には、まだ登場していない銀貨じゃねえか。


「銀なのは間違いねえようだが、こんなカネ、見たことねえや。ダメだよ、ダメ。旅人さん、あんたちゃんとディヨルド王国の銀貨を持ってきな」


 親爺さんが、銀貨を俺に突っ返してくる。

 まるでニセ金扱いだ。いや、この時代にはない銀貨を使ったんだから、そりゃこのひとからしたらニセ金だろうけどさ。

 しかし困った。そうなると俺は、この時代で通用する金を、1バルクさえ持っていないぞ。


「ルティナ姫。お金、持ってたりする?」


「いえ、わたしは、1バルクも……」


 だよね。

 親爺さん、このひと、じつはディヨルド王国の姫様なんだ。

 って言えばいいのかもしれないが……でもたぶん信じてくれないだろうなあ。

 というわけで俺とルティナ姫は、宿を出て、往来にぽつんと佇んでしまう。さて、どうするかな。


「しゃあない。こうなったら、剣を売るか」


 俺は腰に差したはがねの剣をポンポンと叩いた。

 300バルクにもならない廉価品だが、売れば多少は金になる。


「エルド様。よろしいのですか? 剣は剣士の魂では――」


「いいよ、別に大した武器じゃないし。それよりもいまはルティナ姫のための宿代を稼ぐほうが先決さ」


「……エルド様。……あなた様は……なんて、なんてお優しい……!」


「ここが武器屋か。よし、入ろう。すみませーん、剣を下取りしてほしいんスけど――」


 と、店に入った瞬間、俺はプチ後悔した。

 やっべ、スキンヘッドのオッサンが、ジロッと俺を睨んできたぞ。

 直感だが、このひと、俺の苦手なタイプ。なんかイバる感じの男とみた。


「下取りだと? ふん……」


 ほーら、初対面なのにいきなりエラそうだ。


「最近の若僧は、剣の目利きもろくにできんからな。くだらん武器ばかり悪徳商人に高値で買わされて、飽きたらすぐに売りに来る。あんたもどうせそのクチだろう」


「はあ」


「ああ、嫌だ嫌だ。魔王が世界を支配しようってときに、若いやつらは武器の選び方も知らんのだからな。武器もかわいそうだ。ろくな使い手に選ばれんで……」


 客なのに、俺、なんで説教受けてるんだろう。

 やはり俺の直感は当たった。ここの店主、ろくでもねえぞ。

 とはいえ、いまは剣を下取りしてもらわないとどうにもならない。


 こんなオッサンに、俺の持ってる安物の剣を見せたらそれこそ罵倒されそうだが……。

 しかしこの村じゃ下取りしてくれそうな武器屋はここしかなかった。とりあえずここはなんとか、このボロ剣を売るしかないぜ。


「いや、悪い。その通り、てんで大した武器じゃねえんだけど、まあこれ見てくれよ」


 俺は腰のベルトから剣を引き抜いて、オッサンに差し出す。


「ふん、大したもんじゃないのは分かっとるわ。ああ、嫌じゃ嫌じゃ。また今日もへんてこりんな剣を見せつけられて――って、うえええええええええええええ!?!?!?!?」


「な、なんだなんだなんだ!?」


 オッサンが突然、声を張り上げたので俺もビビった。

 彼はサヤから俺の剣を引き抜いて、そして驚愕しているのだ。


「は、はがねの剣じゃねえか! こ、こんなもん、どうしてお前のような若僧が!?」


「はがね……いや、そりゃ……はがねだけど、それがなにか?」


「分からねえのか!? はがね製の剣なんて貴族か大商人しか取り扱えないシロモノだってーのに、お前、どこでこいつを!!」


「どこって、町の古道具屋で」


「ウソつけええええ!! こ、こ、こんなもん、こんなおっそろしいもん、お前のような若僧が、なぜ、どうして……!」


「エルド様。あなた様はどこかの国のご落胤なのですか? まさかはがねの剣を装備しているなんて!」


 どういうことだ?

 300バルクにもならない、古びたはがねの剣を、ルティナ姫と武器屋のオッサンは、なんでそんなに驚いてるんだ?


『ザザザ……エルドよ……はがねはこの時代……貴重品じゃ……! そこの武器屋が言う通り、貴族や大商人しか扱えぬ……。庶民は青銅の武器や防具がせいぜいの時代なんじゃ……! はがねが大量に市場に出回り、はがねの剣が庶民でも買えるような値段になるのは、ずっとあとなんじゃ……ザザザ……ええい、こっちはそっちの様子が見えるのに……こっちからの声が届かんのはもどかしいのう……!!』


「と、とにかく本物のはがねの剣だ。あんた、これ、本当に下取りに出すのか。い、いくらだ? あんまり高い金は出せねえぞ!」


「ん? そうだな。まあ、おたくの出せる分でいいよ」


「よ、よし分かった。ご、5000バルクだ。相場よりはずいぶん安いが、これしかいまのうちには出せん! ど、どうだ、この価格で――」


「5000!?」


 宿代が1泊15バルクって話だから……。

 それ、めっちゃ金持ちじゃん!


「よし、売った!」




 というわけで、現金5000バルクを手に入れた。

 革袋の中にジャラジャラと入っているバルク銀貨。ちょっといい気分だ。


「エルド様。わたしのために、はがねの剣まで手放すなんて……」


 ルティナ姫は、また感謝感激のまなざしをしている。

 あんなボロ剣を売ったくらいで、そこまで喜ばなくていいのに。


「いや、俺、大したことしてないから、ほんとに」


「していますっ! はがねの剣が貴重な武器であることくらい、王宮育ちのわたしにも分かります! エルド様、わたしは……わたしは……もうあなた様に、なんとお礼を言えばいいのか……。わたしは、あなた様が……あなた様が……ああっ……あなた様は素晴らしいお方ですっ!」


 なんかすっごい瞳をキラキラさせながら、両手を合わせるルティナ姫がそこにいた。

 ま、感謝してくれるのは嬉しいけど。はがねの剣一本でそこまで喜ばなくてもいいのになー。


 とはいえ、とりあえずこれだけのお金があれば、今夜の宿代はもちろん、当座の生活費にも困らないで済みそうだな。

 それについては、まずはよし、だ。


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