第1章 お約束のようにドラゴンと姫様
「グギャアアアアアっ、どこから現れた!? この人間め!」
巨大な竜が吼えている。
体長は、俺の数十倍はあるだろう。
緑色に艶光りした肌。血走った鋭い眼。鞭のようにしなっているシッポ。
これは間違いなく――
モンスターの、ドラゴンだ。
「な、なんだよ、これ。ここ、どこだよ!? 俺、なんでこんなところに……」
あたりを見回すと、どう見てもここは酒場じゃない。
薄暗い、洞窟の中だ。壁に小さなロウソクがいくつか取り付けられ、わずかな灯こそあるものの、しかし視界は基本的によろしくない。だが、そんな状態でも目の前にドラゴンがいるのは分かる。そして――
「逃げて! 逃げてください!!」
ドラゴンの後ろには、小さな牢屋がある。
その入り口には鉄格子が取りつけられていた。
すなわち牢屋である。その牢の中から、亜麻色の長い髪をした美少女が、俺に向かって叫んでいるのだ。
「旅の方! どうかお逃げくださいませ! 殺されてしまいます!」
「いや、そんなこと言われても。俺、ちょっと状況がつかめなくて……」
「グワッハッハッハ! そうだ、人間よ。逃げたほうが身のためだぞ――と言いたいところだが」
ドラゴンはゲタゲタと笑い声をあげた。
「あいにくと逃がすわけにはいかん。こっちもこれで退屈していたのだ。なにせさらってきたルティナ姫を見張る役目を帯びてから1ヶ月。戦いもなくまったく退屈しておった!」
「ルティナ姫? あんた、お姫様なのか? それがなんでこんなところに……」
「そ、そうです。わたしは姫……。しかし、ああ、そんなことより逃げてください!」
「なにせこの洞窟と来たら、人間ではとうていたどり着けぬ岩山の奥に作られておる。ゆえに旅人もやってこぬ。さしものオレ様も腹が減っておったのだ」
「いや、待て。そもそもルティナ姫なんて聞いたことがない姫だぞ。あんたどこの姫様なんだ?」
「どこって……わたしはディ……いえ、そんなことはどうでもいいのです。早くお逃げくださいまし!」
「ゆえに人間。オレ様はこれから貴様を食う。……ふふん、見れば貴様、あまり美味そうではないが、まあ今日のところは我慢してやろう。
貴様のようなヒョロヒョロとした弱そうな人間でも、食わぬよりは腹の足しになろう。
ああ、抵抗はせぬほうがよいぞ。変に暴れるとかえって痛い。ガッハッハッハ……!!
どうせ食われるのだから、おとなしくオレ様の餌食にな――」
「さっきからうるせえよ、お前」
俺は左手で軽く、虫でも払うみたいに動かして。
ザコモンスターのドラゴンを、吹っ飛ばした。
「あぐぅふ!!!!????」
ドラゴンはそのまま激しく五体を回転させて、バァン!!!!
洞窟の壁に全身を打ちつけて、ぶっ倒れてしまった。
「ったく、さっきからぎゃーぎゃーうるせえよ。たかがドラゴンのくせに」
おかげで、話もできないじゃねえか。
しかし、これでやっと静かになったな。
俺はツカツカと進むと、ルティナ姫の前に到着して、鉄格子ごしに話しかけた。
「これでやっと話ができるな。えーと、どこまで話したっけ」
俺は穏やかに笑いつつ言った。
つもりだが、ルティナ姫は碧眼を大きく見開かせている。
えらく驚いた面持ちだが、なんだ? なにをそんなに驚いているんだ?
「あ、あなた。い、いまのは魔王軍最上級モンスターのドラゴンですよ? そ、それを、素手で、しかもたったの一発で……?」
「最上級? 最下級の間違いだろ」
俺の知っているドラゴンは、たいへんザコい。
生まれ故郷の村の近くには何体も昼間からうろうろしていたが、魔王軍の中でもきわめて戦闘力が低いモンスターである彼らは、俺や勇者アークでなくても、普通の村人でもときどき退治していたほどだ。弱いけど、倒したあとに手に入る『竜のうろこ』が、売るとそれなりに金になるからだ。
そのドラゴンを倒したくらいで、なにをそんなに驚愕してるんだ、この姫様は。
改めて、容姿を観察する。洞窟の中にいたせいか、多少、薄汚れてはいるが、しかしその外見は麗しい。
腰まで伸びた、流れるような亜麻色の髪に、この上なく整った目鼻立ち。
絹のドレスで覆われた肢体は、細身でこそあるが、胸元だけはなかなか豊かだ。
出るところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる、ってやつだな、うん。
って、なにを言っているんだ、俺は。
心を読めるリプリカ様がいなくてよかったぜ。
そうだ、リプリカ様。あの人はどこに行ったんだ。俺はなんでこんなところに――
と、そのときであった。
『エルドーッ!』
くぐもった声が聞こえてきた。
うわさをすればなんとやら。リプリカ様の声だ。
「あれ、でも……どこッスか! リプリカ様!」
さんざんキョロキョロする。
しかしリプリカ様の姿は見えない。
どこだ?
どこから声を出しているんだ?