序章 パーティー二軍のままエンディングを迎えるって実際どうよ
ポン、ポン……。
ポンポンポンポン。
雲ひとつない青空に、祝福の花火が打ち上がる。
お城の前のストリートには群衆が集い、拍手と喝采が繰り返される。今日のディヨルド王国は実に賑やかだった。
世界が平和になったからだ。
人類征服をたくらんでいた魔王を、勇者アークが倒したので、国中が、いや世界中がいま、その勝利を祝って宴を開いているのだ。勇者様万歳、アーク様万歳、世界平和万々歳! と――
「……はあ」
そんな祝宴のまっただ中。
王国の外れにあるの酒場でただひとり、外の歓声を聞きながら、俺はため息をついていた。
「アーク様万歳、か。あいつもずいぶん、偉くなっちゃったなあ」
はがねの剣を、さすりながらうめく。
あいつと稽古していたころが嘘みたいだ。
あのころは、俺とあいつ、ほとんど互角だったのにな。
――そう。
俺、すなわち魔法剣士のエルドは勇者アークと親友だった。
同じ村で育ち、共に剣と魔法の稽古を積んだ幼なじみ。
朝から晩まで木剣を振り回し、魔法使いの村長に頼んで、魔法の稽古も積んだのだ。
なにせ俺らは当時、ガキだった。純粋に、強くなることがカッコいいことだと思っていた。
だが、ある日。
数百年前に死んだはずの魔王が復活し、世界征服を始めたのだ。
いわゆる世界の大ピンチだが、そのとき、町長はふいにあいつに向けて言ったのだ。
「アークよ。おぬしは、実は伝説の勇者の子孫なのじゃ!」
なんとビックリ衝撃の事実。
村長は10数年前、神様から、
「間もなく魔王が復活する。その日のために勇者を育ててくれ」
と、託されていたのだ。
……いや、それなら神様がアークを育てりゃいいんじゃね?
と、俺はその場でツッコんで「空気を読め」と村長にチョップを食らったが、その後詳しく話を聞くと、神様はすでにそのとき魔王に力を奪われていて、その生命は尽きようとしていたとか。ちゃんと事情があったのだ。
まあとにかく、そういうわけで。
アークは勇者として村を旅立つことになった。
となると俺も、当然黙ってはいられない。
「俺もその旅についていく。ふたりで世界を救おうぜ!」
そう言って、俺はアークといっしょに旅に出た。
仲間として、いくつもの修羅場をあいつと共にくぐり抜けた。
いくつかの村や町、いくつかのダンジョン、いくつかの大陸を共に練り歩いて――
「それなのに、いまじゃこの有様、か」
ひとりでコップの中のオレンジジュースをあおる。
酒場の従業員も、みんな宴に行っちまって、ここには俺ひとりだ。
寂しいなあ。……と、俺がますますふさぎこんだそのときだった。
「なんじゃ、エルド。こんなところにおったのか。皆、探しておったぞ」
酒場に、真紅のローブをまとった美少女が入ってきた。
幼いが整った顔立ち。腰まで伸びた長い銀髪。見た感じ、10代前半にしか見えないが、そのわりに豊かな胸元が印象的な巨乳少女。――俺はそんな彼女の姿を見て目を見開いた。
「リプリカ様」
と、俺がその名を呼んだこのひとは、勇者アークの仲間だ。
だからつまり俺の仲間でもある。いちおう。
「いちおうとはなんじゃ、こら! ちゃんと仲間じゃろうが、エルド!」
「ちょ、ちょっと、心を読まないでくださいよ。いくら魔女だからって!」
そう、このリプリカ様は、魔女である。
見た目は13歳くらいだが実年齢はすでに250歳。いわゆるロリババ、
「ああ!?」
いや間違えましたゲフンゲフン。ロリ巨乳、いやロリ美人?
とにかく見た目は若いが長生きしている方なのだ。魔法については特にエキスパートで、回復、攻撃、それに補助まで、なんでもござれの超天才。読心術もお手のもので、さっきみたいに他人の心の声まで読める。
大したもんである。素直にすごい。
だからリプリカ様が俺たちの仲間に加わると決まったときは確かに心強かったし、嬉しかった!
そう、そのときは、確かに嬉しかったのだ。
その瞬間は。
――そんな俺の内心を見抜いたのか、リプリカ様はため息をついた。
「エルド。まだ恨んでおるのか? わしが仲間入りしたことで、その、……そなたがパーティーから外れたことを」
リプリカ様は少し申し訳なさそうに言った。
別に恨んでやいませんよ。仕方ない流れでした。
馬車はそのとき満員だった。まさかひとりだけ歩いていくわけにもいかない。
リプリカ様が仲間入りするなら、パーティーの誰かが馬車から出て、別場所で待機しなければならなかった。そして、
「その『誰か』は、そりゃ俺になりますよ。だって、パーティーで一番、弱いんですもん」
勇者アークの親友にして最初の仲間。
魔法剣士エルドは、はっきり言ってパーティー最弱だったのだ。
冒険の最初こそ、アークと互角。
しかし旅が進むにつれて、モンスターは手ごわくなり、同時にアークと仲間たちも強くなり。……俺は、俺もそれなりに強くはなっていったのだが、しかしその強さはしっかりとインフレに置いていかれた。
腕力では戦士の仲間に勝てず。
素早さでは忍者の仲間に勝てず。
魔法ではリプリカ様にとうてい敵わず。
総合的な強さにおいても、勇者アークの足元にさえ及ばない。
仲間がどんどん増えていき、旅が進めば進むほど、アークと共に旅をする馬車のメンバーは『一軍』だけに独占され、『二軍』のやつらは別場所に、そう王国の酒場に置いてけぼりになっていく。
それでも商人や盗賊など、なにかの一芸に秀でたやつは、アークに呼び出されるときもあったのだが、俺にはそんな特技もない。なので、冒険の中盤以降はずっと、このチンケな酒場で待機していた。その間もいちおう、剣や魔法の修行をしてはいたのだが、実力はいつまでもパーティー最弱だった。
そうこうしているうちにあいつは、アークは、魔王を倒した。
世界は平和になったのだ。……俺とは、関わり合いのないところで。
「けっきょく俺は、魔王討伐になんの役にも立てなかったんだ」
「そんなことはあるまい。アークもきっと認めておる。そなたも心強い仲間のひとりじゃと……」
「ここ半年、ろくに口もきいていなかったのに? 今夜だって、お城で宴があるって聞きましたけど、俺は呼ばれてないんですよ?」
「そ、それは呼ぶまでもなかったからじゃろ。そなたは宴に来るのが当然だから……」
「お気遣いありがとうございます。でも、もういいんスよ」
ひねくれたわけではなく、心から言った。
「俺の立ち位置なんて、こんなもんだって、理解していますから」
ふと、顔を上げる。
酒場の片隅には分厚い本が10冊も、ずらりと横に並んでいた。
タイトルは『勇者の伝説』。これまで世界を救ってきた10人の勇者のストーリーが記された、歴史の本だ。
すなわちアークのご先祖様の話である。
そう、俺は知らなかったが、これまで世界は10回ほど、いろんなピンチに陥ってきたらしい。
やれ、魔王が登場しただの。
やれ、神様が暴走しただの。
やれ、独裁者が世界を征服しようとしただの。
そのたびに、あいつの先祖である歴代勇者は立ち上がった。
そして世界の危機を救ってきたそうだ。
すごいよなー。
先祖が勇者でアークも勇者。
いずれあいつを主人公とした『勇者の伝説』の11巻目が書かれるわけだ。
その11巻目に俺の名前が登場するかどうかは、怪しいところだけどな。
「あれ、そういえばリプリカ様は、どうしてこの酒場に来たんです?」
まさか俺を探しに来たわけじゃないでしょ。
「あ、うむ。……この酒場はアイテムの預かり所も兼ねておったじゃろ?」
「ああ、アークのやつ、旅の途中で要らなくなったアイテムをいろいろ預けていましたね」
「それを引き取りに来たのじゃ。用済みのアイテムでも、仲間の中には必要なものもおるかもしれんでの」
「なるほど。うちのパーティーのアイテムでしたら、そこの物置の中に詰め込まれていますよ。物置にはカギがかかっていますけど、そのカギは、そこにある植木鉢の下にあります」
「えらく詳しいの」
「そりゃまあ、何ヶ月もこの酒場にいますから」
「…………」
やらかした。
という顔するリプリカ様。
気にしなくていいっスよ、もう。ほんと。慣れちゃいましたから。オレンジジュースぐびぐび。
ともあれリプリカ様は、すでにパーティーにとって用済みになった昔のアイテムをガサゴソと物置の中から取り出し始めた。
へえ、確かに懐かしいアイテムがいっぱいあるな。
あれは確か『赤い扉の鍵』。冒険の初期に、南東の洞窟に入るために使ったアイテムじゃないか。
その横には『きよめの聖水』。南西の港町に広がった、人間が石化する呪いを解くためのアイテムだったっけ。
「……ん? これはなんだ?」
虹色に鈍く光る石が出てきた。
こぶし大のサイズのそれを、俺はひょいっと持ち上げる。
「お、それは『時の宝玉』じゃな。過去の世界に移動できるアイテムじゃ。懐かしいのう。百年前にこの世から消えてしまったという『流れ星の薬草』を手に入れるために、その宝玉を使って、みんなで時を越えていったものじゃ」
「そんなことがあったんスか。その頃にはもう俺は戦力外状態で、酒場に入り浸り状態で他の客とカードゲームとかしてましたからね、知りませんでしたよ。『ドラゴンワールド』っていって、シリーズ化までしてるゲームがあって、これがなかなか面白かったんです。おかげで最新作の『ドラゴンワールド11』まで、バッチリやりこんじゃいましたよ、フヒヒ」
「…………。……そ、そうか。そなたも……趣味があっていいことじゃ」
苦しいフォローを入れてくれるリプリカ様であった。
しかし――俺は改めて、手に持っている宝玉を見つめる。
「『時の宝玉』か。ふ~ん」
リプリカ様はさらっと言ったが、過去や未来に行けるってとんでもないアイテムだな。
それを酒場の物置に放置していたのか。もったいねえ。
俺なら色々と使うけどな。
過去に行くなんて面白そうじゃないか。
「そう、例えば『勇者の伝説』に記された初代勇者の時代に行くとか――」
と、俺がそう思った時だった。
――カッ!!
時の宝玉が、まばゆい光芒を放ちはじめたのだ!
虹色の光彩が酒場を包み始める。な、なんだ、これはいったい……!?
「いかん、エルド! 宝玉から手を離せ!」
リプリカ様のおたけびが聞こえる。
しかし俺は驚きのあまり、なにもできず、ただ呆然とし光の中に包まれていく。そして――
「グギャアアアアアっ!!!!」
「な、な、な、なんだ!?」
気が付いたとき俺は、やたら薄暗い洞窟の中で、巨大なドラゴンと対峙していたのだ。