第4ラウンド~ドッシャァーッ~
「行ってきます!」
スクールバックを肩に提げ、ルンルン気分でピカピカのローファーを履いて、玄関の扉をガチャッと開けた。
「本当にもう大丈夫なの?」
和樹が着ていたエプロンを身に付けている母さんが、玄関先まで心配そうな顔で見送りに来た。
元々心配性だったけど、一昨日の怪我で更に心配されている。
ここは、思いっきりの笑顔で。
「大丈夫!」
「……分かったわ、行ってらっしゃい。」
……扉を閉めて、玄関から道路まではゆっくりと歩く。
だが、道路へ出たここからは……猛ダッシュ!!
寝坊して母さんに心配されて、すみれは先に学校に行くし和樹には髪との格闘を見られるし。
急がないと本当に遅刻だっ!?
ドッシャァーッ
キーンコーンカーンコーン
どこの学校でも鳴りそうな、至って普通のチャイムがざわざわとした教室に響いた。
ザザザ……っと雑音が聞こえる所、校舎の古さだと思う。
「朝のHR始まっちゃうけど……木島君来ないね……心配だよ。」
千代子が私の机の前で、おにぎりを食べながら言っている……と思ったら、ラップにはいつの間にか米粒一つ残っていなかった。
別に朝食を食べてない訳だはなく、千代子は細い体で大食いなだけ。
休み時間の度におにぎりを食べないと、腹の虫が鳴き続け勉学の妨げになるから、今日もこうして食べている。
「きっと、寝坊でもしたんだ。今に走りながら滑り込んで来る。」
ガラッ
教室の扉が開き、やっと来たか……と思ったら、ちっこい24歳こと原先生じゃないか。
身長149㎝、現在彼氏募集中のマスコット的な原先生……身長167㎝の私に少し分けて欲しいと頼んで来る面白い人。
この国では女が167㎝だと少々平均を上回る……が、私はこの身長を気に入っていて、誰かにあげるつもりもあげたいと思った事も無い。
「皆さん、席についてくださーい。」
可愛い声を張り上げても何の威圧感も無い……が、このクラスは先生の言う事を聞く良い子しかいない。
「はーい。」
私はこの……子供の様な返事で始まるHRが意外と好きだ。
それにしても、昨日は今日学校に来ると言っていた木島はまだだろうか。
「出席を取ります、阿部 紅さん。」
「はいっ。」
「相川 那奈さん。」
「はーい。」
「渡辺 空さん。」
「はい。」
「以上ですね~。」
おいおい、木島の奴流石に遅くないか?
あいつ、ヘタレ野郎だが客観的に見て顔は良いからな……なんか心配。
「……あれ? おかしいぞ……木島さんは今日から来るはずなのに……。」
原先生の独り言は、静かな教室内に良く聞こえた。
さて、人気者が行方不明と分かれば、この教室はこうなる。
「まじか! あいつサボり? 妻を置いて浮気!?」
阿部とその他ふざけた奴らが茶化し。
「いやぁっ、きっと弱った木島君は誘拐されたのよぉっ!!」
那奈さんとその他木島ファンが泣き出し。
「先生、ここは慌てずに木島家へ連絡するのが最適な行動だと思います。」
渡辺とその他普通に真面目な人がまともな事を言う。
言わずもがな、渡辺とその他普通に真面目な人の意見と私の考えは同じだ。
「そっ、そうね! 職員室に行ってくるから、皆さんはここで待っ……。」
ガタァーンッ
原先生の言葉を遮る勢いで、教室後ろの扉が大きな音を立てて開いた。
肩でゼイゼイと息をしながらヨタヨタ入ってきたのは、保健室のおばちゃんこと笹塚 花子先生。
この先生は学校の人気者なのだが、別にはち切れんばかりのバストを収めたパツパツな服を着ている訳ではない。いつも、ゆったりとした服だ。
白衣をドラマや漫画のセクシー女医の様に、着こなしている訳でもない。いつも、ギンガムチェックのエプロンだ。
ピンヒールを履いた網タイツの足……な訳がない。いつも、動きやすいパンツに歩きやすいサンダルだ。
プルンとした色気のある唇に、まつ毛が多い切れ長の瞳ではない。厚みの意味と色の意味も込めて薄い唇に、丸っこくて小さな瞳だ。
そんな先生みたいになるのが、今の私の夢だったりする。
笑顔を絶やさなかったから出来たであろう顔の皺、これまで数十年間働いてきた人の手、何人もの生徒を助けてきただろう優しさ。
58歳だから養護教諭の仕事もあと少し、いつまでもおばちゃんと呼ばれ続ける彼女を尊敬している。
……こんな事を一人で思いながら、千代子と二人で笹塚先生の背中をさする。
かなり急いだのか、息が整うまでに数分程時間がかかった。
やっと落ち着いた頃、私が聞くよりも前に千代子が笹塚先生に。
「笹塚先生、どうされたんですか?」
「東野さっ……き、木南さん……木島君が!」
「「えっ!?」」
……これを聞いた原先生は、私達に教室から動かない様にと伝え、笹塚先生と保健室に急いで向かった。
私達? 勿論、言う事を聞いた。
まあ、一分後くらいには保健室に走り出したけど。
修には木島の体育着を持ってきて貰うから、まずは二人で向かったのだ。
カラッ……と、一階にある保健室の扉を静かに開けた。
ここへ来るまでに廊下は走ったが、保健室近くからは静かに歩いたので、息は整っていた……はずだったのに。
「よ、よお。」
「木島君……。」
「酷すぎやしないか?」