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第3ラウンド~見舞い~

『なーなー、元気なら俺と一緒に喋ろうぜ。』


ベッドに寝ている俺に、和樹は浮遊しながら話しかけてくる。

どうやら会話が出来るほど波長の合う人間は、なかなかいないらしいのだ。


「……静かにな。」


俺だって暇だから、話し相手がいれば少しはマシだ。

制服姿で母さんの前に行ったら、心配だから今日は寝てろと言われてしまってこの状況。

銀行員の父は仕事に行ったし、すみれも小学校に行った。

一方専業主婦の母さんは家事の真っ最中で、手伝うと言っても心配だから寝てろと。

勉強すると言っても寝てろと。

テレビゲームがしたくてもリビングにしかテレビがないから無理、スマホゲームは特にやらない、本を読む気分でもない。


「はあ~。」


『ため息なんかしたら、不運が集まるぞ?』


「嘘だろ!?」


『ホントホント、俺が見てきた人間でため息つきまくったら車に轢かれた奴いたから。』


……一回目だから大丈夫だよな、うん。




「カアーカアー。」


まるでお手本の様なカラスの鳴き声で、俺はゆっくりと目を覚ました。

昼ご飯を食べた後……確か急に眠くなって、少しだけ目を閉じたら眠ってしまったらしい。


『おはよ、お・ね・ぼ・う・さんっ。』


野郎の声で言われると何とも言えない不気味さが漂う台詞だが、いちいちツッコミしていたらキリがない。

ここは無視だ。


「今、何時?」


『夕方の四時、もう少しで千代子ちゃん達が来るよ。』


クルクルと空中で回転しながら、あっさりと言ったが。


「なんで分かるんだよ……いや、お前なんで木南を名前で呼んでるんだ!」


『も~、自分が呼べないからってひがむんだからぁ、や・き・も・ちぃ?』


その話し方、心底嫌いだ。

あ、勘違いしないでくれ。

軽い冗談としてやるなら、俺は爆笑するだろう。

だがな、母さんのエプロンをつけながら腰をくねくね動かす……想像してみてくれ。

意外と腕や足に筋肉がついている半透明の男が、胸ポケットに花が刺繍してあるベージュのエプロンを付けているんだ……。


『このエプロン、君のお母さんがバレンタインの日に君のお父さんから貰ったやつらしいね。悠希が寝ている間に家中の物を触ったけど、これが初めて持てた物だよ。』


「……脱いで元の場所に戻してくれ。あと、なんで木南達が来ると分かった?」


『高校を覗きに行ったんだよ。修くんの家からのお見舞いで、美味しいパンのお土産を用意するって話してた。』


……幽霊に盗み聞ぎされるとか、昨日までは考えた事もなかった。

これからは、常に考えた方が良さそうだ。


「お兄ちゃーん、ちーちゃんたち来たよぉー!」


幽霊という存在にある意味恐れを感じていたが、学校から帰ってきてリビングにいたであろうすみれに呼ばれた事で、そんな事は頭から吹っ飛んだ。

すみれが言う「ちーちゃん」は、木南の事だからだ。

ちなみに東野の事は「みーちゃん」、修の事はそのまま「しゅうくん」とすみれは呼んでいる。


『良かったな、好きな子が来てくれて。』


「お前は一回どっか行ってくれ!」


『んもぉ~、イヂワルなんだかr……。』


「早く!!」


『はいはい。』


こんな時間の無い中低レベルなコントなんかして、俺を助ける気があるのか全く分からない。


「お兄ちゃーん、みんなリビングでまってるからね!! しゅうくんちのパンあるから!!」


俺は和樹がどこかへ消えたので、洋服箪笥の上に置いているブラシで髪をとかし始める。

生まれつきクセのある髪は、とかさないとどこかの漫画のキャラクターみたいなのだ。

ただ……なんとなく和樹に髪と対決しているところなんて見られたくないので、今日は今までどこかのキャラクターになっていた。

今は時間がある訳じゃないから、少し寝癖がついているレベルにしか出来ない……まあ、どこかのキャラよりはマシだろう。

だって、急がなければパンが……。


「お兄ちゃーん、パン食べちゃうよぉっ!!」


「待ってくれ!!」


俺はすみれの言葉を聞き、慌てて階段を駆け降り……るなんて出来ずに、手すりを握り締めて一段ずつゆっくりと降りる。

リビングからは楽しそうな笑い声が聞こえてくるが、階段が怖くて急ぐなんて出来ない。

……そうさ、認めたさ。階段が怖くてたまらないんだ!!


「……怖かった。」


やっと階段を降りれて、楽しそうな笑い声がするリビングに辿り着けた時には、俺の心臓はバックバク……これを今日だけで何回繰り返した事か……。


「何が怖かったんだ?」


パンを頬張る修が聞いてくる……俺を待っててくれよ。

いや、わがままは言ってられない。


「何も怖くないって。」


「そうか、それならいいんだよ。あ、母さんの作ったパン……食べる?」


「勿論食べる!」


即答するのは当たり前、リビングのテーブル上に白い紙袋が二つ置いてあるのに気づいてから、口の中ではよだれがあふれそうになっている。


「木島、どれを食べるんだ?」


東野が右手にかじり痕のついたデニッシュを持ちながら、片方の紙袋の折りたたまれた口を開く。

覗いてみると、そこにはシンプルなロールパンから、お洒落なパン(これ以上どう言えば良いか分からない)まで沢山詰め込まれていた。


「じゃあ……このパイ生地のを……。」


「お兄ちゃん、まずは手をあらわないとダメ!」


木南の隣に座るすみれに怒られた。

俺も隣に座りたいが、既に東野が座っているので諦めよう。


「あわであらってね!」


我が妹は、かなりのしっかり者だ。

その証拠に、普段は使わない客用の座布団をしっかり用意できている。

そういえばテーブルの上にお茶が用意してあったけど……お湯は危ないので、すみれは使えないはず……となると誰が用意したんだ?

父さんは勿論いないし、母さんは買い物に行ってるみたいだし。

リビングの隣にある洗面台でザバザバ手を洗いながら考えていると、その答えはすぐに分かった。


「自前のティーバッグ使って入れたお茶、アプリコットティーだけど飲む?」


修がわざわざ聞きに来たからだ。


「……ああ、飲む。」




手を洗い終わってリビングに戻ると、東野が座っていたはずの場所が空いている。

不思議に思っていると、東野が一言。


「ここ、紅茶こぼしたから譲るわ。」


「……なんだよそれ。」


まあ、こぼした痕は無かったから、心の中で礼をしまくった。


「昨日の夜、救急車が近くに来たのは知ってたけど……まさか、木島君が乗ったとは思わなかったよ。原先生からは怪我で運ばれたって聞いたけど……。」


長いバゲット……いや、半分以上食べられているから長かったであろうバゲット片手に木南が聞いてくる。

何もつけていない所が気になるが、それを聞くのは後回し。


「階段から落ちて身動き取れなくなっただけだから大丈夫だよ。」


「……それ、どう考えても大丈夫じゃないよね?」


冷静なツッコミをしながらも、バゲットはみるみるうちに短くなっていく。

喋りながら食べてはいないから、行儀はとても良い。


「精密検査はしたけど、全く異常なし。湿布貰っただけだから、明日は学校に行けると思う。今日だって母さんに止められなければ行ったよ。」


「なら良かった……一日ずっと心配だったんだから。」


ほっとする木南を見ている俺の目は、瞳孔がハートになっている……三人の帰り際に東野に耳打ちされて、気を付けようと心に誓った。


『美代ちゃんの言う通りだよ。』


「うるさい。」


『千代子ちゃんも美代ちゃんも可愛いね。』


「うるさい!」


俺のイラつきは、もう片方の紙袋に入っていたスイーツを食べた事で、少しだけ収まっていった。



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