第2ラウンド~不運~
「……朝…か。」
睡眠時間をしっかりとれば、人に自慢できるほど俺は寝起きが良い。
だが、今日は頭と腰の痛みで目が覚めたので、かなりイライラしている。
昨晩、咄嗟に階段を蹴ったのは良いのだが、その結果前のめりだった体が後ろ向きに変わって、腰を強打した後に後頭部を床に打った。
もの凄い音がしたので家族は心配し、救急車まで呼んでしまったのだ。
意識はあったが痛みが強くて動けなかったので、判断は間違ってはいないと思う。
精密検査に回されたが、たんこぶが出来ただけで特に異常は無かったからとりあえず家に帰れた。
腰も湿布を出されただけで……自分の体の丈夫さに感謝だ。
「ワンワンッ!」
一階からするナオの声で、これが現実だと実感する。
『可愛いワンちゃんだね~。』
俺の目の前に同年代の男が浮いているこの光景が、決して夢ではないと。
「もう一回聞くぞ……お前は誰だ?」
『それ、昨日の夜も言いましたよね?』
死に装束を着た黒髪短髪の半透明男が、首を傾げてきた。
「いいから、答えてくれ。最後に確認するから。」
『はいはい、俺の名前は佐藤 和樹。17歳で死んでから人助けの旅をしている浮遊霊です。不の感情が増えやすいバレンタインデーに運が悪くなる人を見つけるのが特技です。』
フワフワ部屋の中を漂いながら話す男がいる光景、これが幻覚ではないと俺は分かっている。
「俺に物をぶつけてくれ。」
『昨日もやりましたけど……まあいいでしょう。紙袋はどこですか?』
俺はこの半透明のやつ……和樹に枕元に置いていた茶色い紙袋を渡す。
すると、半透明の手で紙袋を掴んで俺の顔に投げつけてきた。
『やりましたよ。』
「ああ。」
和樹が幻覚ではないと、物を持ち上げられる能力が語っている。
病院から戻ってきたら部屋にこいつはいて、教室で見た夢に出てきた男だとすぐに理解した。
なんでもこいつはバレンタインで失恋した直後に、崩れ落ちてきたビルの外壁が頭上にクリーンヒットして死んだから、幽霊になってからバレンタインに運の悪い人を見つけて、こっそり助けながら旅をしているとか。
それと、バレンタインに関係する物なら持てる能力が身に着いたらしい(本人談)。
こんな非現実的な事を信じさせるために、誰かが和樹に物を持てる能力を授けたのだろうか。
そして話によれば、バレンタインデーに運気悪すぎる俺は、一時的に波長が合って和樹が見える様になったらしい。
ちなみに茶色い紙袋は、去年のバレンタインに修がクラスメート達に配った物。
母親の影響で、お菓子作り好き男子だから。
ガチャッ
ノックも無しに、いきなり部屋の扉が開いた。
「お兄ちゃん、生きてる?」
小学2年生の妹、すみれだった。
笑顔で生死を聞いてこられると、少し戸惑ってしまう。
「い、生きてるよ。」
「よかったぁ、お母さんがお兄ちゃんのことよんでるの。」
「分かった、着替えたら行くって伝えて。」
「はーい。」
バンッ
……扉を思いっきり閉められると、人間悲しくなるよな。
ベッドから起き上がり、そんな事を考えていた。
『すみれちゃん、良い子だね。』
「そうだろ?」
『あのさ、俺が言うのもなんだけど……幽霊との会話に慣れすぎじゃないか?』
「お前が言うなよ! ちゃんと存在している証拠見せられたら、さっさと信じた方が時間が無駄にならないだろ。」
制服に着替えながらツッコミをするなんて、今日が人生で初めてだ。
そうだ、和樹には一つ言っておかなければ。
「お願いだから、俺以外の人間がいる時に現れないでくれ。弾みでツッコんだら、周りにどう見られるか恐いからな。」
『はいはい、今日の朝食はハムエッグだから冷めない間に行きな。』
こいつ……ちゃっかりキッチン覗いたのか。
ガチャッ
高校の制服に着替えて部屋から出ると、待っているのは一段歪んだ階段だ……と思ったら、もうすっかり直っていた。
日曜大工が趣味の父さんが直しただろう跡がある。
何故階段が歪んだのかは謎だ。
『言い忘れてたけど、バレンタインに近づく度に運が悪くなるよ。少なくとも三日に一回は不運を発揮すると思う。』
なんでそんな事分かるんだよ。
『君の周りのオーラを見れば、すぐに分かる事だよ。』
心が読まれてる気がして、全身に鳥肌が立つ。
『階段を降りる時は注意してね。昨日みたいに不慮の事故が起こるかもしれないから。』
「縁起でもない事言うなよ……いや、その前になんで俺がチョコ貰えなきゃ死ぬんだ?」
『肝心なのは、好きな子から貰う事。本命ならもっと良いね。』
「いや、だからなんでだよ。」
『あ~……その事により、君の不運が吹き飛ばされるんだよ。君にまとわりついている不運は、バレンタインデーにまつわるものだから。』
……そんな不運がまとわりつくとか、運が悪すぎるんじゃないか?
そうか、だからまとわりつかれたのか。
「お兄ちゃーん、一人でしゃべってどうしたの? もしかして、かいだんがこわいの?」
下からすみれに問いかけられた。
恥ずかしい勘違いまでさせてしまった様だ。
「少し勘違いしただけで、全然怖くないぞ~。」
正直に言うと、少しだけ心臓がバクバクいっている。
怖くはない……怖くはない……少し怖いけど怖くない!
……すみれ、手すりを握り締めてゆっくりと階段を降りる兄を見ないでくれ。