3:Little Bear
「サイ!ケータイ鳴ってるよ!!」
エリの声に、はっとして、あたしは低く唸るケータイを手に取った。
シンプルな黒いケータイ。着信の相手は仕事の同僚だ。
「もしもし?」
「…あ、いきなり電話しちゃってすんません!熊谷ですけど!」
知ってますよ。
と、心の中で軽く毒づく。
「あの、彩さん、今日ヒマですか?!」
「暇だったとしても、こんな雪の日には出かけたくないよ。デートの誘いなら他をあたってよねぇ。」
「いや、そんなんじゃないっすよ!ちょっと仕事でトラブっちゃって…助けてもらえませんかぁ、こんなこと頼めるの、彩さんだけなんすよ!」
「………」
今にも泣き出しそうな声だ。
確かに、新入社員の彼がイチバン頼りやすいのは、年齢も近い、下っ端のあたしなんだろうけど…、
『あたしのことなら、気にしなくていいよぉ!!』
気配を察したらしいエリが目配せする。
少し躊躇ったあたしは、大きく一息ついて、
「わかったよ。で、どうやって熊ちゃんを助ければいいわけ?」
エリに頭を下げつつ答えた。
「ありがとうございます!!詳しいことは会って説明するんで。あ、俺、今から彩さん迎えに行きますから、分かりやすいように国道沿いに出ててもらっていいですか!?」
あたしの家は会社から車で30分ほど離れた所にある。
国道から一本外れた道を下った、古い団地の一角だ。
国道までは徒歩3分ってところ。
しんしんと降り積もる雪。
「…あたし、冷え症なんだけどなあ。」
「いやほんと、マジすんまっせん!着く頃に電話するんで、そしたら出てきて下さい!えっと…じゃ、また後で!」
慌ただしく切られたケータイを睨みながら、あたしはエリに向き直った。
「ごめん、エリ。後輩の尻ぬぐいすることになっちゃった。待っててもらってもいいけど、いつ帰ってこられるか分からないんだよね。」
「ん、わかった。じゃあ、話の続きはまた今度にしよっか。がんばってね、センパイ!!」
「うん、ありがと。」
そう言うとエリは少し、はにかんだように微笑んだ。
親友を見送って30分ほどたった頃、再びケータイが鳴った。
着信の相手を確かめて、あたしは家を出る。
傘と、とりあえず仕事用のバッグを片手に降り積もった雪の上を歩く。
サクサク、サク…
国道を走る車の、タイヤに巻かれたチェーンの音が聞こえる。今年は例年にないくらいの大雪らしい。
目印になりそうな、でっかい看板のかかった英会話教室の屋根下で足を止めて、同僚を待つことにした。
やがて、ゆっくりと一台の車が右折して、目の前の駐車場に停車。
「彩さん!お待たせしました、早く乗って下さい!」
助手席のドアが開き、見知った青年の顔が覗いた。
「言われなくてもそうするっての、もぅ冷え症が爆発寸前なんだから!」
転ばないように小走りで車に駆け寄ると、肩にかかった雪を払いつつ、あたしは助手席に飛び込んだ。
車が静かに走り出す。
雪上の轍をなぞるように、ゆっくりと。
「さ、どういう事なのか、説明してもらいましょぅかね。熊ちゃん?」
あたしは運転席の方に視線をやる。
雪はまだ当分、止みそうにない。