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幸せの定義  作者: 咲智
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2:リュウ

初めて彼氏ができたのは、高一の冬。


まともに話したことすらないクラスメートの男の子に教室でいきなり話し掛けられた。


「サッカー部の先輩がさ、お前とメールしたいらしいんだけど…アドレス教えてもらっていい?」


特に断る理由もなかったあたしは、あっさりとアドレスを教え、その日から顔も知らない男とメル友になった。



メールは楽しかった。


とりあえず退屈な授業を乗り切る手段にはなるしね。


徐々に、顔も知らないメル友との時間が増えていった。


彼はサッカー部のキャプテンで、生徒会の、忘れたけどなんかの委員長をやってるらしかった。


ハンバーグが好物で、作るのも好きだったみたい。


お兄ちゃんが1人いて、家庭的な女の子が好み。元カノはそうじゃなかったから、別れたんだとか。



彼の顔を知ったのは、メールし始めて2週間後くらい。全校行事の時、体育館に集まった生徒の前で彼がスピーチしたのを見た時だ。


「彩に見られたら緊張してうまく話せないかも。カッコ悪いとこ見せたくないなぁ…」


彼はそう言った。そして、スピーチが始まる。


背は高い方?

サッカー部らしく日焼けしてて、黒目がちな目とツンツンした黒髪が意外と可愛いかった。


緊張のせいか、噛みまくっている先輩を、初めて身近に感じた瞬間だった。



「あれがサイの彼氏かぁー、けっこー可愛いじゃん!」


「べつに彼氏じゃないって!!」


にやけ顔のエリが、ひそひそ声で話しかける。そういえば、エリとはこの頃からの付き合いだったっけ。


「どぉせ今に告られるんだから、同じじゃん!時間の問題だねー!?」


「…………。」


その時、初めてあたしの心に影がさした。


彼が自分に好意を持っていたのは知っていたし、自分はそれを受け入れ、メールし始めたのだ。


だから当然、その時はくるはずだ。



だけど、今まで恋愛経験のないあたしには分からなかった。


[付き合う]って、一体なんなのか。


強いて言うなら鎖のようなイメージ。

彼氏や彼女という言葉の鎖で相手をつなぎ止める感じだ。


他人以上、家族未満?


よくわからないけれど、とにかく何をどうすればいいのやら…謎だった。



もちろん、この情報化社会において、恋人達が付き合って何をするのか、知らないわけじゃない。知識だけはあった。


休みの日にはデートして、イベント事を一緒に過ごす。


手をつないだり、キスしたり、そんで…


「エッチ」


エリの囁きに、思わずびくっと体がはねた。


「な、なに?!」


「リュウ君が、サイの初エッチの相手になりそうだな、って思って♪」


「何言って…」


「事実ですぅ!」


悪戯っぽく笑うエリが妙に小憎らしかったが、聞かずにはいられなかった。


「…エリはまだ、エッチしたことないよね?」


「あたしは、結婚するまで貞操を守るんだもぉん。いまどき殊勝な心掛けでしょお」エリは誇らしげに答えた。


「どんな、感じなのかな…」


「んー、とりあえず痛いんじゃない?!血とか出たりしてさ!あ、そういう相談なら舞子がピッタリじゃん!聞いてみたら??」


顔もスタイルも抜群の舞子は、当時、すでにヤリマンの称号を得ていた。でもそれは、女子の妬みによる謂われのない噂だろう。


確かに、恋愛経験豊富な彼女に話を聞くのがイチバンかもしれなかったけれど、結局あたしは相談しなかった。




そして、もやもやした気持ちを抱えたまま、運命の日を迎える。


12/25、クリスマスだ。


「HR終わったら、話がしたい。サッカー部の部室棟まで来て。」



メールを始めて1ヶ月。


ついに来た、と思った。


「断る理由なんてないじゃん!!」


エリの言葉に圧されるように、あたしは部室棟に向かって歩き出す。


吐く息が白い。

今にも雪の降り出しそうな曇天を見上げて、彼を待った。



「彩!!」


名前を呼ばれて振り返ると、彼が小走りにかけよってくる姿が見えた。


それをあたしは、彩は、



うれしいとは、感じていなかった。



「ごめんな、サッカー部のやつらがしつこくからかってくるもんだから、巻くのに時間くった。寒かったろ?」


「へ、平気。」


「そっか。」はにかんだように笑い「こっち来て。」と、彼は歩きだす。



部室棟の裏側に、草の生い茂った広場がある。


真ん中あたりまできた時、彼が足を止めたので、自然とあたしの足も止まった。



深呼吸する音がして、



「彩、お前が好きだ。」


振り返った彼の視線は、真剣そのものだった。


「俺は本気だから…付き合ってほしい!」


騒々しいくらいだった生徒たちの声が、突然聞こえなくなった。


「…嫌か?」


俯いたあたしに、彼が詰め寄る。


「い、いや、じゃなぃ…」


だけど、と言いかけた時、言葉を遮るように体が引き寄せられた。


抱きしめようとしたんだと、今では分かる。


でも、その時あたしの脳裏を過ぎったのは、まったく別の、恐ろしい『記憶』だった。


気付くと、あたしは彼を振り切って走り出していた。捕まれた腕が痺れる感覚だけが生々しく残る。


「彩!ごめん!俺、うれしくてつい!!」


声が遠退く。


きっと彼にも、エリにも理解できない。



それでも、逃げ出さずにはいられなかった。




彼からの「別れ」のメールがきたのは、それから1週間後のことだった。




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