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俺はマルス。NPC。プレイヤーの彼女ができました。  作者: 雪卵
第3章 NPCという存在の現実
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20話 負けヒロイン一条さんの散り際

10話、11話で初登場してきたリズさんこと一条さんのメイン回です。

視点はユイちゃんだけど。

本当は前半部分もう少し少なかったんですが、さっぱりしすぎていたので加筆しました。恋愛を描くのって難しい……。

 私は、器具を外し、結野家に戻ってきた。

「はぁ、マルスに言えなかった。私が、男だってこと……。」

まあ、マルスもキャパオーバーになりかかっていたから、今言わなくて正解だったんだろうけど。



 あれから、例のプレイヤーには謝らせることにはどうしても成功しなかった。別人に同じアバターを作ってもらって、謝ってもらう、という、ある意味マルス達をだますような手段しかとれなかった。


 彼の意志は固かった。「これ以上、心を持ったAIに振り回される人を減らしたい。AIは人の幸せのために作られているはずだ。」

 彼の意見もわからない訳じゃない。でも、私は、それでもマルスと、マルスの愛した人を守りたい。

 例え、どれだけ多くの人を不幸に巻き込んだとしても。


 夏休みがやってきた。

 あれから私は、株に詳しい伯父さんに、株の稼ぎ方を習おうともした。目標額を言ったら当然断られた。そして、伯父さんに事情を話して相談した。

 あきらめた方がいい、と言われてしまった。

 これが普通の対応なのかもしれない。

 運営企業にエンジニアとして入社しようとプログラミングの勉強も始めたけど、焦りからかなかなか頭に入ってこない。そもそも、下っ端エンジニアになったところで、上層部がサービス終了を決めたらあらがえないんじゃないか、そんな思いが頭をちらつく。

 そんな焦りの中、今日もログインして、復興作業を手伝う。

「ユイちゃん、手伝いに来たよ!」

「リズさん?今日も来てくれたんだ。パーティーの方はいいの?」

「どうせ私は足手まといだし。それに、ユイちゃんのこと心配だから……。」

「えー、何が?大丈夫だよ?」

「大丈夫な人の表情じゃないもん。」

「ごめん。ちょっと、ね。この街とマルスのことで。」

「あー、プレイヤーとの交流、上手くいかなかったもんね。でも、NPCを心から想う気持ちは、きっと伝わってるよ。」

「そ、そうだね……。」

 このゲームがサービス終了する可能性について悩んでいることまでは話さなかった。話す気になれなかった。少しでも、その可能性を認識したくない、っていう現実逃避なのかもしれない。


「毎日なんかしんどそうだけど、しんどいならゲームから離れてみたら?」

「まさか!やりたくてやってるんだよ。」

「悩みでも何でも相談してよ?」

「うん。分かった。」

「そうだ、宿題進んでる?」

「後自由研究かなぁ?」

「早っ!私全然終わってないよ。」

と、そこで、聞きなれた声がする。

「ユイちゃん、ちょっと騎士団の方が長引いちゃって遅れた!すまん!」

「マルス!」


 リズさんはふっと目をそらす。マルスの事苦手なんだろうか。

「いや、本当にいつもありがとうな、手伝ってくれて。相当助かってるよ。」

「いいのいいの。やりたくてやってることだから。」

「でもマルスさん、本来ユイちゃんに手伝う義理はないんだからね。」

「リズさん、余計な事言わないで!」

「ごめん。でも、騎士団の間では、なんかユイちゃんが来ることが当然みたいな雰囲気になってるみたいで、納得がいかないの。わざわざゲームの中でまで働いてるっていうのがどれだけ凄いかも知らずに……。」

「ゲーム?って何だ?」

「ああもうリズさん余計なこと言わないで!えっと、まあ、こっちの世界の事、かな?」

「そうなんだ。へぇ。」


 リズさんがこうやって時々マルスに突っかかってくる。でも、私の事心配してくれているのは感じるんだよなぁ。


「ユイちゃん、今日は特にしんどそうだけど、ちゃんと休んで?」

「そんなことないよ、大丈夫。ちょっとあっちの世界でうまくいかなくて悩んでただけだから。」

「その、プラグロなんとかってやつ?」

「プログラミングね。うん。なかなか難しくて。」

 ゲーム会社に就職する手掛かりにすべく始めたプログラミングだけど、自由研究も兼ねている。高校生にもなって自由研究とか今時相当珍しいけど、あるんだから仕方がない。

 それなりのものを作らないと、と思ってるんだけど、単なる入力ミスのバグを見つけるのに1日潰れたりと、大苦戦していた。

「何も力になれなさそうで、すまんな。」

「いいのいいの。やりたくてやってるんだから。」

「そういうと思った。でも、無理しないでな。ユイちゃんがただそこにいてくれるだけで、俺は幸せなんだから。」

「ふふ、ありがとう。」


 こうして、この世界を救う方法が見つからないまま、夏休みが終わった。

 結局、休学や転校は諦めたので、元の学校に、久しぶりに結野晴人として登校した。


「横井君は忌引だと連絡がありました。」

 HRで、先生はそう言った。そうか、今日はケイタ来ないのか。リアルで話したら少しは気がまぎれると思ったのにな。


 遠巻きに見つめる視線を感じながら机に突っ伏す。

「あの……。」

「一条さん?」

 一条さんは、俺が(活動頻度は少ないけど)所属する将棋部の部員で、ゲーム内でのパーティーメンバー、リズさんでもある。

「はい。」

 紙を渡された。


『よかったら、昼休みに校舎裏まで来てもらってもいい? 一条』


 なんかラブレターっぽい雰囲気の封筒に入っているけど、ラブレターではないと思う。だって、俺がマルスと付き合っていることは知っているはずだから。

 一条さんはだれか好きな人がいるらしいとは聞いてるけど、誰なんだろう?俺の知ってる人なのかな?

 ケイタがいないなら一条さんでもいいや。誰かと話をするだけで気が紛れそう。


 昼休み、二人で弁当を食べながら話し始める。

「一条さんの親もちゃんと弁当作ってくれてるんだね。」

「ああ、そうね。購買で買って食べる子も多いもんね。」

 そんなたわいもない話を重ねる。俺は楽しいんだけど、一条さんはまさかこんな話をするために呼び出したわけではあるまい。案の定、食べ終わったときに話を切り出してきた。


「あのさ、結野君は、マルスさんと恋愛的に付き合ってるってことだよね?」

「ずいぶん今更だね。そーだよ、一生添い遂げるつもりだよ。」


 いきなり一条さんが絶句している。


「まあ分かってるよ、普通は一生添い遂げるのは難しいって。そもそもサービス終了しちゃうかもしれないんだから。だからこそ、サービス終了させないためにはどうしたらいいか考えてたんだけど、何かいい方法あると思う?」


「そっか……。そうじゃないかとは思ってたけど、やっぱり本気で、愛してるんだね……。」

「当たり前だよ。そりゃ。」

「結野君は、もともと男の人が好きだったの?」


 マルスを好きなんて当たり前のこといまさら聞くなよ、と少々苛立っていたけれど、言われてみれば、もともと俺は女の子が好きだったはずだ。だからこそ自分も可愛い女の子になりたいと思ったわけで、確かに中学の頃とか女子のことをいいなって見つめてたこともあったっけ。


「ううん、昔は女子が好きだったんだと思う。でも、今はもうマルスのことしか見えてないよ。」

「そっか……。じゃあ、私にも可能性があるのかな?」

「何の?」

「何のって、もう……。鈍いんだから……。」

「何、一条さんもマルスの事好きなの?」

「そ、そっちじゃないよ!」


 そっちじゃない?え、ってことは……。


「ゲームの中で、結野君は、マルスさんと愛し合っているのは知ってるの。でも、ゲームの中でしか会えないじゃない?現実にも恋人がいてもいいと思」

「要らねぇよ。ってか現実に僕はマルスを愛してる。」

 僕は食い気味に否定した。

「そっか……。そうだよね。ごめん。私の入り込む隙なんてどうせ一ミリもないよね……。」

「当たり前だろ……って、え?嘘でしょ?まさか、一条さんの好きな人って……。」


「うん。私は、結野君のことが、好きです。迷惑だと思ったし、伝えるべきじゃない、とも思ったけど……。」

「いやびっくりしたよ。イケメンでも何でもない陰キャラの俺を好きになるなんて。でも、本当にごめん。やっぱり、マルスを裏切れない。浮気はできないよ。」

「そっか……。ごめんね。すでに恋人がいる人に告白なんてすべきじゃないってわかってたんだけど……。」

「いやいや、ふることになって本当にごめん。俺も、もしマルスにふられていたらと思うと恐ろしいもん。でも、マルスを軽視したことに関しては、正直ちょっと怒ってるよ。」

「ごめんなさい。本当に。」

「マルスに会えないなら、死んだほうがましだとすら思ってるよ。」

「そっか……。」


 長い沈黙の後、一条さんは口を開く。


「私をふった代わりじゃないけど、一つだけ約束してほしいことがあるの。」

「何?」

「現実でも、ちゃんと生きて。例えマルスさんと会えなくなっても、何があっても、死なないで。現実をちゃんと生きて。結野君が暮らす現実世界にも、結野君を想う人は沢山いるんだってこと、忘れないで。」

「正直、自信ないな。」

「そう言うと思った。だからこそのお願い。どうか、生きて。何があっても。生きていれば、きっと現実世界にもいいことがあるはずだから。実際、現実世界でも、恋人を失ったからって死んじゃう人はあんまりいないでしょ。私も、結野君に振られてもちゃんと生きていくからさ。」

「確かに普通はそうかもしれないけど、俺にとってマルスは全てで……」

「何よりマルスさん自身が、ユイちゃんが幸せに生きることを望んでいると思うから。」

「あ……。」


 そうだ。俺も、一番の望みはマルスが幸せに生きることだ。きっと、マルスも同じように思ってくれている。そう思っていいはずだよな。


「分かった。約束する。何があっても生きるよ。そして、幸せになる。」

「ありがとう。そう約束してもらっただけでも、わざわざふられに来た甲斐があったな。」


 一条さん曰く、俺は一緒にいて落ち着くらしい。なんか雰囲気が自分と合ってて、それが最初に好きになったきっかけなんだそうだ。それ以外の好きなところは正直あばたもえくぼな感じがしたけど、本当に俺のことを好きなんだってことは分かった。

 そんな俺にふられたというのに、健気に笑って、慰めてさえくれる。そんな一条さんに対して俺はどうだ。自分の事とマルスのことで頭がいっぱいで、いろんな人に心配かけて。

 このままじゃだめだ。いろんな人にもらった恩を返すように生きていかなきゃ。


 ああ、マルスがいつも人助けしようとするのは、こういう気持ちなのかな。自分を支えてくれた人に恩を返したいんだ。


「ありがとう、一条さん。」

「どういたしまして。」


 このゲームを存続させるのは正直私の力じゃ難しい。まずは、出来ることからやろう。マルスとNPCの皆のために、出来ることはなんでもやろう。マルスと一緒に。

 そう、前向きに思うことができた。

 その夜一人涙する、報われないサブヒロインでした。


 空気になりそうだったのに、意外とおいしいところを持って行ってしまった一条さん。

 好きになった理由を描写する場面がありませんでしたが、一条さん視点を挟むとストーリーの進行を妨げると思ったので。

 それに、人が人を好きになるときに、明確な理由って意外とないものだと思うんですよね。

 空気感とか、そういうものが合う人がいいパートナーなのかな、と思います。

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