アイアンゴーレムの最期1
我はアイアンガーディアンゴーレム。ウォール島の東半分を司る守護霊、イリス様のたった一人の眷属である。
イリス様はお美しい。よく近くの村人に見とれられていた。
「イリス様、いつもなんてお美しい……。その御足で、わたくしを踏んではいただけないだろうか……」
「キチンとやら、無礼であるぞ。イリス様に指一本触れさせはせんぞ!」
このように、不届きな村人どもを追い払ってやるのは、俺の役目だった。
「キチンさん、大丈夫ですか?」
「イリス様、このような変態のこと、心配しなくて良いのです。それよりも、このような不届き野郎に近づいてはなりませんぞ!」
「うん、わかったわ。アイアンがそう言うなら、そうするわ!」
「待ってくださいませ、イリス様。イリス様の好きなクイルの実のタルトを用意いたしました。よろしければ我が家で召し上がりませんか?」
「え、わーい!行く行く!」
「ま、待ってくださいませ、イリス様。このような不届き者には近づいてはならぬと申し上げたばかり……」
「えー?アイアンのケチ……」
かわいらしくふくれっ面をするイリス様。さらに上目づかいで見上げてくる。
「仕方ありませんね……。キチンとやら、不埒な行為に及ぼうとしたら、我が叩きのめすので覚悟しておくのだな」
手のかかる守護霊様だ。我がイリス様のおそばにいて差し上げなければ。
だが、こんな日常は、決して嫌いじゃなかったのだ。
我は、イリス様をお守りできると思っていたのだ。あの日までは……。
ある日の夜、強大な悪霊が侵入した。我が叩きのめそうとしたのだが、物理攻撃が一切聞かず、素通りされてしまった。
「ウィヒヒ、ウィヒヒ。アカシムをたしなむ我らの集いに加わりたまえ」
そう言って、イリス様の寝室に忍び込み、イリス様の鼻にアカシムを焚いた煙を注ぎ込んだ。
アカシムとは、最近流行している違法薬物である。イリス様は守護霊としてこれを取り締まっておられる。悪霊どもは、イリス様をアカシム中毒にしてこちら側に誘い込み、取り締まらせないようにしたいのだろう。
我は、イリス様がアカシムを摂取なさるのを、黙ってみている事しかできなかった。
「ああ、ああ……。あの煙が欲しい……。欲しいの……」
「なりませぬぞ、イリス様。あのような物を摂取されては、イリス様まで悪霊に堕ちてしまわれます!そうなれば、この村はやってはいけませぬぞ!」
「わかっているわ……。アイアン……。でも、胸が焼けるように、締め付けられるの……」
数日ののち、イリス様はのたうちあそばされた。我には、イリス様の苦しみを和らげることはできなかった。
イリス様は、最期までアカシムの摂取を我慢あそばされた。だが、禁断症状で心が蝕まれて言った末、最期には、悪霊と化してしまった。
こうなっては、我の言葉も届かない。悪霊は、基本的に悪霊以外の言葉を理解しないのである。
我は、イリス様をお救いしたかった。イリス様を浄化し、元に戻すことができるのならば、自分の全てをなげうってもよいとさえ思った。
最期にイリス様はこうおっしゃった。
「私はもうダメね。私の代わりに、このウォール島東地区を、守って。」
我は、イリス様を守れなかった。せめて、イリス様が守らんとしたものを守ろう。そう誓った。
我は、悪霊から村人を守るため、村人を西地域に逃がした。我が村人を背負い、東西を隔てる山脈を越えて運んだのだ。
悪霊は、スタミナがない。山越えはできないのだ。
しかし、ここは村人にとって、大切な故郷である。絶対に、悪霊に侵させはしない。
最初のうちは、我は悪霊どもになすすべがなかった。しかし、我は闇魔法を覚え、眷属を従えるようになった。
眷属は、闇魔法の影響を受けているからか、悪霊に触れることができる。
100年余りの戦いの末、多数の眷属を操り、我は悪霊を追い払うことに成功した。
東地域の村人は、全員寿命で死んでいた。その子孫たちは、みな西地域で生まれた人々だ。
彼らは、西地域にとどまることを選んだ。
我は寂しかったが、それもそれで彼らの選択と受け止めた。
我はアイアンガーディアンゴーレム。ウォール島の東地域を守護せし者だ。それは揺らがない。
そして、さらに50年程経った頃、この世界に来訪者という存在が現れた。




