私小説はどこまで書くのか
村松恒平さんのメタローグの『文章学校』にあったと思うのですが「恥ずかしいことを書きなさい」という教えがあったので、ほぼ守っています。ですが、今回共同執筆するにあたって、相手の方から「それは違うのではないか」との指摘を受けました。
ですが、私自身どうやら私小説は全部赤裸々に書くという思い込みがあったので、それをやってしまい。相手の方を不快にさせてしまいました。
そこで気になったのですが、「私小説はどこまで書くの?」ということです。残念ながら、私小説は一本も読んだことがないのですが、うわさだけ聞くと結構、事実をしっかりと書いているようです。なので、私も自分のダメ人間ぶりをこれでもかと書いています。それでもまだ描き切れてはいません。自分を捨てる覚悟がまだ足りないみたいです。でもこれを共作でやってしまったのは失敗でした。
あまりにもひどい私のダメ人間ぶりに、お叱りの感想が来て、メンタルの弱い私は寝込みました。心の弱さに振り回されている私が、私小説で赤裸々に書こうなんざ百年早いというものです。
なおその時の小説は削除しましたが、実際に問題となったのは男性としての私が共同執筆者に対してとった態度があまりにも自分勝手でわがまま、幼児性丸出しだったのです。それに関しては全て私のエゴから発祥したものであり、そのような私的な感情を公共の場に垂れ流したことは誠に不適切であり、巻き込まれた共同執筆者さんを含め大変申し訳なく思っております。
私小説はストーリィラインが決まっているので書くのは楽なのですが、現実にどこまで描写すればいいのか歯止めが効かずに困っています。悪い所や醜い所をすべてさらけ出した方がいいのか、それとも少しは加減すべきなのか、アマチュアがこんなきついジャンルに手を出して火傷してもいいのか。悩みは尽きません。
現実でも何もできない人の私ですが、小説内ではダメっぷりに拍車がかかっています。「落語は人間の業の肯定だ」とは立川談志の言葉ですが、その域を超えていると言っても過言ではないでしょう。
また、ダメ人間ぷりを過剰に書き出すことで、読者に不快感を与えてしまう可能性があります。普通の皆様は学校に通ったり、勤労したりしてるのに、無能者の書いた人生パラダイス能天気物語を読まされて、憤ること請け合いです。
実は私小説は素人が手を出してはいけない、甘美な芳香のする毒果実だった可能性もあります。このような難しいジャンルに、「ストーリィが作れないから」と安易に書き始めてしまった私の側もまずかったのでしょう。
まとまりがなくなってきて恐縮ですが、私小説の場合どこまで書けばいいのか、さじ加減は必要か、読者に嫌悪感を与えない方がいいのかを考えずに来ました。
今まで、温かめの感想しかいただいたことがないので、正直に言うとかなり応えています。自分自身が切られる覚悟なくして私小説を書くことなかれという事だったと思います。




