二重契約者6
一階の居間へ下りて行くと、カレーの香りが漂って来る。その匂いに誘われ居間に入ると、先程の二人組、坊主の片桐と、青黒い髪の桐谷が緊張した面持ちで、コタツに入らず正座をして座っていた。その向かいには祖父が静かにコタツに入り、座っている。
入ってきた旭と美和に気付いた片桐と桐谷は、少しほっとした顔を見せ、旭達に声をかけてきた。
「隊長。それに旭君」
「どもっす」
旭にとっては殺し合いをした相手。それは美和の命令によるものだったのだが、どう接すれば良いのか分からなかった。とりあえずと旭は軽く頭を下げ、空いた場所に座った。その隣には美和が座る。
ソワソワとする片桐と桐谷。サングラスで見えなかった目はタレ目のせいか、優しそうな印象を与える。その片桐と目が合った旭は、何か話をと考えを巡らせていると、
「旭君……改めて言わせて欲しい。本当に先程はすまなかった」
正座をした姿勢のまま、旭に体を向けての土下座。旭は慌てふためく。
「あ、あの! それは僕のフェアリーを覚醒させる為に……してくれた事で。えっと、こちらこそ僕の事で、ねーちゃんの横暴に付き合わせてしまって、本当にごめんなさいです」
片桐の隣では青黒い髪の桐谷も、すまなそうにしている。
「そうそう。もう過ぎた事やし、気にせんでええよー」
「ねーちゃんは反省せいっ!」
祖父の英次郎を前に緊張していた二人組であったが、美和と旭のやりとりに笑いがこぼれる。
それから少しして、カレーライスが母と祖母により運ばれてくる。旭も段々と二人組との会話に慣れていき、片桐と桐谷の自己紹介、美和と同じ学園で教師をしている事、フェアリー部隊での事で話が盛り上がっていた。
食事が終わり、片桐と桐谷は車の準備の為、先に外へと向かう。
「それじゃあ旭、そろそろ出発せなあかんから準備してくるわ。旭も準備すんだら早う来てな」
「うん、分かった」
ニッコリと笑い、美和は部屋を出ていく。
食事中、一言も喋らず黙々と食べていた祖父が急に立ち上がり、旭の近くで腰を下ろし、そっと旭の手を取り、何かを渡す。
「ん? これって勾玉?」
旭の手に置かれた物は黒い勾玉。穴の所にひもが付いており、首にかけられる様になっている。
「これは、天乃風流古武術道場三代目が残した勾玉や」
三代目と言われてもピンと来ない旭は、不思議そうにひもの部分を持ち、眺めていた。
「三代目ゆうんは、お前とお前の父親が極めようとした二刀流を編み出し、極めた人や。もし二刀流を極めんとする者が現れたら、この勾玉を渡せと三代目が遺し、代々と受け継がれてきた。……何のあれも無いが、お守りとして受け取ってくれへんか?」
「でもこれって家宝ってやつやろ? そんなんもらって大丈夫なん、じーちゃん?」
何も言葉を発さず、旭の手にある勾玉を旭の方に押しやった。少し考えていたが、頷きその勾玉を首にかける旭。
そこに母と祖母が近寄り、
「はい、これ……。こんな時、何渡せばええか分からへんかったけど、私とお婆ちゃんとでお守り買うてきた。なんや、お爺ちゃんと被ってしもたけど、持ってって」
「ありがとう」
少し照れくさそうに受け取る。そこで祖父は小さく呟いた。
「行って頑張ってこい、旭」
「うん、行ってきます!」
立ち上がり、大きく頷く旭であった。
小型バス並にでかい黒い車に旭と美和が乗り込み、あの二人組が運転をし、三十分が経過した頃、何故か急に車が止まった。
そこはフェアリー部隊の駐屯地の入口であった。何故こんな所に止まったのか理解できないでいた旭。
美和が説明するには、この場所には地下のトンネルがあり、要塞都市まで続いているとの事。この一本のトンネルだけでは当然なく、要塞都市東京を中心とし、全国各地にトンネルを通しており、問題が発生した現場に、直ぐ様フェアリー部隊を出動させ、迅速に対応、問題の早期解決が出来る様にと作られたトンネル。
現在旭達が乗っている車、超電導リニア搭載特殊車と言うのだが、この車の専用道であり、通称、特殊車道と呼ばれている。
車は大きなエレベーターにて下りて行き、レーンの上に乗り上げると、タイヤが車の中に収納され、車本体が浮き上がって走り出した。
このリニアモーターカーとなった車の最高スピードは700キロ、40分くらいで要塞都市東京へと着く事が出来るらしい。
暗いトンネルの中、真っ暗な景色を眺める旭。
「それにしても、こらまた未来的な感じやなー。全然外見えへんから楽しないし、リニアな実感ゼロやけど」
「よし! 暇ならお姉ちゃんとお話しよか!」
「断る!」
「よし! じゃあ明日東京見てまわろか!」
「何がっ、じゃあ、や! 断る!」
「なあなあ、ええやんお姉ちゃんと遊ぼうやー」
腰に抱きつき、揺さぶる美和。迷惑だと表情にだす旭だが、美和には効かなかった。
「旭と東京巡り、しーたーいー。なあなあなあー」
「だあー! うっとおしいっ!! わかった! わかったから離れいな!」
「やったー! それじゃあ明日の朝に起こしに行くな?」
「いや、時間を言ってくれたら自分で起きるし、ねーちゃんに寝込み襲われたくないし」
「いやー、楽しみやなー」
「話を聞け!」
あーだこーだと言っている間に要塞都市東京に着いた様で、車のスピードが徐々に落ちていき、止まった。
エレベーターが上昇、停止、厚い扉が開かれ、旭が乗る車はエレベーターから降りる。
今現在の場所は、要塞都市東京の西側に位置する特殊車道のターミナル。今通ってきた特殊車道を合わせて10路線あり、此処以外にも北側にもターミナルが存在し、この二箇所のターミナルから日本各地に迅速に向かう事ができるのだ。そのターミナル近くに駐車場がある様で、そこには旭達が乗っているリニア対応搭載車が沢山駐車されていた。
そして車はターミナルから出て、旭が通う事になる学園、九陽学園の寮に向かい、走りだした。
外を眺めると、東京を守るべく建てられた巨大な壁があり、その高さは150mと超高層ビル並の高さとの事。何百兆円と言う莫大な金を使い、ちょっとやそっとの兵器では壊れなく、フェアリーの力を防いだり、抑える事のできる装置がこの壁には備わっている。
要塞都市東京の内部は高いビルが建ち並んでいる。そんなビルの高さは要塞都市の壁の高さを基準としており、150mを超えてはいけないと規制されていた。しかし、例外の建物がある。それは監視塔。要塞都市には7箇所建てられていて、高さは700mを超える。建てられている場所は要塞都市の壁の近くに六箇所、そして要塞都市の真ん中に一箇所建てられていて、その役割は文字通り監視する為であり、全フェアリーホルダー達の居場所などの把握。そして何かしらの問題が起きた時、迅速に部隊に連絡をするのが主な役割。
「明日は買い物もしたいし、ここには色々と娯楽施設があるし、明日が楽しみやなー」
「あーうん。はいはい」
もう美和のスキンシップに疲れたのか、されるがまま面倒くさそうな表情で頷く。でも少し、心の中では少し楽しみにしているのだが、美和には当然その心の内は言わない旭であった。